東京都台東区の自宅で次女(当時4歳)に向精神薬などを飲ませて殺害したとして両親が逮捕された事件で、毛髪の鑑定結果から、次女が死亡する約1年前から継続して向精神薬を摂取していた疑いがあることが捜査関係者への取材で分かった。
警視庁は次女が長期間にわたりネグレクト(育児放棄)を受け、向精神薬を飲まされていたとみて調べている。
台東区今戸の保育園児、細谷美輝(よしき)ちゃんは昨年3月、自宅で意識不明の状態となり、搬送先の病院で死亡した。司法解剖で、体内から向精神薬「オランザピン」や自動車用の不凍液などに使う化学物質「エチレングリコール」が検出された。
今月14日、警視庁に殺人容疑で逮捕された父親の会社役員細谷健一容疑者(43)は容疑を否認、母親の志保容疑者(37)は黙秘している。
捜査関係者によると、両容疑者のスマートフォンなどの解析で、事件の約1年前から複数回、海外サイトでオランザピンを購入していた履歴が見つかり、人体への有害性について検索した形跡も確認された。
志保容疑者はオランザピンについて、「自分が買って飲んでいた」と説明したが、警視庁は美輝ちゃんが長期間飲まされていたとみて捜査。毛髪鑑定で薬物成分の蓄積状況を調べた結果、美輝ちゃんは少なくとも約1年間にわたり、摂取していたことが判明したという。
一方、両容疑者が事件の約4か月前から数日前まで複数回、ネット通販で不凍液を購入していたことも判明した。購入時に使われた通販のアカウントは事件後に削除されており、警視庁は購入履歴を隠そうとした疑いがあるとみている。
両容疑者は事件前、LINE(ライン)で美輝ちゃんについて「憎たらしい」「いなければ良かった」などとやり取りしており、警視庁は美輝ちゃんを他の2人のきょうだいと区別していた経緯を調べている。
厚生労働省などによると、オランザピンは副作用で眠気が出ることがあり、大量摂取すると昏睡(こんすい)状態に陥る恐れもある。エチレングリコールは中枢神経や腎機能に障害を起こす危険性がある。
熊本大の竹林実教授(精神医学)は「1年前から向精神薬を投与されていたとすれば、臓器に重い負担がかかっていただろう」とし、「エチレングリコールとの双方の作用が相まって、体への悪影響が増した可能性がある」と指摘した。
■容疑で逮捕の母、児童相談所に不満
「色々言われるのがわずらわしい」。志保容疑者は養育を支援してきた児童相談所への不満を周囲に漏らし、家事を担っていた夫の健一容疑者は、育児への不安を口にしていたという。悲劇を食い止める手立てはなかったのか。
都児相と台東区は志保容疑者が妊婦の頃から、一家に関わってきた。美輝ちゃんの誕生約1か月前の2018年12月には、精神的な不安定さから支援が必要な「特定妊婦」と判断。家庭訪問などを続けていた。
19年3月には、夫婦げんかの末に志保容疑者が自宅で衣類に火を付ける事案が発生。児相は美輝ちゃんを一時保護し、解除までの半年間に両容疑者と計6回の面談を実施したという。
だが、こうした対応に志保容疑者は反発。知人によると、志保容疑者は「児相に子どもを蹂躙(じゅうりん)された」と話し、美輝ちゃんが家庭に戻った後も「私の子じゃなくなった」「もうかわいくない」とこぼしたという。
一方、家事全般を担っていた健一容疑者は、児相の担当者に「子育てに不安がある」などと話しており、児相も一家には継続的に手厚い支援が必要と認識していたという。
児童虐待に詳しい明治学院大の松原康雄名誉教授(児童福祉論)は「虐待のリスクの見極めは難しいが、今回は評価が不十分だった可能性がある」とした上で、「関係機関で情報を共有し、家庭環境を踏み込んで把握する取り組みが必要だったのではないか」と話した。