ダイエットや筋力アップなどを目的に、トレーナーから個別指導を受ける「パーソナルトレーニング」で重傷などを負う事故が相次いでいる。
近年の筋トレブームを背景に被害は増加傾向で、消費者庁の消費者安全調査委員会(消費者事故調)が実態調査に乗り出した。専門知識を欠いたトレーナーもいるとして、注意を呼びかける声もある。(糸井裕哉)
■重傷率25%
「バーベルを持ち上げた時に腰を痛め、入院して手術を受けた」「筋肉の損傷で全治1か月以上。弁護士に対応を依頼している」
全国の消費生活センターには、パーソナルトレーニング中に起きた事故の相談が寄せられている。
2017年4月から昨年2月までの相談件数は計105件。相談者の約9割は女性だった。内訳は神経・脊髄の損傷と筋肉・腱(けん)の損傷が各21件で、骨折も7件あった。4人に1人は治療に1か月以上かかる重傷だった。一方、消費者庁が把握した昨年の事故件数は50件を超え、過去最多だという。
身近な暮らしに関わる事故の原因究明などを担う事故調は5月、パーソナルトレーニングを調査対象に決定。大手スポーツジムやトレーナーから現状を聞き取り、利用者へのアンケートも行って原因を探る。専門家の意見や海外の状況も参考にし、1年をめどに事故防止策をまとめる方針だ。
■資格不要
なぜ、事故が相次ぐのか。現役ボディービルダーで日本体育大の岡田隆教授(43)(体育科学)は「資格不要で誰でもトレーナーを名乗れる。医学や栄養学を学ばず指導するケースも多く、知識不足がけがを招いている」と指摘。指導料などでトレーナー側に支払う金額が数十万円と高額な場合もあり、利用者が「元を取らなければ」と痛みを我慢してトレーニングを続け、症状を悪化させることもあるという。
経済産業省によると、昨年のフィットネスクラブの利用者は延べ2億1000万人を超え、20年間でほぼ倍増。太った著名人がスリムに激変するスポーツジムのCMが話題を呼んだり、NHK番組で使われた「筋肉は裏切らない」の決めゼリフが流行語大賞にノミネートされたりするなど、近年は筋トレブームが続く。
さらに、コロナ禍で定着した「密」を避ける暮らし方によってパーソナルトレーニングへの注目が高まり、事故調は「現状を放置すれば、体に障害が残るような重大な事態が頻発しかねない」と危機感を募らす。
■予防策
相談では不適切な食事指導も確認され、「糖質を完全にカットする食事を続けたら上半身に湿疹が出て、茶色の痕が残った」(20歳代女性)という深刻な内容もあった。
国民生活センターは事故の予防策として、▽補償内容の事前確認▽体力テストを基にしたプラン作成▽トレーナーとの綿密な意思疎通――を利用者に呼びかけている。自らスポーツジムも経営する岡田教授は、利用者が「指導者を選ぶ目」を養うことも提唱。柔道整復師や栄養士といった資格の有無は重要な判断材料になるとする一方、過去の競技実績がいくら優れていても「他人を教えるプロ」の証明にはならないと強調する。
その上で「トレーナーに『どこで何を勉強したのか』を細かく尋ね、資格や指導歴を確認することが大切だ。回答を拒む場合は契約を断ればいいし、焦らずに帰宅してから判断してもいい」と指摘。トレーニング中に体調に異変を感じたら無理せず中断を求めることも重要で、「自分を守るために遠慮は不要だ」と話す。
◆パーソナルトレーニング=トレーナーと1対1で体力・筋力の向上やダイエット、リハビリに取り組む。目標に応じた個別メニューが作られ、食事や栄養指導を含む場合も。専属契約すると、スポーツジムではなく、自宅などの個室で指導を受けることもある。
■契約トラブル目立つ クーリングオフ適用外
パーソナルトレーニングの解約や返金を巡る契約トラブルも目立つ。
女性トレーナーの指名料を含むレッスン16回分の料金として、ジムに約65万円を支払った40歳代女性は「トレーナーが指名した人と異なる上、毎回変わる」として解約を申し出たものの、断られた。50歳代男性はサプリメントや運動器具の購入を繰り返し勧められ、肌用クリームを約1万円で購入。「マンツーマンなので、買わざるを得ない雰囲気だった」という。
トレーナーやジムとの契約は通常、訪問販売などを対象として一定期間内なら無条件で解約できるクーリングオフの適用外だ。国民生活センターは、契約書や利用規約を熟読し、事前に料金体系や退会条件をチェックすることが必要だとしている。