カレーは出来たてより2日目の方が美味しいという声を聞くが、食べ物を過去や未来の味に変化させる、まさにタイムマシンのような機械が開発されている。
明治大学の宮下芳明教授は、出来たてのカレースープを熟成した味にしたり、三日目のカレースープを前日の味に戻したりする研究の成果を発表した。まずこの研究では、食べ物の味が時間によってどう変わっていくのかを味覚センサで分析し、熟成過程を数式化。これを元に、「現在の食べ物の味」と「過去や未来など目的時の味の差」を計算し、TTTV3という装置で味を変化させるというものだ。
TTTV3は、20機の高性能チューブポンプを内蔵し、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味・辛味などの液体を0.02mL単位で食べ物に加えて味を変化させる装置。味の組み合わせは10の60乗通りで、プロの料理人よりも細やかな味制御が行えるという。また味を濃くするだけではなく、中和剤や味覚修飾物質、他の味によるマスキング効果などによって特定の味を薄く感じさせる「味の減算」も可能だという。例えば、安いコートジボワール産カカオを稀少なペルー産カカオの味に近づけたり、ワインや梅干しなどを産地や品種の違いまで再現できるそうだ。
今回、この装置を使い、主にトマトやカレースープの味を変化させる検証を実施。
トマトを熟成した味にするためには、「グルタミン酸」と「酸味を抑制する中和剤」を加えたそう。逆に熟成したトマトを過去の味に戻すには、うま味物質を希釈して減らすため「水」と「酸味のクエン酸」を加えたという。実際に食べてみると、時間が進む方向(順方向)ではまさにトマトが熟成している感じがして、逆行も1日2日前は満足できたが、3日前の再現は甘味が希釈されていることが気になったそうだ。
ルーのみのカレースープを使った実験では、熟成した味にするため、グルタミン酸ナトリウム、タンニン酸、塩化ナトリウムを加え、時間を逆行させるには水を加えた。こちらも実際に食べてみると、順方向はかなり熟成している感じが得られ、逆行についてもある程度うまくいったという。ただ、もともと味の薄いカレースープだったため、薄くなっても気にならないようにも思えたそうだ。宮下教授は、実験を通して分かった「作りたてのカレーにタンニン酸と食塩と味の素を入れれば熟成したカレーのようになる」ことについて、「家庭の料理で有用なノウハウになる気がする」とまとめている。
また同大学の藤澤秀彦さんは、見た目でも食品の変化を感じられるAR装置「Taste-Time Traveller」を開発。
この装置にはTTTV3と同じ仕組みが組み込まれており、操作は中に入れた食べ物が透けて見える透過液晶ディスプレイを指でタッチして行う。画面には食品のCGも表示され、目的の時間へとディスプレイ上のダイヤルを操作すると、CGの見た目も連動して変化するようになっている。例えばバナナが青くなったり黒くなったりすることで、利用者が味を操っているかのような感覚を生み出すという。
これらの技術は、食材の熟れ具合を調節して料理に使ったり、フードロス削減に役立てたり、様々な応用が考えられるそうだ。ゆくゆくは、通常なら何日・何年も待たなければ得られない味を瞬時に得たり、風味が落ちた食品を新鮮なときの味に戻したりできることを目指しているという。宮下教授は2023年の「イグ・ノーベル賞」を受賞したことでも話題になり、編集部でも昨年取材している。
このときは、舌に微弱な電気を流すことで実際とは異なる味を感じさせる「電気味覚」の論文が受賞対象になり記事ではTTTV3も紹介したが、なぜ時間変化の再現に着目したのだろうか?また、作りたてのカレーを熟成した味にする手軽な方法はないのか?改めて宮下芳明教授に聞いてみた。
――なぜ食べ物の味の時間変化に注目した?時間軸における自在な味変化ができるようになれば、賞味期限という言葉は死語にでき、消費期限だけを気にすれば良いことになると思っています。結果としてフードロス削減にも貢献できると思っています――どんな食べ物でも時間変化を再現できる?原理的にはそうなります。香りを伴う変化においては、まだ対象外としています。――時間を進めるより逆行の再現の方が難しいの?そういうわけではないと思います。順行にせよ逆行にせよ、そのプロセスにしたがって増える味と減る味があります。前者は加えればよいのですが、後者を実現するにあたり、難易度が変わります。たとえば酸味の抑制は中和剤を投与することで実現が容易ですが、渋味の抑制は甘味による相互作用を利用するか希釈するなどの方法をとることになります。こういう意味では、順行・逆行どちらが難しいかは食品次第だといえます。
――「作りたてのカレーにタンニン酸と食塩と味の素を入れれば熟成したカレーのようになる」…タンニン酸の変わりになる食材はある?食品添加物としてのタンニン酸は比較的入手しやすいように思います。お茶のようなもので代用できる可能性はありますが未検証です。――これらの研究は、今後どのような応用が考えられる?一口ごとに熟成度合いを変えて楽しめる食器「Chronospoon」として開発を行っており、3月に発表を予定しています。
なんと味の変化が楽しめる食器がまもなく発売されるという。味覚のタイムマシンというと、ずっと未来の技術のようだが、意外に実現するのは早いのかもしれない。