「社会と刑務所の生活で一番違う所はどこですか?」
「え、どういうところがですか?」私は意外な答えに驚き即座に問い質した。
刑務所の方が楽…。にわかに信じがたい言葉を発したのは20代前半の受刑者Aだ。10件ほどの特殊詐欺を繰り返し、懲役4年半の実刑となり少年刑務所で服役している。被害総額は3000万円以上に上るという。
丸い銀縁眼鏡をかけ、少々、神経質そうにも見えるが頭の回転は速そうだ。個人的なことになるが、自分にも同じ年頃の息子がいる。親として、記者として彼からもっと詳しく話を聴きたいという衝動にかられた。
昨夏は特殊詐欺犯であふれる少年院の実情をお伝えした。今回は特殊詐欺犯の収容が後を絶たない少年刑務所の実態と、少年院と少年刑務所の違いをご紹介したい。(テレビ朝日報道局デスク 清田浩司)
まずは少年院と少年刑務所の違いを簡単にご説明したい。少年院に入るのは概ね12歳から20歳までで、刑事裁判ではなく家庭裁判所での審判で少年院送致となった者だ。学校と同じように個別に担任教官がつき、生活態度や学習状況などからどこまで更生が進んでいるかを評価し、月に一度「成績告知」という形で面談が行われる。成績次第で在院期間は長くも短くもなるが概ね11カ月程度で社会復帰となる。少年院はあくまで教育により少年たちを更生させ社会復帰させる場である。
一方、少年刑務所は刑事裁判を受け実刑判決が確定した者が送られてくる。26歳未満で犯罪傾向が進んでいない刑期10年未満の男性受刑者を収容する。「少年」を名乗っているが、実は収容者の大半が20代前半だ。つまり少年刑務所は懲役など“刑罰”を与える場であることが少年院との最大の違いであること念頭に置いていただきたい。
埼玉県川越市にある川越少年刑務所。現在約800人の受刑者らが収容されている。関東地方で唯一の少年刑務所だ。明治時代に「川越囚獄」として発足、1949(昭和24)年に少年法の施行により20歳未満の少年らを収容するようになった歴史を持つ。
この10年の罪名トップ3を調べると、2013年には3位にも入っていなかった「詐欺」が2014年に3位になると、2015年から6年連続でトップに。現在も「窃盗」に次いで2位という状況だ。取材時には収容者のうち4割以上が特殊詐欺犯だと説明を受けた。
20代前半の受刑者Aは刑務所に初めて来た時の様子を話し始めた。
「赤落ち」という言葉を知らない方も多いと思う。裁判で実刑が確定し刑務所に収容されることの隠語である。語源は諸説あるが、かつて、いわゆる囚人服が目立つように赤だったからなどと言われている。奇しくも2月、法務省が使用しないよう全国の刑務所などに指示した隠語だ。意味が分からない人との間で「コミュニケーション不全の原因となっている」という指摘などを受けてのもので35の隠語や俗語が禁止された。刑務所職員らには使用禁止とされた隠語を受刑者が普通に使っているというのも、どこか皮肉な感じがした。
犯行は金に困りスマホで“闇バイト”を検索したのがきっかけだったという。
10件ほど犯行を繰り返し、被害総額は3000万円以上、受け取った報酬額は300万~400万円だという。
事件前、受刑者Aは飲食店で働いていたが、それ以前に少年院送致された経験を持つ。仕事は楽しかったというが本人曰く、相当“ブラック”な職場だったことや、人間関係に悩みストレスが溜まって派手に遊ぶようになり、気が付けば金がなくなっていた。ついには職場の金を横領してしまい職を失う。高校を中退し、親とも連絡をとっていない状態で、17、18歳の頃にした特殊詐欺のことを思い浮かべるようになる。少年時は詐欺未遂で不起訴になったが、これがきっかけで少年院送致となっていたのだ。またぞろスマホで闇バイトを検索し本件に至ってしまい、「赤落ち」してしまった。
少年院と少年刑務所を両方経験している受刑者Aにその違いを聞いた。
「少年院と刑務所と一番違うと感じたところはどこですか?」
なるほど正にこうしたことが“教育”の場である少年院と、“刑罰”を与える場の少年刑務所との象徴的な違いなのかと腑に落ちた。
「特殊詐欺で服役していた受刑者が『シャバに出たら今度は絶対アシがつかないようにうまくやってやる』と言っていました」
これはある地方にある刑務所の出所者から最近、聞いた話である。
“10代の過ち”を経験した上で、再び20代でも特殊詐欺に手を染めて服役して1年になる受刑者Aに、こんな質問をしてみた。
「出所後、再犯しない自信はありますか?」
考え込む受刑者A。言葉を選びながらこう続けた。
私は受刑者Aの担当職員にこの発言をどう評価するか聞いてみた。
初めて受刑者Aに会って話を聴いてから1カ月、何か変化がなかったか聞きたく私は再び塀の中を訪れた。
「前回、再犯しない自信はないとおっしゃいましたが、その後変わりましたか?」そう尋ねると、受刑者Aはしばらく苦笑した後にこう答えた。
自分を見つめて分析し、表現する力はあるものの、発言の端々にどこか“自分事”として捉えきれず“評論家然”としているのが私は最後まで気になった。受刑者Aの残り刑期は2年ほど。まだまだ考える時間はある。