経済や社会情勢の変化によって労働問題やハラスメントの捉え方も変わり、「明らかにアウト」「明らかにセーフ」といった線が引きにくい時代になりました。
社労士としてグレーゾーンの問題を取り扱ってきた経験では、こうした問題に対処するには労働法だけではなく、マネジメントや人事制度など幅広い知識が必要になります。
ある消費財メーカーの人事部に所属していたAさん(20代・女性)は、メンタルヘルス疾患で休職中、ある副業をしていたことが原因のひとつとなって退職を余儀なくされました。その一番大きな理由は休職の原因となった病気が治癒していなかったことですが、副業の存在も大きかったのです。
休職中に副業をしてもいいのか、また問題になったその副業とは何だったのか。Aさんが休職期間満了で退職することとなった理由を考えながら事例を紹介したいと思います。
私がAさんの休職について相談を受けたのは、診断書の提出があった日から約2ヵ月ほど前のことです。Aさんはそのころ仕事でも単純なケアレスミスが続き、また遅刻や勤務中の睡眠も数回見られました。
新人の仕事であるミーティングの会場手配やスケジュール調整を怠る事態もあり、Aさんの上司は解雇も検討していたのです。
私はまず、本人に原因を確認して欲しいと依頼をしました。そこで人事部、上司、Aさんで面談の機会を持ったところ、現在精神科に通院しており、服薬治療を受けていることを告白しました。
また、その面談の中で人事部から正式な診断書があれば休職も検討すると伝えたところ、Aさんは後日診断書を取得してきました。そのため、会社としてもまずは一度休職で様子を見ようという結論になったのです。
ところが、復職の時期が近づいてもAさんは会社からの連絡に出ませんでした。復職予定日まで1ヵ月を切っても会社からの電話にもメールにも応答しないとのことで、再び私へ相談がありました。
私は病状によっては万が一もありうることを鑑み、人事部にAさんの自宅を訪問してもらうこと、Aさんの身元保証人である父親にも連絡を取ってもらうよう依頼しました。
そこで発覚したのは、Aさんが休職期間中に風俗でアルバイトをしていたという事実です。休職時点でAさんは人格的にきわめて不安定な状態にあり、双方向的なコミュニケーションがうまく取れない状況になっていました。
そんな中であるホストにハマってしまい、彼と会うために単価の高い風俗の仕事をはじめていたようなのです。父親に問い詰められてAさんはその事実を認め、また医師から処方されていた薬も過剰に摂取したり、または全く飲めなかったり、という状況でした。
Aさん自身は復職する意向はあったようですが、Aさんの父親から強く親元に戻したいという申し出があったことと、休職期間が明けても病気が治癒していない状況と、「休職期間中は療養に専念する」旨の就業規則に明確に違反していることからも、会社としては休職期間満了での退職という形を取ることになりました。
そもそも、こうした業務に関係のない病気やけが(私傷病)での休職は法で定められた権利ではありません。しかし、現在では多くの会社が私傷病での休職を認めているのが現状です。
産労総合研究所の調査では、98.6%の企業が私傷病休職制度をもっており、復職に当たっては本人の意思(79.5%)と主治医の診断(87.1%)、産業医の判断(65.2%)を重視するという結果が得られています(私傷病保障制度と復職支援等に関する調査|産労総合研究所)。
つまり、いかに本人が復職を望んだとしても、医師がそれを認めなければ会社としては復職に慎重にならざるを得ません。さらに、主治医が認めたとしても、服用している薬の種類や仕事によっては復帰が難しいこともままあります。
また、Aさんの場合は休職中に副業をしていたことも問題でした。
副業については、基本的には会社の就労時間外に行われるものであれば合理的な理由がなければ会社が制限することはできません。余暇時間をどう使うかは労働者本人の自由だからです。
しかし、逆を言えば合理的な理由があれば会社が副業を制限することも可能です。また、長時間労働のリスク回避など安全配慮義務の観点からも会社が副業先を把握したいということは認められます。
Aさんの会社は許可制を取っていましたが、届出制の会社もあり、各社はそれぞれ合理的なプロセスを担保していることが一般的です。つまり、こうした手続きを経なければ懲戒対象になる可能性もあるのです。
Aさんの副業は2つの点で問題がありました。1点目は会社に許可申請を出さずに副業していたことです。病気で冷静な判断力を欠く状態にあったとはいえ、労務提供ができないからこそ休職しているという前提が副業によって崩れてしまいます。
2点目は副業先が風俗であったことです。消費財メーカーとして重視される会社のイメージ、特に清潔さを損なう可能性があることは、会社にとって許容しがたい事実でした。
Aさんはこうして退職することになりました。Aさんは健康保険の傷病手当金を受けていましたが、手当金の受給期間(1年6ヵ月)を受けきったあと、どのように生活していくつもりだったのかは分かりません。
Aさんの病状によっては障害厚生年金の受給可能性は残されていますが、その後のAさんの足跡をたどることは出来ず、ずっと気になっている一件です。
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