今回は「三浦瑠麗氏の読み比べ」です。まず話題になったのは1月20日の記事でした。
【画像】大胆な花柄、フリル、リボン…三浦瑠麗の私服を見る(全15枚)『太陽光発電出資の告訴で家宅捜索 東京地検特捜部』(FNNプライムオンライン1月20日)《太陽光発電事業への出資を名目に、およそ10億円をだまし取ったとして刑事告訴された東京の投資会社が、19日に東京地検特捜部の家宅捜索を受けた。家宅捜索を受けたのは、東京・千代田区の投資会社「トライベイキャピタル」の本社と代表の自宅など。》

文藝春秋 このトライベイキャピタルの代表が「国際政治学者」三浦瑠麗氏の配偶者ということで、ネットを中心に注目されたのである。三浦氏はホームページで「報道は事実」と認めたものの、「夫の会社経営には関与しておらず、一切知り得ないこと」とコメント。新聞はどう報じたか? このニュースに対してSNSでの反応を3つにまとめてみると、1、夫婦は別人格なので三浦氏について言うのはいかがなものか?2、確かに夫婦は別人格だが、三浦氏は過去に政府の「成長戦略会議」で太陽光発電を推す発言を繰り返していた。利益相反ではないのか?3、昨年に発売された本の中で三浦氏は「お互いの会社の株をほぼ半々で持ち合っているし、それは財産分与なんかより確実ですよ」と発言しており、やはり関係ないとは言えないのでは? だいたい上記のようなものだった。いずれにしてもネットでは大騒ぎ。ではこの件、新聞はどうなのか? 現時点では報じるのか報じないのか。すると東京新聞の「こちら特報部」が記事にした。『三浦瑠麗氏「夫の会社と無関係」なの? 「成長戦略会議」発言 利益相反の指摘も』(1月24日) 三浦氏は20年に菅義偉前首相が設置した「成長戦略会議」のメンバーであり、自前の資料を用意して複数回にわたり太陽光発電を推進する発言をしてきたとし、《議事要旨によると、21年6月の第11回会議で「荒廃農地の太陽光発電に対する転用の件について、ぜひやっていただきたい」と主張。同年9月の第13回会議でも「非常にポテンシャルの高い、例えば屋根のせの太陽光と、小規模の荒廃農地に対する太陽光パネルの設置などに関しては、もう少しスピードアップしていかないと」と述べている。》 さらに、《今回のケースは、夫婦は別人格であり、夫の会社の内実を知らなかったという主張も通らなくはないが、やはり外形的には経緯に疑問が残る。》 記事はここから、成長戦略会議は何でこんな人選をしているのだ? という展開になる。「政策のスペシャリストではない」とバッサリ 明治大の西川伸一教授(政治学)は「驚きを隠せない。身内に利害関係者がいることは事務局も知っていたはずだ」とし、「政官上層部の連携プレーで、知名度の高い三浦さんが選ばれたのだろう。だが、民間委員は選挙を経ずに政策決定に参画するのだから、国民から見た公正さが何よりも大事なはずだ」 ノンフィクション作家の森功氏は「そもそも、三浦氏は政策のスペシャリストではない」とバッサリ。「会議での発言を振り返れば、夫の事業への協力に利用したと見られても仕方ない」。さらに「政策会議が時の政権に近く、お墨付きを与えるPR機関になっていることが問題」とも。 過去の三浦発言がクローズアップされたことで「有識者会議って……」という論点も出てきた。そういえば政府の政策にお墨付きを与えるために“発信力のある便利な人”を会議に入れる点では、最近だと「国力としての防衛力を総合的に考える政府の有識者会議」に日経、読売の幹部や朝日のOBが入っていたことが注目された。《11月に「専守防衛」の転換につながる提言をした政府の有識者会議に読売新聞グループ本社社長、日本経済新聞社顧問が名を連ねた。有力メディアが国に「動員」されていると国民に映らないか。》(信濃毎日新聞1月5日) 新聞社幹部を入れることで論調の後押しを期待する狙いもあったのか? これと同じ理屈で菅政権は“発信力”のある三浦氏に期待して有識者会議に入れたのだろうか?(そしたら今になって注目が集まってしまった)テレビ局の不思議な対応 以上の状況からネットではそれ見たことかというような記事がたくさん出たが、一方で「三浦瑠麗が好き、嫌い」に沿ったものも多い気がする。そのへんは注意しないといけないのでは。 個人的に今回一番注目したのはテレビ局の対応だ。三浦氏が理由もなく出演番組から姿を消したというのが不思議だ。三浦氏のパートナーは「まだ家宅捜索された段階」であり、推定無罪の原則があるなら三浦氏を突然テレビに出さないのは理不尽に思える。それともテレビ各局は三浦氏に利益相反の疑いが濃いと判断しているのだろうか? それならきちんと説明すべきである。そもそも身内が検察にガサ入れされてテレビNGなら、疑惑まみれの「五輪」はどうなるのだ。東京五輪の映像は使えないし、札幌五輪の話題などできないはず。それとも“五輪はオーケーだけど三浦瑠麗はダメ”なのか?「朝まで生テレビ!」の対応に覚えた違和感 とくにおかしいと思うのは「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)の対応である。あれだけ重宝していた三浦氏を最新回は出さないという判断をした。タブーは無かったはずじゃないの? 朝生はかつてオウム真理教が注目されたときは麻原彰晃を出していた。なら今回も三浦氏本人を出して語らせ、周囲で侃侃諤諤の「議論」を見せればよかったのでは。刺激的でエンタメ風味もありつつ、見ごたえある瞬間がチラッとあったのが朝生の以前の醍醐味だった。今こそ「どーするどーなる三浦瑠麗」をやればよいではないか。いつから高尚な番組になってしまったのか。 三浦氏は今回の件以降はほぼ発信していないが、四国新聞には連載がちゃんと載っていた(1月28日)。連載名は「三浦瑠麗の明日を読む」。今回は『セカンド・アサシネーション 社会の暗部を見た半年』。 冒頭は「安倍晋三元首相が暗殺されてから半年余りがたちました」で始まり、後半では、《性暴力を受けた人を責めることで、等しい苦しみを与えることをセカンド・レイプと言います。私は、亡くなった安倍さんの抗弁不可能性を利用して浴びせられた言葉の数々は、セカンド・アサシネーション (第2の暗殺)に等しい行為だと思っています。》 と書いている。旧統一教会問題で安倍氏のことを報道したり言及したりするのはやめたほうがいいという主張にも読めた。検証や論評も「第2の暗殺」にまとめてしまうのは危なっかしくて強引な気がしたが、そんな三浦瑠麗氏の所作にはどこか懐かしさも感じたのである。(プチ鹿島)
『太陽光発電出資の告訴で家宅捜索 東京地検特捜部』(FNNプライムオンライン1月20日)
《太陽光発電事業への出資を名目に、およそ10億円をだまし取ったとして刑事告訴された東京の投資会社が、19日に東京地検特捜部の家宅捜索を受けた。家宅捜索を受けたのは、東京・千代田区の投資会社「トライベイキャピタル」の本社と代表の自宅など。》
文藝春秋
このトライベイキャピタルの代表が「国際政治学者」三浦瑠麗氏の配偶者ということで、ネットを中心に注目されたのである。三浦氏はホームページで「報道は事実」と認めたものの、「夫の会社経営には関与しておらず、一切知り得ないこと」とコメント。
このニュースに対してSNSでの反応を3つにまとめてみると、
1、夫婦は別人格なので三浦氏について言うのはいかがなものか?
2、確かに夫婦は別人格だが、三浦氏は過去に政府の「成長戦略会議」で太陽光発電を推す発言を繰り返していた。利益相反ではないのか?
3、昨年に発売された本の中で三浦氏は「お互いの会社の株をほぼ半々で持ち合っているし、それは財産分与なんかより確実ですよ」と発言しており、やはり関係ないとは言えないのでは?
だいたい上記のようなものだった。いずれにしてもネットでは大騒ぎ。ではこの件、新聞はどうなのか? 現時点では報じるのか報じないのか。すると東京新聞の「こちら特報部」が記事にした。
『三浦瑠麗氏「夫の会社と無関係」なの? 「成長戦略会議」発言 利益相反の指摘も』(1月24日)
三浦氏は20年に菅義偉前首相が設置した「成長戦略会議」のメンバーであり、自前の資料を用意して複数回にわたり太陽光発電を推進する発言をしてきたとし、
《議事要旨によると、21年6月の第11回会議で「荒廃農地の太陽光発電に対する転用の件について、ぜひやっていただきたい」と主張。同年9月の第13回会議でも「非常にポテンシャルの高い、例えば屋根のせの太陽光と、小規模の荒廃農地に対する太陽光パネルの設置などに関しては、もう少しスピードアップしていかないと」と述べている。》
さらに、
《今回のケースは、夫婦は別人格であり、夫の会社の内実を知らなかったという主張も通らなくはないが、やはり外形的には経緯に疑問が残る。》
記事はここから、成長戦略会議は何でこんな人選をしているのだ? という展開になる。
「政策のスペシャリストではない」とバッサリ 明治大の西川伸一教授(政治学)は「驚きを隠せない。身内に利害関係者がいることは事務局も知っていたはずだ」とし、「政官上層部の連携プレーで、知名度の高い三浦さんが選ばれたのだろう。だが、民間委員は選挙を経ずに政策決定に参画するのだから、国民から見た公正さが何よりも大事なはずだ」 ノンフィクション作家の森功氏は「そもそも、三浦氏は政策のスペシャリストではない」とバッサリ。「会議での発言を振り返れば、夫の事業への協力に利用したと見られても仕方ない」。さらに「政策会議が時の政権に近く、お墨付きを与えるPR機関になっていることが問題」とも。 過去の三浦発言がクローズアップされたことで「有識者会議って……」という論点も出てきた。そういえば政府の政策にお墨付きを与えるために“発信力のある便利な人”を会議に入れる点では、最近だと「国力としての防衛力を総合的に考える政府の有識者会議」に日経、読売の幹部や朝日のOBが入っていたことが注目された。《11月に「専守防衛」の転換につながる提言をした政府の有識者会議に読売新聞グループ本社社長、日本経済新聞社顧問が名を連ねた。有力メディアが国に「動員」されていると国民に映らないか。》(信濃毎日新聞1月5日) 新聞社幹部を入れることで論調の後押しを期待する狙いもあったのか? これと同じ理屈で菅政権は“発信力”のある三浦氏に期待して有識者会議に入れたのだろうか?(そしたら今になって注目が集まってしまった)テレビ局の不思議な対応 以上の状況からネットではそれ見たことかというような記事がたくさん出たが、一方で「三浦瑠麗が好き、嫌い」に沿ったものも多い気がする。そのへんは注意しないといけないのでは。 個人的に今回一番注目したのはテレビ局の対応だ。三浦氏が理由もなく出演番組から姿を消したというのが不思議だ。三浦氏のパートナーは「まだ家宅捜索された段階」であり、推定無罪の原則があるなら三浦氏を突然テレビに出さないのは理不尽に思える。それともテレビ各局は三浦氏に利益相反の疑いが濃いと判断しているのだろうか? それならきちんと説明すべきである。そもそも身内が検察にガサ入れされてテレビNGなら、疑惑まみれの「五輪」はどうなるのだ。東京五輪の映像は使えないし、札幌五輪の話題などできないはず。それとも“五輪はオーケーだけど三浦瑠麗はダメ”なのか?「朝まで生テレビ!」の対応に覚えた違和感 とくにおかしいと思うのは「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)の対応である。あれだけ重宝していた三浦氏を最新回は出さないという判断をした。タブーは無かったはずじゃないの? 朝生はかつてオウム真理教が注目されたときは麻原彰晃を出していた。なら今回も三浦氏本人を出して語らせ、周囲で侃侃諤諤の「議論」を見せればよかったのでは。刺激的でエンタメ風味もありつつ、見ごたえある瞬間がチラッとあったのが朝生の以前の醍醐味だった。今こそ「どーするどーなる三浦瑠麗」をやればよいではないか。いつから高尚な番組になってしまったのか。 三浦氏は今回の件以降はほぼ発信していないが、四国新聞には連載がちゃんと載っていた(1月28日)。連載名は「三浦瑠麗の明日を読む」。今回は『セカンド・アサシネーション 社会の暗部を見た半年』。 冒頭は「安倍晋三元首相が暗殺されてから半年余りがたちました」で始まり、後半では、《性暴力を受けた人を責めることで、等しい苦しみを与えることをセカンド・レイプと言います。私は、亡くなった安倍さんの抗弁不可能性を利用して浴びせられた言葉の数々は、セカンド・アサシネーション (第2の暗殺)に等しい行為だと思っています。》 と書いている。旧統一教会問題で安倍氏のことを報道したり言及したりするのはやめたほうがいいという主張にも読めた。検証や論評も「第2の暗殺」にまとめてしまうのは危なっかしくて強引な気がしたが、そんな三浦瑠麗氏の所作にはどこか懐かしさも感じたのである。(プチ鹿島)
明治大の西川伸一教授(政治学)は「驚きを隠せない。身内に利害関係者がいることは事務局も知っていたはずだ」とし、
「政官上層部の連携プレーで、知名度の高い三浦さんが選ばれたのだろう。だが、民間委員は選挙を経ずに政策決定に参画するのだから、国民から見た公正さが何よりも大事なはずだ」
ノンフィクション作家の森功氏は「そもそも、三浦氏は政策のスペシャリストではない」とバッサリ。「会議での発言を振り返れば、夫の事業への協力に利用したと見られても仕方ない」。さらに「政策会議が時の政権に近く、お墨付きを与えるPR機関になっていることが問題」とも。
過去の三浦発言がクローズアップされたことで「有識者会議って……」という論点も出てきた。そういえば政府の政策にお墨付きを与えるために“発信力のある便利な人”を会議に入れる点では、最近だと「国力としての防衛力を総合的に考える政府の有識者会議」に日経、読売の幹部や朝日のOBが入っていたことが注目された。
《11月に「専守防衛」の転換につながる提言をした政府の有識者会議に読売新聞グループ本社社長、日本経済新聞社顧問が名を連ねた。有力メディアが国に「動員」されていると国民に映らないか。》(信濃毎日新聞1月5日)
新聞社幹部を入れることで論調の後押しを期待する狙いもあったのか? これと同じ理屈で菅政権は“発信力”のある三浦氏に期待して有識者会議に入れたのだろうか?(そしたら今になって注目が集まってしまった)
テレビ局の不思議な対応 以上の状況からネットではそれ見たことかというような記事がたくさん出たが、一方で「三浦瑠麗が好き、嫌い」に沿ったものも多い気がする。そのへんは注意しないといけないのでは。 個人的に今回一番注目したのはテレビ局の対応だ。三浦氏が理由もなく出演番組から姿を消したというのが不思議だ。三浦氏のパートナーは「まだ家宅捜索された段階」であり、推定無罪の原則があるなら三浦氏を突然テレビに出さないのは理不尽に思える。それともテレビ各局は三浦氏に利益相反の疑いが濃いと判断しているのだろうか? それならきちんと説明すべきである。そもそも身内が検察にガサ入れされてテレビNGなら、疑惑まみれの「五輪」はどうなるのだ。東京五輪の映像は使えないし、札幌五輪の話題などできないはず。それとも“五輪はオーケーだけど三浦瑠麗はダメ”なのか?「朝まで生テレビ!」の対応に覚えた違和感 とくにおかしいと思うのは「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)の対応である。あれだけ重宝していた三浦氏を最新回は出さないという判断をした。タブーは無かったはずじゃないの? 朝生はかつてオウム真理教が注目されたときは麻原彰晃を出していた。なら今回も三浦氏本人を出して語らせ、周囲で侃侃諤諤の「議論」を見せればよかったのでは。刺激的でエンタメ風味もありつつ、見ごたえある瞬間がチラッとあったのが朝生の以前の醍醐味だった。今こそ「どーするどーなる三浦瑠麗」をやればよいではないか。いつから高尚な番組になってしまったのか。 三浦氏は今回の件以降はほぼ発信していないが、四国新聞には連載がちゃんと載っていた(1月28日)。連載名は「三浦瑠麗の明日を読む」。今回は『セカンド・アサシネーション 社会の暗部を見た半年』。 冒頭は「安倍晋三元首相が暗殺されてから半年余りがたちました」で始まり、後半では、《性暴力を受けた人を責めることで、等しい苦しみを与えることをセカンド・レイプと言います。私は、亡くなった安倍さんの抗弁不可能性を利用して浴びせられた言葉の数々は、セカンド・アサシネーション (第2の暗殺)に等しい行為だと思っています。》 と書いている。旧統一教会問題で安倍氏のことを報道したり言及したりするのはやめたほうがいいという主張にも読めた。検証や論評も「第2の暗殺」にまとめてしまうのは危なっかしくて強引な気がしたが、そんな三浦瑠麗氏の所作にはどこか懐かしさも感じたのである。(プチ鹿島)
以上の状況からネットではそれ見たことかというような記事がたくさん出たが、一方で「三浦瑠麗が好き、嫌い」に沿ったものも多い気がする。そのへんは注意しないといけないのでは。
個人的に今回一番注目したのはテレビ局の対応だ。三浦氏が理由もなく出演番組から姿を消したというのが不思議だ。三浦氏のパートナーは「まだ家宅捜索された段階」であり、推定無罪の原則があるなら三浦氏を突然テレビに出さないのは理不尽に思える。それともテレビ各局は三浦氏に利益相反の疑いが濃いと判断しているのだろうか? それならきちんと説明すべきである。そもそも身内が検察にガサ入れされてテレビNGなら、疑惑まみれの「五輪」はどうなるのだ。東京五輪の映像は使えないし、札幌五輪の話題などできないはず。それとも“五輪はオーケーだけど三浦瑠麗はダメ”なのか?
とくにおかしいと思うのは「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系)の対応である。あれだけ重宝していた三浦氏を最新回は出さないという判断をした。タブーは無かったはずじゃないの? 朝生はかつてオウム真理教が注目されたときは麻原彰晃を出していた。なら今回も三浦氏本人を出して語らせ、周囲で侃侃諤諤の「議論」を見せればよかったのでは。刺激的でエンタメ風味もありつつ、見ごたえある瞬間がチラッとあったのが朝生の以前の醍醐味だった。今こそ「どーするどーなる三浦瑠麗」をやればよいではないか。いつから高尚な番組になってしまったのか。
三浦氏は今回の件以降はほぼ発信していないが、四国新聞には連載がちゃんと載っていた(1月28日)。連載名は「三浦瑠麗の明日を読む」。今回は『セカンド・アサシネーション 社会の暗部を見た半年』。
冒頭は「安倍晋三元首相が暗殺されてから半年余りがたちました」で始まり、後半では、《性暴力を受けた人を責めることで、等しい苦しみを与えることをセカンド・レイプと言います。私は、亡くなった安倍さんの抗弁不可能性を利用して浴びせられた言葉の数々は、セカンド・アサシネーション (第2の暗殺)に等しい行為だと思っています。》 と書いている。旧統一教会問題で安倍氏のことを報道したり言及したりするのはやめたほうがいいという主張にも読めた。検証や論評も「第2の暗殺」にまとめてしまうのは危なっかしくて強引な気がしたが、そんな三浦瑠麗氏の所作にはどこか懐かしさも感じたのである。(プチ鹿島)
冒頭は「安倍晋三元首相が暗殺されてから半年余りがたちました」で始まり、後半では、
《性暴力を受けた人を責めることで、等しい苦しみを与えることをセカンド・レイプと言います。私は、亡くなった安倍さんの抗弁不可能性を利用して浴びせられた言葉の数々は、セカンド・アサシネーション (第2の暗殺)に等しい行為だと思っています。》
と書いている。旧統一教会問題で安倍氏のことを報道したり言及したりするのはやめたほうがいいという主張にも読めた。検証や論評も「第2の暗殺」にまとめてしまうのは危なっかしくて強引な気がしたが、そんな三浦瑠麗氏の所作にはどこか懐かしさも感じたのである。
(プチ鹿島)