その見知らぬ男性の指示で下着を脱ぎ、スマートフォンで下半身を撮影された。小学生の娘はこの夏、「魂の殺人」とも呼ばれる卑劣な性暴力を受けた。警察や自治体は女児への配慮から詳しい被害内容を公表せず、マスコミも具体的な表現を避けて報道した。「事件の本質がオブラートに包まれてしまうと、被害者の深刻な苦しみが届かない」。そんな思いで取材を自ら希望した父親の叫びを伝えたい。
状況再現、下着の提出…性被害に遭った弁護士が実感した心的負担図書館から帰宅途中に うだるような暑さだった7月28日、時計の針は門限の午後5時半を過ぎていた。間もなく帰宅した女児は、リビングルームにいた父親に駆け寄って号泣した。「さっき連れて行かれて、お尻触られてん」 夏休み中だったこの日午後、読書が大好きな女児は友達と大阪府内にある図書館に出かけていた。 事件に巻き込まれたのは午後5時過ぎだった。友達と別れて1人で自宅に向かっている途中、背後から尻を突然つかまれた。振り向くと、立っていた面識のない若い男性にこう言われた。「ちょっと歩こうか」 女児は恐怖心と必死に闘いながら、勇気を振り絞って尋ねた。「わたし、おうち帰れますか」。約500メートル先の人けのない民家のガレージ前に案内されると、男性に「今から写真撮るからパンツずらして」と指示された。 ここで暴れたり、声を出したりしたら何をされるか分からない――。そう何度も自分に言い聞かせて、女児が自分でズボンと下着をおろすと、男性はスマホで撮影を始めた。さらに女児を近くの駐車場まで連れ出し、再び撮影しながら下半身に手も伸ばしたとされる。「このこと、内緒やで」。男性はそう言い残し、現場から立ち去った。被告「交際相手と別れ、小学生に興味」 強制わいせつ罪などで逮捕、起訴されたのは堺市立の特別支援学校で講師を務めていた古谷尚暉被告(26)=懲戒免職。古谷被告は10月の初公判で起訴内容を全て認めた。 検察側によると、古谷被告は捜査段階で「交際相手と別れ、小学生の女の子の裸に興味を持ち始めた」と供述。インターネット上の動画で満足できず、性犯罪に手を染めるようになったとも説明した。 事件後、女児は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。外出先で成人男性を恐れ、悪夢にうなされることも増えた。父親は体重が7キロ減り、母親も強いショックから立ち直れないでいる。娘の言葉で、取材望んだ もちろん、娘や家族の将来を考えると、被害の実態を公表することが正しいのかどうか不安で押しつぶされそうになる日もある。 それでも、父親が報道機関の取材を望んだのはなぜなのか。話は事件当日の夜までさかのぼる。 被害状況を説明するため、女児を車に乗せて警察署に向かっていた時だった。「よく考えたら、こんなん許されへん。友達が同じ目に遭ったらかわいそうやから、みんなにお話ししよかな」。助手席に座っていた女児がこう漏らした。 直前まで泣きじゃくっていた娘の思わぬ言葉。極度の精神的ショックで冷静さを欠いているだけかもしれない。父親は「少し待とうか」となだめたが、「学校のみんなに同じ思いをしてほしくない」という女児の訴えは翌日以降も続いた。警察、学校にも掛け合ったが… 事件から4日後、警察から容疑者の逮捕を知らされた。父親は小さな体で忌まわしい記憶と向き合う娘の思いを受け止め、電話口の警察官に「娘が特定されない範囲で事件の状況や場所を全て発表してもらっていい」と伝えたが、「被害者保護の観点から出さないと思う」と告げられた。 数社の報道機関が容疑者の逮捕を報じた。しかし、具体的な説明を控えた警察発表を受け、毎日新聞も記事で事件現場の状況や被告と女児のやり取り、具体的な手口には触れていない。女児は「もっとひどいことされたのに」と嘆いたという。 捜査機関は性犯罪を報道発表する際、被害者のプライバシー保護や家族への配慮から詳細な情報を伏せるケースが多い。ある捜査幹部は「詳しい地域名や状況まで発信すると現場が絞られ、逆に無関係の人が被害者だと誤解される恐れが高まる。一方、事件の詳報は次の被害を防ぐ効果も期待でき、バランスが難しい」と話す。「事件をタブー視しないで」 父親は夏休みが明けた8月末、小学校にも娘の意向を伝え、児童や保護者への事件の周知と注意喚起を要望した。地元の教育委員会は全ての小中学校に注意喚起したが、事件の概要は「(地元の自治体で)不審者の被害に遭った児童がいる」という表現にとどめた。 教育委員会は取材に「女児が今後もこの地域で生活することを考え、教育的なケアを一番に考えた結果だ」としている。 父親は「警察や学校の考え方も分かるが、周囲の配慮で事件がタブー視され、被害者家族は蚊帳の外に置かれているようだった」と首をかしげる。あいまいな情報発信で事件が小さく報道されれば、結果的に加害者を利することになるのではないかとも思う。 子供への性暴力を明かすことに賛否両論はあるかもしれない。それでも、父親は社会にこう問いかける。「性犯罪を食い止めるため、被害者の悲痛な声が届く形で注意喚起できる世の中になってほしい。私たちのような考えも受け入れてもらえませんか」専門家「精神的ケアを最優先に」 性暴力の実態を自ら明らかにする被害者が増えている。ただ、事件後に社会の偏見や誤解でさらに傷つけられる「セカンドレイプ」も後を絶たず、被害者への支援強化や世間の意識改革も欠かせない。 性犯罪を巡っては、性暴力の被害に抗議の声を上げる米国発の「#MeToo(私も)」運動が日本でも広がり、SNS(ネット交流サービス)で被害を打ち明ける投稿も相次ぐ。 陸上自衛隊郡山駐屯地(福島県)に所属していた元1等陸士の五ノ井里奈さんは、複数の男性隊員から受けた性暴力を動画投稿サイト「ユーチューブ」などで告発。防衛省は被害申告をほぼ全面的に認めて謝罪し、直接的に関わった計5人を懲戒免職とした。 性犯罪被害に詳しい上谷さくら弁護士は「『わいせつ行為』というあいまいな表現だけでは、被害の実態は伝わりにくい。被害者が公表を強く望む場合は具体的な状況を社会で共有すべきで、法定刑の妥当性を問題提起する議論にもつながるのではないか」と語った。 一方で、公表をきっかけに周囲から心ない言葉を掛けられ、さらに傷つけられることもある。性暴力の被害を公表したジャーナリストの伊藤詩織さんは激しい中傷や脅迫に苦しんだことを明かしている。 諸沢英道・常磐大元学長(被害者学)は「被害者はつらい記憶を突然思い出す『フラッシュバック』など精神的な後遺症に苦しむケースも多い。まずは犯罪被害者支援センターの職員らが被害者や家族の精神的ケアを最優先に考え、公表のリスクも丁寧に説明しながら支援できる仕組みも必要だ」と語った。【古川幸奈】
図書館から帰宅途中に
うだるような暑さだった7月28日、時計の針は門限の午後5時半を過ぎていた。間もなく帰宅した女児は、リビングルームにいた父親に駆け寄って号泣した。「さっき連れて行かれて、お尻触られてん」
夏休み中だったこの日午後、読書が大好きな女児は友達と大阪府内にある図書館に出かけていた。
事件に巻き込まれたのは午後5時過ぎだった。友達と別れて1人で自宅に向かっている途中、背後から尻を突然つかまれた。振り向くと、立っていた面識のない若い男性にこう言われた。「ちょっと歩こうか」
女児は恐怖心と必死に闘いながら、勇気を振り絞って尋ねた。「わたし、おうち帰れますか」。約500メートル先の人けのない民家のガレージ前に案内されると、男性に「今から写真撮るからパンツずらして」と指示された。
ここで暴れたり、声を出したりしたら何をされるか分からない――。そう何度も自分に言い聞かせて、女児が自分でズボンと下着をおろすと、男性はスマホで撮影を始めた。さらに女児を近くの駐車場まで連れ出し、再び撮影しながら下半身に手も伸ばしたとされる。「このこと、内緒やで」。男性はそう言い残し、現場から立ち去った。
被告「交際相手と別れ、小学生に興味」
強制わいせつ罪などで逮捕、起訴されたのは堺市立の特別支援学校で講師を務めていた古谷尚暉被告(26)=懲戒免職。古谷被告は10月の初公判で起訴内容を全て認めた。
検察側によると、古谷被告は捜査段階で「交際相手と別れ、小学生の女の子の裸に興味を持ち始めた」と供述。インターネット上の動画で満足できず、性犯罪に手を染めるようになったとも説明した。
事件後、女児は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。外出先で成人男性を恐れ、悪夢にうなされることも増えた。父親は体重が7キロ減り、母親も強いショックから立ち直れないでいる。
娘の言葉で、取材望んだ
もちろん、娘や家族の将来を考えると、被害の実態を公表することが正しいのかどうか不安で押しつぶされそうになる日もある。
それでも、父親が報道機関の取材を望んだのはなぜなのか。話は事件当日の夜までさかのぼる。
被害状況を説明するため、女児を車に乗せて警察署に向かっていた時だった。「よく考えたら、こんなん許されへん。友達が同じ目に遭ったらかわいそうやから、みんなにお話ししよかな」。助手席に座っていた女児がこう漏らした。
直前まで泣きじゃくっていた娘の思わぬ言葉。極度の精神的ショックで冷静さを欠いているだけかもしれない。父親は「少し待とうか」となだめたが、「学校のみんなに同じ思いをしてほしくない」という女児の訴えは翌日以降も続いた。
警察、学校にも掛け合ったが…
事件から4日後、警察から容疑者の逮捕を知らされた。父親は小さな体で忌まわしい記憶と向き合う娘の思いを受け止め、電話口の警察官に「娘が特定されない範囲で事件の状況や場所を全て発表してもらっていい」と伝えたが、「被害者保護の観点から出さないと思う」と告げられた。
数社の報道機関が容疑者の逮捕を報じた。しかし、具体的な説明を控えた警察発表を受け、毎日新聞も記事で事件現場の状況や被告と女児のやり取り、具体的な手口には触れていない。女児は「もっとひどいことされたのに」と嘆いたという。
捜査機関は性犯罪を報道発表する際、被害者のプライバシー保護や家族への配慮から詳細な情報を伏せるケースが多い。ある捜査幹部は「詳しい地域名や状況まで発信すると現場が絞られ、逆に無関係の人が被害者だと誤解される恐れが高まる。一方、事件の詳報は次の被害を防ぐ効果も期待でき、バランスが難しい」と話す。
「事件をタブー視しないで」
父親は夏休みが明けた8月末、小学校にも娘の意向を伝え、児童や保護者への事件の周知と注意喚起を要望した。地元の教育委員会は全ての小中学校に注意喚起したが、事件の概要は「(地元の自治体で)不審者の被害に遭った児童がいる」という表現にとどめた。
教育委員会は取材に「女児が今後もこの地域で生活することを考え、教育的なケアを一番に考えた結果だ」としている。
父親は「警察や学校の考え方も分かるが、周囲の配慮で事件がタブー視され、被害者家族は蚊帳の外に置かれているようだった」と首をかしげる。あいまいな情報発信で事件が小さく報道されれば、結果的に加害者を利することになるのではないかとも思う。
子供への性暴力を明かすことに賛否両論はあるかもしれない。それでも、父親は社会にこう問いかける。「性犯罪を食い止めるため、被害者の悲痛な声が届く形で注意喚起できる世の中になってほしい。私たちのような考えも受け入れてもらえませんか」
専門家「精神的ケアを最優先に」
性暴力の実態を自ら明らかにする被害者が増えている。ただ、事件後に社会の偏見や誤解でさらに傷つけられる「セカンドレイプ」も後を絶たず、被害者への支援強化や世間の意識改革も欠かせない。
性犯罪を巡っては、性暴力の被害に抗議の声を上げる米国発の「#MeToo(私も)」運動が日本でも広がり、SNS(ネット交流サービス)で被害を打ち明ける投稿も相次ぐ。
陸上自衛隊郡山駐屯地(福島県)に所属していた元1等陸士の五ノ井里奈さんは、複数の男性隊員から受けた性暴力を動画投稿サイト「ユーチューブ」などで告発。防衛省は被害申告をほぼ全面的に認めて謝罪し、直接的に関わった計5人を懲戒免職とした。
性犯罪被害に詳しい上谷さくら弁護士は「『わいせつ行為』というあいまいな表現だけでは、被害の実態は伝わりにくい。被害者が公表を強く望む場合は具体的な状況を社会で共有すべきで、法定刑の妥当性を問題提起する議論にもつながるのではないか」と語った。
一方で、公表をきっかけに周囲から心ない言葉を掛けられ、さらに傷つけられることもある。性暴力の被害を公表したジャーナリストの伊藤詩織さんは激しい中傷や脅迫に苦しんだことを明かしている。
諸沢英道・常磐大元学長(被害者学)は「被害者はつらい記憶を突然思い出す『フラッシュバック』など精神的な後遺症に苦しむケースも多い。まずは犯罪被害者支援センターの職員らが被害者や家族の精神的ケアを最優先に考え、公表のリスクも丁寧に説明しながら支援できる仕組みも必要だ」と語った。【古川幸奈】