筆者は、「家族のためのADRセンター」という民間の調停機関を運営しているが、そこでは、毎日のように「夫がアスペなので私がカサンドラになりました」、「夫が発達障害なので意思疎通ができません」、「妻がADHDで家がゴミ屋敷になっていて、もう限界です」といった相談が持ち込まれる。
大人の発達障害が知られるようになり、相談者自ら、「自分の配偶者は発達障害である」と認識した上で相談にやってくるのだ。今や発達障害は珍しいことでも何でもない。このように、配偶者が発達障害である場合、一体、家庭の中では何が起こっているのであろうか。まずは、こんな事例を紹介したい。(この事例は「あるある」を詰め込んだ架空の事例である。)
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さゆり(38歳)と奏介(40歳)は結婚8年目の夫婦である。職場恋愛で結婚し、当初はうまくやっていた。今から考えると、奏介は何を考えているか分からないところがあったし、無口で冷たい感じもしたが、当時はあばたもえくぼ、「ミステリアスでかっこいい」くらいに思っていたのだ。しかし、長女アリサ(6歳)が生まれたころから、さゆりは明確に夫婦関係がうまくいっていないと感じるようになった。
夫の奏介は、理系出身でIT企業に勤めている。毎日パソコンと向き合って仕事をしているが、コロナ禍以降、リモートワークが増え、一日中自室にこもったままの日もある。さゆりは専業主婦であるため、家事や育児で夫に負担をかけまいとがんばってきたが、ときには頼りたいし愚痴を言いたいこともある。
しかし、夫に癒しを求めても、以下のようなやり取りになるだけであった。
さゆり「最近、ママ友の〇〇さんと子連れで遊ぶことが多いんだけど、いつも我が家によんでばかりで、〇〇さん家には全然よんでくれないのよ」
奏介「〇〇さんとうまくいかないなら、無理して遊ぶことないんじゃないか。もしくは、我が家にも呼ばず、外で遊んだらどうだ」
さゆり「だって、子どもたちは仲良しだし、外遊びばかりだと飽きちゃうし……」
奏介「友達は〇〇さんの子どもだけじゃないんだろ。他のママ友と子連れで仲良くなったらいいんだよ」
さゆり「まあ、そうなんだけど……」
奏介「俺も仕事で疲れているんだから、そんなつまらない問題は俺に相談せずに自分で解決してくれよ」
このやり取りを聞いて、読者は何を読み取るだろうか。さゆりは、夫に解決やアドバイスを求めているのではなく、「〇〇さんはひどいねぇ」とか「ママ友付き合いも大変だな」といった共感がほしいのだ。しかし、夫から出てきたのは具体的な提案や改善策、そして妻を責める言葉であった。
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また、あるときは、夕飯を作る時間が遅くなったことによって、以下のような会話があった。
奏介「いつも夜7時までには夕飯を食べたいと伝えているだろ。何で今日はまだ準備ができてないんだ」
さゆり「毎日同じ時間には作れないよ。だって子どもだっているし。思い通りには動いてくれないのが子どもだよ」
奏介「言い訳はいいから、とにかく約束を守ってくれないか。もう7時半じゃないか。今日は夕飯はいらない!」
さゆり「夕飯の準備が遅れたくらいでそんなに怒らなくても……」
この会話はどうだろうか。奏介の食事時間への強いこだわりが表れている反面、さゆりが育児や家事をしていることに対する感謝の気持ちや「子どもがいれば時間通りも難しいよね」といった曖昧さや不確かさを許容する姿勢が全く感じられない。
こんな生活が続く中、長女の幼稚園の先生から、「アリサちゃんは少し発達特性があるように思います。小学校に上がる前に一度専門の医師に見てもらってはどうでしょうか」と言われたのだ。
確かに、アリサは少し育てにくいところがあった。小さいころから音に敏感で、あまり寝ない赤ちゃんだった。食べ物の好き嫌いも多いし、思ったとおりにことが進まないと癇癪を起こしたりもする。そうかと思うと、違う世界にいってしまったかのように何かに没頭して遊んでいることもある。
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さゆり自身、アリサのことをよく知りたいという気持ちもあり、専門医を受診することにした。そして当日、アリサについて尋ねる質問票に記入したり、それをもとに医師から尋ねられたりした。そんなやりとりを通して、さゆりはハッとした。質問票に書いてあることや、医師から尋ねられたことの多くに、夫が当てはまるのだ。
そのことを医師に伝えると、「確かに発達障害は遺伝の要素がありますのでね」とのこと。この一言を聞いて、さゆりは夫との関係性の難しさについて、答えが出たように感じた。そこから、様々な書籍を読んだり、ネット検索をするなどして、「夫はアスペルガーである」との結論に至った。
ここで紹介したような状況に悩んだ方から相談を受けることも多いが、その多くは妻からの相談である。というのも、アスペルガー症候群は男女比率に差があり、男性の方が女性の4倍多いと言われているからだ。
次回記事「『アスペルガーの夫』の言動に共通している特徴、ひそかに疲労していく妻たちの苦悩」では、そういった相談の中で語られる「アスペルガーの夫の特徴」について解説する。