愛知県岡崎市で11月、葬儀会社が以前入っていた建物にあった二つのひつぎの中から、2人の遺体が見つかった。自治体から依頼を受けた別の業者が、身寄りのない遺体を保管していたという。だが、死後時間が経過しており、「管理がずさんでハエがわいていた」(捜査関係者)。なぜ死者の尊厳を踏みにじるようなことが起きたのか。【熊谷佐和子】
【写真まとめ】肝試しのつもりが…廃ホテルで遺体発見、なぜ保管のはずが… 県警岡崎署によると、11月1日、岡崎市六名本町にある建物で「ドアが開けっぱなしになっていて不審だ」と近くの会社で働く女性から110番があった。駆けつけた署員が建物内で2人の遺体を発見。いずれも高齢の男性で、死後しばらく時間がたっていた。

うち1人の身元は、同県碧南市で7月上旬に死亡した、身寄りのない60代男性と判明した。もう1人は愛西市の高齢者福祉施設で暮らし、10月中旬に亡くなった80代男性だった。両市は遺体を引き取る親族がいるか調査する間、葬儀業者に保管を頼んでいた。 遺体が見つかった建物には、「やすらぎ葬祭」と書かれた看板がかかっていた。身内だけの家族葬や生活保護受給者らの福祉葬を請け負っていたという。だが、資金繰りが悪化して、1年以上前から営業していなかった。この会社の経営者は取材に「知人の葬儀業者が、行政から預かっていた遺体の安置場所として建物を使っていた」と話した。 この葬儀業者は安城市にあり、行政には「ドライアイスやクーラーなどを使い、遺体を低温管理している」と説明していた。しかし、署員が発見した際、遺体は腐敗が進み、周囲にはハエが飛んでいたという。建物は家賃滞納で電気も止まり 記者も11月中旬、経営者の許可を得て建物の中に入った。無施錠のドアを開けると大きな部屋があり、葬儀に使うための祭壇や未使用とみられるひつぎが置かれていた。壁際に並べられた椅子の上には、遺体の冷却装置もあった。 だが、室内は雑然とし、手入れが行き届いていなかった。建物の所有者によると、家賃滞納が続いていたという。最近は電気も止められていたようで、冷却装置が使われていたかは不明。遺体を運び込んだ業者にも取材を申し込んだが、「自治体から仕事をもらっている立場なので答えたくない」と話した。 碧南市によると、身寄りのない遺体は、親族を探したり引き取る意向を確認したりするのに1~4カ月程度かかることが多い。60代男性は死後約4カ月が経過していたが、引き取り手は見つかっていなかった。市は6~7年前から、この業者に遺体の保管を依頼するようになった。2022年度は14人、23年度は10人の遺体の保管を頼んだ。 市の担当者は「週末や時間外でもスピーディーに対応してくれた。これまでトラブルはなかったが、任せっぱなしにしていたという反省はある」と語った。愛西市も16年ごろから遺体の保管をこの業者に委託するようになり、「比較的低価格で引き受けてくれたので頼んでいた」という。調査簡素化し対策 名古屋市 総務省の調査によると、18年4月から21年10月の間、10万5773人の遺体が引き取られなかった。墓地埋葬法は、火葬や埋葬を行う人がいない場合などは、死亡した場所の市町村長が行うと規定している。ただ、火葬までの期限は決められておらず、自治体によっては親族調査などが長期に及ぶことがある。 名古屋市では昨年2月、身寄りがなく死亡した13人を火葬せず、最長3年4カ月にわたり葬儀業者の保冷施設に放置していたことが判明。死者の相続人への連絡や身寄りに関する調査を中断したケースも5件あった。市はこれを受けて遺体の放置が繰り返されないよう、調査を簡素化するなど手続きを変更した。 従来は死者のおいやめいなどまで調査しており、通報から火葬まで平均で約半年かかった。昨年7月から調査範囲を配偶者や子どもら第1順位の相続人に狭め、1カ月を目安に葬儀を営めるようにした。親族への意向確認も、2週間以内に返事がなければ引き取る意思はないと判断し、手続きを進められるようにした。 現在も火葬まで2~3カ月かかる場合があるが、市区政課の担当者は「以前なら多い時には20~30人に連絡を取る必要があった。調査期間がぐっと短縮された」と語る。名古屋市ではその後、遺体の放置は確認されていないという。 国内外の葬送文化に詳しい聖徳大の長江曜子教授は「多死社会で今後ますます亡くなる人は増えるが、遺体の保存期限などはあいまいな部分が多く、こうした事態は氷山の一角になりかねない」と指摘。死者の尊厳を傷つけないためにも「親族調査の対象範囲や火葬までの期限など、判断の目安となるガイドラインづくりが必要だ」と述べた。
保管のはずが…
県警岡崎署によると、11月1日、岡崎市六名本町にある建物で「ドアが開けっぱなしになっていて不審だ」と近くの会社で働く女性から110番があった。駆けつけた署員が建物内で2人の遺体を発見。いずれも高齢の男性で、死後しばらく時間がたっていた。
うち1人の身元は、同県碧南市で7月上旬に死亡した、身寄りのない60代男性と判明した。もう1人は愛西市の高齢者福祉施設で暮らし、10月中旬に亡くなった80代男性だった。両市は遺体を引き取る親族がいるか調査する間、葬儀業者に保管を頼んでいた。
遺体が見つかった建物には、「やすらぎ葬祭」と書かれた看板がかかっていた。身内だけの家族葬や生活保護受給者らの福祉葬を請け負っていたという。だが、資金繰りが悪化して、1年以上前から営業していなかった。この会社の経営者は取材に「知人の葬儀業者が、行政から預かっていた遺体の安置場所として建物を使っていた」と話した。
この葬儀業者は安城市にあり、行政には「ドライアイスやクーラーなどを使い、遺体を低温管理している」と説明していた。しかし、署員が発見した際、遺体は腐敗が進み、周囲にはハエが飛んでいたという。
建物は家賃滞納で電気も止まり
記者も11月中旬、経営者の許可を得て建物の中に入った。無施錠のドアを開けると大きな部屋があり、葬儀に使うための祭壇や未使用とみられるひつぎが置かれていた。壁際に並べられた椅子の上には、遺体の冷却装置もあった。
だが、室内は雑然とし、手入れが行き届いていなかった。建物の所有者によると、家賃滞納が続いていたという。最近は電気も止められていたようで、冷却装置が使われていたかは不明。遺体を運び込んだ業者にも取材を申し込んだが、「自治体から仕事をもらっている立場なので答えたくない」と話した。
碧南市によると、身寄りのない遺体は、親族を探したり引き取る意向を確認したりするのに1~4カ月程度かかることが多い。60代男性は死後約4カ月が経過していたが、引き取り手は見つかっていなかった。市は6~7年前から、この業者に遺体の保管を依頼するようになった。2022年度は14人、23年度は10人の遺体の保管を頼んだ。
市の担当者は「週末や時間外でもスピーディーに対応してくれた。これまでトラブルはなかったが、任せっぱなしにしていたという反省はある」と語った。愛西市も16年ごろから遺体の保管をこの業者に委託するようになり、「比較的低価格で引き受けてくれたので頼んでいた」という。
調査簡素化し対策 名古屋市
総務省の調査によると、18年4月から21年10月の間、10万5773人の遺体が引き取られなかった。墓地埋葬法は、火葬や埋葬を行う人がいない場合などは、死亡した場所の市町村長が行うと規定している。ただ、火葬までの期限は決められておらず、自治体によっては親族調査などが長期に及ぶことがある。
名古屋市では昨年2月、身寄りがなく死亡した13人を火葬せず、最長3年4カ月にわたり葬儀業者の保冷施設に放置していたことが判明。死者の相続人への連絡や身寄りに関する調査を中断したケースも5件あった。市はこれを受けて遺体の放置が繰り返されないよう、調査を簡素化するなど手続きを変更した。
従来は死者のおいやめいなどまで調査しており、通報から火葬まで平均で約半年かかった。昨年7月から調査範囲を配偶者や子どもら第1順位の相続人に狭め、1カ月を目安に葬儀を営めるようにした。親族への意向確認も、2週間以内に返事がなければ引き取る意思はないと判断し、手続きを進められるようにした。
現在も火葬まで2~3カ月かかる場合があるが、市区政課の担当者は「以前なら多い時には20~30人に連絡を取る必要があった。調査期間がぐっと短縮された」と語る。名古屋市ではその後、遺体の放置は確認されていないという。
国内外の葬送文化に詳しい聖徳大の長江曜子教授は「多死社会で今後ますます亡くなる人は増えるが、遺体の保存期限などはあいまいな部分が多く、こうした事態は氷山の一角になりかねない」と指摘。死者の尊厳を傷つけないためにも「親族調査の対象範囲や火葬までの期限など、判断の目安となるガイドラインづくりが必要だ」と述べた。