復刻連載「産まない、産めない かつての事情」<7>
宮崎県に住む栄二さん(35)が、医師から「一般男性に比べて精子の数がかなり少ない」と告げられたのは、2年前のことだった。
そのときの気持ちは?
「まさか…と思いました。性生活に支障を感じたことはなかったし、不妊は女性の問題なんだろうという先入観もあったから」
最近になって、不妊因子は男女半々であることが分かってきた。ただ現実には「不妊イコール女性」という意識は根強く、男性不妊については女性ほど知られていない。栄二さんも知らなかった。
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先に検査を受けたのは、妻(34)だった。夫より半年以上も前。「そろそろ子どもを」と産婦人科の病院を訪ねたときだった。
「妻だけ検査…ということには何の疑問もわきませんでした。そういうものなんだろうと」
内診、基礎体温の測定、血液や尿、ホルモンの検査…。結果が出るまで2カ月を要した。
異常はなかった。それでも“治療”に入った。排卵日を整えたり良質の卵子を作るため、ホルモン剤を投与することになった。その段取りにも「そういうものなんだろう」と深く考えなかった。
効果はなく、人工授精を勧められた。そこで初めて精液を調べることになった。男性の検査は1~3回の通院で済む。すぐに精子減少症と分かった。
「妻は精神的に落ち込んだり、薬の副作用に悩まされてきた。もっと早く僕の検査をしてれば」。無知を悔やみつつ、本格的な治療のため、泌尿器科に出向いた。
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「男性不妊は自覚症状のない場合がほとんど。それに体裁を気にして病院の敷居を高く感じる人も多く、女性に比べて症例も少ない。治療の研究は遅れています」
医師の説明に「まさか」の思いは吹き飛んだ。だが…。
男性因子の約9割にあたる精子減少症は、精巣の機能障害による場合と特発性が大半を占める。栄二さんは特発性、つまり原因不明だった。体の別の部分の疾患の影響か、ストレスや過労によるものか、はっきりしない。
「ホルモン療法だと3、4カ月かかるかもしれない。急ぐのなら人工授精や体外受精であれば、精子の数が少なくても妊娠は可能」と医師。「どうしますか」
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もともと「できれば自然に任せたい」と考えていた栄二さんは、返事を留保した。ストレス、過労…思い当たる節があったからだ。
10年勤めた関東の大手メーカーを辞め、実家の農業を継ぐためにUターンしたばかり。研究所勤務から肉体労働へ。慣れない力仕事に疲れはピークに達していた。
たばこをやめ、酒も控えた。週に1度は妻と山歩きに出かけた。リラックスした夫婦生活を心掛けた結果、半年後に自然妊娠。
「先入観があったばかりに遠回りしてしまった。『不妊は夫婦の問題』というのも、精神的に妻を支えるという意味でしか理解していなかった。体の面でも男女にかかわる問題だったんですね」(文中仮名)
◆少子化に歯止めがかからない。もう何年も…。目を凝らすと、置き去りにされてきた家族の問題が浮かび上がってくる。子どもを望む人が産みやすい社会、産んでよかったと思える社会にするには-。1999年の連載を読み返し、考えるヒントにしてみませんか。文中の情報は全て当時のものです。