女が社会的に「女であること」を強要されているように、男もまた「男であること」に縛られ続けている。従来の“女性らしさ”を蹴飛ばして生きる女性たちは多くなっているし、周りもそれを認めているが、男性のほうはなかなか「男らしさ」をかなぐり捨てることができずにいるようだ。
妻の言い分がムカつく「うちの妻は潔くてかっこいい女なんです。僕もそれは認めているし、そんな妻を愛してもいる。だけど妻は、僕がちょっとでも『女らしさ』みたいなことを言うと激怒するのに、僕には『男らしさ』を押しつけてくるんです」
タカオさん(42歳)は苦笑した。結婚して11年たつ同い年の妻との間には、10歳の長女、7歳の長男がいる。共働きのため、ふたりで協力しながら家事や子育てをおこなってきた。
「どっちが何をやるときちんと決めず、その日の仕事の状況で、まずはどちらかが定時で帰れる方法を探る。
それが無理ならいったん会社を抜けて子どもたちに夕食を食べさせてからまた会社に戻るとか、最近はリモートで仕事ができるようになったので夜中に家で残りの仕事をするとか、とにかくフレキシブルに、でも子ども最優先でがんばってきました」
そんな中で、子どもたちも家事を手伝ってくれるようになったのでホッと一息ついているのが現状だという。
娘への一言が妻の逆鱗に触れた「長女が気の強い子で、弟に家事を教えながら暴言を吐くわけですよ。子どもだからしかたがないのかもしれないけど、弟が『のろま』だと叱りつける。『そんなことだから、あんたは勉強もできないのよ』って。あんまりキツいじゃないですか。
だからそういう言い方をしてはいけないと諭したんですが、そのときうっかり『女の子はもうちょっと優しい言葉を使ったほうがいいよ』と言ってしまった。これが妻の逆鱗に触れました(笑)。『女の子はって何よ』と。
そういう言い方はしたけど、僕は息子にも『男の子は優しくあれ』といつも言っているんです。だから両方聞けば、それほど問題があるとも思えないんだけど、妻にしてみればとにかく『女の子は』という言い方をした時点でアウトである、と」
もめごとを避けるためには、「わかったわかった」と逃げるしかない。だがそこで逃げさせないのが妻。
「女の子が今までどれほど抑圧されてきたかを延々聞かされる。わかってますよ、そんなことは。だけど裏を返せば、男だって男社会の中で抑圧されてきたんだよと言いたくもなります。ま、言えませんけど」
彼自身、職場で上司に「おまえ、それでも男か」と言われて傷ついた過去がある。理不尽な怒られ方だと感じていた。
「家族を守る」のが男の役割?それでいて息子に甘いのが妻だと、タカオさんは不満顔だ。
「母親は息子に甘くなりがちですが、うちもそう。息子がいたずらしても、『少しぐらいやんちゃなほうが将来が楽しみ』なんて言うわけです。娘が同じことをしたら怒るくせにね。
いつだったか大きな地震があったときも、地震にはめっぽう弱い僕は犬を抱きしめたまま、ぶるぶる震えていたんです。そうしたら妻が『あなたには家族を守ろうという気概がない、ダメじゃん』と見放したような言い方をするので、そういう言い方はないだろとケンカになったんですよ。
いつも男女で差別するなと言っているきみが言うのはおかしいと」
すると妻は「男としてなんて言ってない。父として夫としてと言った」と言い張る。さすがにそれは詭弁だろとタカオさんもヒートアップした。
「体力の差は明らかにあるから、旅行のときなども僕は家族の荷物が詰まった大小ふたつのスーツケースを持って公共交通機関に乗るわけです。本当は、小さいほうのスーツケースは妻が引いてくれてもいいんじゃないかとも思う。でも妻は『荷物はパパね』と最初から決めている。これは男らしさを強要しているんじゃないのかと」
次から次へと愚痴を吐き出したタカオさんだが、「大人だからって、人から優しくされたくないわけじゃないですよね」とため息交じりにつぶやいた。
「本音を言うと、妻から愛されたいんですよ、僕だって。妻は、もしかしたら夫に思いやりを示すことさえ拒否しているのかもしれない。『私はあなたのママじゃないから』といつも言っていますから。でも親である以前に他人の男女じゃないですか。お互いに優しくしたり甘え合ったりして何がいけないんだろうと僕は思うんです」
夫は妻に弱いところを見せてはいけない?妻から愛されたい。ときには弱みを見せて甘えたい。お互いにそれができれば、夫婦として親としてもいい関係が築けるはずだと彼は言う。もともとは「他人」なのだから。だが、おそらく妻としては、子どものことで精一杯なのだ。夫は大人なのだから、自分の心は自分で慰め慈しんでほしいということなのだろう。
「妻は弱いところを見せません。だから僕にもそうしろということなんだろうけど、僕はずっとメンタル弱いんですよ。妻に慰められ激励されて初めてがんばれる。妻はそんな夫は嫌なんでしょうけど」
夫婦観の違いなのか個人差なのか。こういう価値観を改めてすりあわせるのは非常にむずかしいことなのかもしれない。