距離が近すぎるからこそ、何かにつけて憎み合ってしまう宿命にあるのか。関東地方の「三番手」をめぐり争ってきた埼玉と千葉。どちらが本当の勝者なのか、今日こそ因縁の戦いに決着をつけよう。
日差しが強く照りつけ、気温は38℃を超えた千葉県の九十九里浜。海水浴を楽しむカップルや家族連れでごった返す中、サーフボードを巧みに操って波に乗る1人の男性が周囲の視線を集めていた。
「友達と2人でカッコイイって話していて、帰る時に駐車場で見かけたから声をかけようとしたんです。でも彼の車が所沢ナンバーで『埼玉か、やめとこ』となっちゃいました。なぜか埼玉県民って海への憧れが異様に強くて、わざわざ九十九里までサーフィンしに来る人も多いですよね」(千葉県在住の30代女性)
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一方で埼玉出身の20代男性は、千葉県袖ケ浦市にある東京ドイツ村に行った苦い経験をこう振り返る。
「東京のすぐ近くかと思っていたら、アクアラインを通り東京湾を渡って、さらに田舎道を走って1時間近くもかかりました。千葉県民って、何かにつけて”東京”って言いたがりますよね。百歩譲って、東京都に隣接している浦安市のディズニーランドは良しとしましょう。でもこれだけ離れているドイツ村が東京を自称するなんて、許されるんでしょうか? もっとも東京ではなく『千葉ドイツ村』だったら、さらに閑散としていたと思いますけど」
関東地方の一都六県に順位をつけるよう言われたならば、ほとんどの日本人が迷いなく東京都を1位、神奈川県を2位にするだろう。では3位はどこか。人口でも都市機能でも、埼玉か千葉かな。別にどっちでもいいけど―と、突き詰めて考える人はあまりいない。だが、当事者である両県民にとっては、プライドをかけた大問題なのだ。
江戸川を隔てて隣り合う埼玉と千葉は、関東の「三番手」の座をめぐって長年ライバル意識を燃やしてきた。東京に虐げられる埼玉県民を描いて大ヒットした’19年の映画『翔んで埼玉』でも、対立する両者が出てくる。クライマックスの直前、江戸川を挟み、それぞれ自分たちの県出身の有名人が描かれた旗を掲げて対峙する、埼玉県民と千葉県民の大軍。千葉軍がX JAPANのYOSHIKIを掲げると、埼玉側はTHE ALFEEの高見沢俊彦で対抗する。勝ち負けの基準すら曖昧な勝負だが、それでもつい張り合ってしまう両者の関係が浮き彫りになったシーンだ。
ブランド総合研究所が発表した’22年版の「都道府県魅力度ランキング」によると、13位の千葉県に対して埼玉県ははるか下の45位。下位常連の群馬県(44位)と茨城県(46位)に挟まれ、栃木県(40位)にすら完敗するという惨憺たる結果で、差は歴然と言えるかもしれない。
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しかしある埼玉県民は、「このランキングは基本的に『その地域の外の人が感じた魅力度』によって順位付けしたもの。地味だけれども実は暮らしやすい埼玉にとって、そもそも不利な勝負だ」と顔を真っ赤にしながら反論する。
勝ったところで首都・東京に取って代わるわけでもなく、手に入るのは「関東3位」という中途半端な称号だけ。にもかかわらず尋常ではない熱量を懸ける両県民の姿は、他の45都道府県の人々にとっては理解を超えたものだろう。不毛なようで、当人たちにとってはこの上なく重要な、この埼玉と千葉の戦い。果たして真の勝者はどちらなのか。
「うちは埼玉さんと違って『海あり県』ですから、魚介類はとても豊富です」
そう自慢げに話すのは、千葉出身のお笑い芸人、ラッシャー板前氏だ。
「木更津あたりで食べる浜焼きは最高です。特に貝類が名物でアワビやカキも獲れるうえ、伊勢海老だって食べられる。旅番組のロケで全国の漁港に行きましたが、千葉の魚介は日本でもトップクラスだと思います」
海や魚を持ち出されると旗色が悪い埼玉だが、埼玉出身で俳優の照英氏も負けじと言い返す。
「いくら海なし県だからって舐めないでほしいですね。埼玉は交通網が発達しているから豊洲の新鮮な魚も入ってきますし、実は寿司屋も多いんです。深谷ねぎや草加せんべいも有名だし、今の時期だと秩父の天然氷を使ったかき氷なんか絶品ですよ」
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特産品に限れば、両県が拮抗しているように見えるかもしれない。しかし千葉には、埼玉県民も無条件で白旗を掲げる財産がある。観光だ。
「まだ息子が小さかった頃、首都高の渋滞を我慢しながら何時間もかけて、東京ディズニーランドまで行きましたね。埼玉にも小江戸・川越や長瀞渓谷などがありますが、マザー牧場に鴨川シーワールドまである千葉にはとても敵いません。数少ないメリットは、空いている名所が多いことでしょうか」(埼玉県在住の50代男性)
中には負け惜しみだと知りつつ、さいたまスーパーアリーナや西武園ゆうえんちを挙げる埼玉県民もいる。だが千葉には幕張メッセがあるし、テーマパークで争っても結果は火を見るよりも明らか。埼玉県民も内心では理解している通り、観光では千葉の圧勝だ。
もう千葉の勝ちでいいだろう―部外者ならそう判断したくなるが、埼玉県民がこの結果に納得するわけがない。「ほぼ東京」を自任する埼玉県民は、埼玉こそが日本一の「住みやすい県」だと豪語するのだ。
「観光資源では負けているかもしれませんが、日常的な暮らしやすさでは埼玉の圧勝です」
そう反論するのは、埼玉の魅力を発信するWebメディア「そうだ埼玉.com」編集長の鷺谷政明氏だ。
「東京へ通勤・通学するなら埼玉の方が圧倒的に便利。東京に通じる路線の選択肢は千葉より断然豊富です。大宮なら池袋までたった25分ですし、新幹線も通っているのでアクセスの良さでは勝負になりません」
後編記事『「埼玉vs.千葉はどっちが上か」永遠の争いに終止符を…「千葉の圧勝」かと思いきや「埼玉の圧勝」だった“あるもの”』に続く。
「週刊現代」2023年8月12・19日合併号より