高さ約50メートルの断崖絶壁で知られる和歌山県白浜町の景勝地「三段壁」で昨年12月、一人のタクシー運転手の男性(72)が40歳代の女性の命を救った。
説得の末、警察に送り届けたという。白浜署は男性に感謝状を贈った。地域を挙げて、自殺を防ぐ取り組みも進んでいる。(平野真由)
■三段壁
「三段壁までお願いします」
そう言って、一人の女性がタクシー運転手北本弘さんのタクシーに乗ったのは昨年12月10日夕だった。荷物は小さなリュックだけ。三段壁までの料金を問われて目安を答えると、女性は「良かった。4000円、持ってる」。遊びに来たのではなさそうだと感じ、北本さんは世間話をした。
「何しに来たの」
「ちょっと」
「泊まるところはあるの」
「まだ決めてません」
「それでは遅いよ」
「いや、いいんです」
ルームミラー越しに後部座席の女性の様子をうかがった。
「何があったの?」と思い切って尋ねると、「私は一生懸命やっているのに、周りがわかってくれない」。女性は涙ぐんだ。
自殺をしようとしている人だと確信した。「変な考えを起こしたらあかんよ、警察へ行こう」と促した。女性は「死なせてください」と大声で泣き出した。
「人間をやっていたら、つらいこと、苦しいこと、ようけ出てくる。けど、負けたらあかん」。声をかけているうち、タクシーは三段壁に到着した。
しかし、「ここでは降ろしません」とそのまま白浜署へ向かった。北本さんが手を引いて署内へ連れて行く間も、女性は泣いてばかりだったという。女性はその後、署から連絡を受けた家族に連れて帰られた。
感謝状の贈呈式では、北本さんに家族からの感謝の言葉が伝えられ、北本さんは「とにかく助けられて良かった」と喜び、「同僚にも事例を共有し、乗客に十分に注意を払って仕事に臨み続けたい」と話した。
原口憲司署長は「県外から訪れる方に最初に接触するのがタクシーやバスの運転手。一人でも多くの目で警戒、察知してもらえるのはありがたい」と語った。
■地域で見守り
三段壁に自殺をしようと訪れる人は以前からおり、「重大な決断をする前にご相談ください」という文言と、電話番号が書かれた看板が5か所に設置されている。白浜町のNPO法人「白浜レスキューネットワーク」が電話相談を担う。
24時間対応で、毎年約40件の電話を受けてきたが、昨年は半数ほどに減った。保護し、自立するまでをサポートする仕組みもある。飛び込みにくいよう、柵や防犯カメラを設置するなどしており、同法人の藤藪庸一理事長(51)は「今回のように地域の人が協力し合って見守り活動を行っている。行動に移す前に、誰かを頼ってほしい」と呼びかけている。