去年発売された漫画『夜逃げ屋日記』。漫画家志望だった作者が実際に夜逃げ屋で働き体験した様子を描いた実話だ。作者の宮野シンイチ氏は「こういう世界があると知らなかった、考え方が変わったとか、漫画を読んでという依頼者もいる。現場に入らせてもらった時は、泣きながら“命の恩人です“と言ってくださった方もいて、描いて良かったなと思っている」と話す。
【映像】元夫のDVに限界を感じ、夜逃げした女性
実は夜逃げの理由は多種多様。そして、令和時代の今でもなくならない理由は何なのか。漫画にも出てくる夜逃げ屋社長さん(以下、社長さん)と、実行した当事者に『ABEMA Prime』で話を聞いた。
社長さんは、23年前に元夫からのDVにより、仕事や自宅も全て捨てて1人で夜逃げした経験がある。「その時に警察の方と弁護士から“あなたは特殊な経験をしているから夜逃げ屋とかどう?“と半分冗談で勧められた。調べて“夜逃げ屋ってあるんだ”となりスタートした」「分かりやすいから夜逃げと名乗っているが、動くのは基本的に昼間だ」と説明。
社長さんの会社は、夜逃げを専門とした引越し業者。約22年間で2000件以上の依頼を受けてきたという。料金体制は見積無料、荷物により値段変動(ダンボール数個で4~5万円程度)。24時間年中無休で主要メンバーは10人前後、全国を対象にしている。依頼内容の8割近くがDVやモラハラで、他にはストーカー、離婚トラブル、近所トラブル、職場でのいじめ、借金の取り立て、自分自身を変えたいからなども。40~50代の子育てが落ち着いた世代が多いそうだ。
夜逃げにおけるルールが、「逃げたいというゆるぎない意志があること」「前もって警察署に伝えておくこと」「逃げる旨を記した置き手紙をすること」の3つ。社長さんは依頼を受けた後にヒアリングを行って引き受けるかどうかを見極めるといい、「電話で分からなかったり、話が見えない場合、私が必ず面談に行き、信用できるかどうかを10~30分で判断する。自己満足で受けてしまって、スタッフに何かあったら申し訳が立たない」と慎重に動いている。しかし、中には計画が相手にばれ、依頼者と連絡がつかなくなってしまったことも。
また、借金が理由の場合には「きちんとお金を返すか、破産や民事再生することなどを条件にお受けする。相手が怖いケースも多々あるからだ。ただ逃げて何もしないのは受けない」と補足した。
DV被害に警察は介入しないのか。かなり大変だったという、知人に騙され連帯保証人として借金を負ってしまった5人家族の夜逃げでは、警察は民事のため不介入。借金取りが毎日自宅を監視する中、見張りが減った瞬間を見計らって社長さんがおとりになり、家族を15分で夜逃げさせたということだ。
その一方で、「警察が全て悪いとは思っていない。確かに法律の問題もあると思うし、民事不介入という前提がある。ただ、私が会った警察官・刑事の方はすごく親身にしてくれている。“社長、こういう件があるのでちょっと来てくれないか”と個人的にお電話をいただくこともある」とも明かした。
ユリさん(40)は社長さんの会社に依頼したひとり。元夫のDVやモラハラに限界を感じ、3年前に夜逃げを実行したという。「夫と一緒に住みながら夫の会社を手伝い、24時間全く自由がなかった。交友関係なども把握され、スマホを使える時間も、自分のパソコンもない状態。夜逃げ屋はパソコンで検索してヒットした2社を小さく紙に書いて、履歴を消して、財布に入れてお守りとして持っていた。“今日はつらい、もう無理だ”という時にスーパーでだけ時間があったので、電話をかけたのが最初だ」と説明。
そこからは、「私は逃げるに値するかの確認、相談がほとんどを占めていた。夜逃げを決定したのは“逃げないと危ない”“あなたは絶対に加害者にはならないでほしい”と言ってくださったから。話を詰めて、練っていく日々が約2カ月間続いた」と振り返る。
実行したのは、夫が仕事仲間とゴルフに行く日。「朝出かけるのを社長さんの会社のスタッフさんが車で追跡して、高速に乗ったという連絡をいただいた。その時にはもう荷造りをしてくれている状況だった」と1時間以内での夜逃げだったという。
その後、1年半かかったものの離婚が成立。今、居場所はばれず、安全も確保されているという。「以前は、例えば買うものは全て指定されていた。それ以外の飲み物を飲んだり、柔軟剤を使っていない硬いタオルを使う時など、ほんの一瞬の一つひとつに“今は大丈夫”ということを実感している」。
ユリさんはその経験を通じ、「夜逃げという手段があることを、批判的な意見でもいいので知っておいてほしい。それがいつか自分や周りの人を救うきっかけになるかもしれない。私は自分の命や尊厳を守るために逃げたのではなく、戦ったんだと今では思える。“逃げだよな。甘えだよな”ではなく、もう十分頑張っている部分もあるんだよとお伝えしたい」と訴えた。(『ABEMA Prime』より)