2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」のヒロインはまだあまり本格的な恋愛経験を持つに至っていない。この先の展開に「胸キュン」を期待している方もいらっしゃることだろう。このあたりは、いつもの大河ドラマとは少し異なるテイストなのかもしれない。
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戦後の大作家・中村真一郎氏は、その著書『源氏物語の世界』(新潮選書)で、紫式部の知られざる「性の遍歴」について書いている。一部を再編集してお届けしよう。念のため申し添えておけば、あまり史実を知らず、さらに大河ドラマの「ネタバレ」を気になさる方はこの先は読まないほうがいいだろう(文中の表現は1968年の初版をもとにしています)。
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彼女は30歳近くなって、やっと結婚した。しかも相手の藤原宣孝(ふじわらののぶたか)は50歳に近い男で、すでに妻もあり、彼女と同じくらいの歳の子供もいた。
だが、この宣孝はなかなか闊達な、また磊落(らいらく)な男らしい性格であったようである。
この結婚は3年足らずで、夫が死んだために終ってしまう。
やがて、宮中に出仕する前後に、今度は藤原保昌(やすまさ)を恋人にしたらしい。この男も、有名な男性的な豪快な人物だった。
だから、彼女は、そうした男らしい男に愛されるようなところがあったのだろう。しかし、この陰気な才女は、結婚しても夫と喧嘩ばかりしていたようだし、保昌も、もっと気楽で楽しい和泉式部に乗りかえてしまっている。
男らしい男に愛される彼女は、また、可愛らしい女らしい女を、一方で好きになる性質があった。どうも彼女には同性愛的な気質があったようだ。
少女時代には「お姉さん」と称する女性があって、熱烈な手紙のやりとりをしているし、宮中へ出ても、若い同僚の美人の寝顔を覗きこんで恍惚となってしまって、相手を驚かせている。
また、宮中へ賊が入って、若い女房2人が裸にされた時にも、好奇的な眼でその有様を観察しているし、美人の同僚とふたりで部屋に籠っているのを、主人の道長に冷やかされてもいる。
当の道長とは、ではどうだったのか――
これは学者の意見が分れるところである。
『源氏物語』の英訳者のアーサー・ウェイレーは、『紫式部日記』のなかで、彼女がわざわざ道長から口説(くど)かれて断わったと記しているのが、女性心理としてかえって怪しいと言っている。
それに、ひと晩中、道長を部屋の外へ立たせたままで、扉を開けてやらなかったと書いているが、日記の文章はそこで切れて、その翌晩からの記事はない。
さらに、道長という政治家は、自分や細君の近親者を恋人にして、それを女御(にょうご)や皇子(おうじ)の女官長に任命することで、政治的情報網を完備させたひとである。そういう女性が数人いたのは事実であるから、道長夫人倫子(りんし)の再従妹(またいとこ)であった彼女もそのひとりであった可能性は大いにある。
それはまた、当時の宮仕えというものの形のひとつであったのだから、もしそうであっても、別に彼女が、現代風の「日蔭者」になったわけでもないし、また、道徳的に非難されるべきでもない。
※本記事は、中村真一郎『源氏物語の世界』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
デイリー新潮編集部