強すぎる体臭や香水などでまわりに迷惑をかける「スメルハラスメント」、妊婦への差別的な言動「マタニティハラスメント」、顧客(カスタマー)からの度を超したクレームや要求「カスタマーハラスメント」など、具体的な内容を示すハラスメントが認識されてきた。最近、関心が高まっている視線によるハラスメント、「見るハラ」はいまだ自意識過剰で片付けられる事もあるが、被害者の傷は浅くない。ライターの宮添優氏が「見るハラ」被害者の声をレポートする。
【写真】盗撮用メガネ型カメラ * * * 視線によるハラスメント、「見るハラ」といえば、それについて話題になったり指摘があると、主に男性の一部の人たちから「偶然見てしまうのも悪いのか」「普通の生活ができない」と反発の声があがるかもしれない。しかし、その見るハラを訴えている女性達の生の声を聞けば、被害者達は我々が思う以上に、つらく、悲しい思いをし続けている実態が浮き彫りになる。「最初は同期女性にも言いづらかったんです。実際、気心の知れた上司に打ち明けた時に”自意識過剰”って笑われて…」 都内の不動産会社に勤める澤井由紀さん(仮名・20代)が、初めて「見るハラスメント」の被害に遭ったのはコロナ禍前の夏。暑さ、そして日焼け対策にノースリーブとカーディガンというスタイルで出社していたが、オフィス内でカーディガンを脱ぐと、男性社員の視線を感じた。しかし、女性上司も似たような格好をしているし、もしかしたら女性社員が少なからず、このような不快な思いをしているのかも知れない。そう感じて、女性上司に打ち明けたのだが笑われたのだ。 そして後日、社内の飲み会で、澤井さんは想像を絶するハラスメントを受けることになる。「女性上司が、私が相談した内容を酔っ払って話してしまったんです。最初はとても恥ずかしく、勘違いだ、自意識過剰と言われると思ったんですが、ある男性社員が”俺はずっと(澤井さんの体を)見てる”と言い出し、場が盛り上がってしまいました」(澤井さん) 酔いの勢いも手伝い、そこにいた男性社員が次々に澤井さんの体を見ている、どのパーツがお気に入り、などの話を始めたのである。澤井さんは「必死で笑顔を作っていた」というが、このハラスメントの恐ろしさに打ち震えたのだと話す。そして「見るハラ」を受けている人の中には、増え続ける「盗撮」の被害者であることも少なくない。 都内のデパート勤務・森下英恵さん(仮名・20代)を取材した日の気温は33度を超え、日向に立っているだけすぐに汗が噴き出すほどだったが、袖の長いTシャツを着用している森下さん。日焼け防止のためかと問うと返ってきたのは「やっぱり」な答えであった。「本当は(袖のない)ノースリーブ、タンクトップを着て涼しく過ごしたいのですが、男性からの視線が気になって、着ることができないんです。電車やバス、カフェでくつろいでいる時だって安心できません」(森下さん) こうした証言が出ると、やはり女性の「自意識過剰だ」という反論が噴出するが、森下さんは実際の被害を幾度も受けている。「盗撮の被害には何度も遭っていて、そのうち数回は警察を呼び、犯人が逮捕されたこともあります。盗撮って、下着だけではないんです。二の腕やうなじ、脇の下、太ももなど、いろんな所を盗撮される。エスカレーターや階段だけ気にしていれば良いというわけではなく、常に盗撮被害に遭う危険性がある」(森下さん) 4年前の夏、森下さんが電車に乗っていたところ、ノースリーブのトップスを着用していた森下さんの脇の下に、隣に座っていた中年男性がスマホを差し込み盗撮した。森下さん自身は全く気がつかなかったと言うが、対面にいた乗客の指摘により発覚。通報により駆けつけた警察は森下さんに、男はシャッターをきっても音が鳴らない無音のカメラアプリを使い、森下さんの脇や二の腕、横顔などを複数枚盗撮していたと説明。また、男のスマホからは他の女性を盗撮したと思われる写真や動画も見つかったという。 元々ファッションが大好きだった森下さんだが、こうした被害に幾度も遭う内に、警察や知人からは「あなたも悪い」「露出が多すぎる」とアドバイスされるようにもなったと肩を落とす。「全裸や下着姿で私が歩いているのならまだしも、常識的な範囲内で涼しげな、好きな格好をしているだけ。ジロジロ凝視してきたり盗撮する方が悪いのに、なぜ私に原因があるような言い方をされなければならないのか。いろいろなショックが重なり、一時的でしたが、精神的に不安定になりました」(森下さん) 被害に遭ったときの精神的なダメージは、被害を受けたことのない我々には想像ができないほどに大きい。盗撮をされたショックに加え、警察からの詳細な聞き取りにも応じなければならず、時間も浪費するし消耗する。盗撮された写真がネット上に出回らないか、私のことを犯人が覚えていて仕返しされるのではないか、様々な懸念が森下さんの頭の中を駆け巡る。結局、もう二度とそういうつらい思いをしたくないから、真夏でも露出を控え、盗撮されないよう心がけているというのだ。 警察庁によれば、盗撮事犯の検挙件数は2011年時点で1930件、2019年には3953件、2021年には過去最多の5012件へと急増している。また検挙される盗撮犯の大多数がスマホのカメラを悪用しており、スマホ普及率ともぴったり比例しながら増加していることもうかがえる。「めがね型やペン型の、いわゆる”隠しカメラ”だけではないんです。いつどこにいても盗撮される、そんな危険性を感じながら生活し続けるのは正直つらいです」 森下さん同様、夏になると毎年のように盗撮被害を受けているというのは、関西在住のスポーツインストラクター・上田ありささん(30代)。上田さんの場合、盗撮されていると気がついても、犯人を警察につきだした経験は1度だけ。ほとんどの場合は無視するか、その場を立ち去るだけだという。しかし、露出の多いファッションが多くなる夏になると、電車に乗っていても食事をしていても、そして仕事中でも「怪しい視線」を感じる事が急増するという。「つい最近も、バスに乗っていたら目の前に立っていた若い男の人が私の胸元をスマホで撮影していたんです。私の隣に座っていた友人男性が違和感を覚え、男性を問い詰めて発覚したのですが、音が鳴らないスマホのカメラアプリを使うのは、多くの盗撮犯に共通しているそうです」(上田さん) この時も、盗撮犯の男が事前に上田さんの体をジロジロ見つめていたというが、まさか至近距離で盗撮までされていたとは思わなかったと語る上田さん。隠しカメラなどでなく、スマホを持ちレンズを女性に向けて、堂々と盗撮する、そんな盗撮犯が余りに多いという。「その男性は警察に引き渡しましたが、盗撮常習犯ではなく、偶然そんな気持ちになって、その場で無音のカメラアプリをインストールし使ったと警察に話していたそうです。確かに、そんな機能のアプリの存在を知らなければ、出来心でということもなかったかもしれません」(上田さん) 結局上田さんも、警察などに「露出の多い服を控えて」と指導されたが、なぜ女性側が言われなければならないのか、納得いかないと話す。 今回、視線ハラスメントや盗撮の実態について話を聞くべく、10代から40代、10名の女性に話を聞いたが、薄着になる季節、ほぼ全員が、男性からの不快な視線を感じていると証言した。また、そのうち「盗撮された」「盗撮されたかも知れないと感じたことがある」と答えた人は半数だった。 男性からしてみれば、視線なんかでけがをする訳ではない、見られて減るもんじゃない、と女性の訴えを「大げさ」に感じるかも知れない。しかし、その「見る」犯行被害を受けた女性達の心の傷は想像以上に深く、夏の到来が憂鬱になるという女性もいたほど。視線を投げかけただけで、凝視しただけで、検挙されることはないかも知れないが、立派なハラスメントであることには間違いない。増え続ける盗撮被害と併せて、ぜひこの現状を男性達にも知って欲しいというのが、被害者達の切なる思いだ。
* * * 視線によるハラスメント、「見るハラ」といえば、それについて話題になったり指摘があると、主に男性の一部の人たちから「偶然見てしまうのも悪いのか」「普通の生活ができない」と反発の声があがるかもしれない。しかし、その見るハラを訴えている女性達の生の声を聞けば、被害者達は我々が思う以上に、つらく、悲しい思いをし続けている実態が浮き彫りになる。
「最初は同期女性にも言いづらかったんです。実際、気心の知れた上司に打ち明けた時に”自意識過剰”って笑われて…」
都内の不動産会社に勤める澤井由紀さん(仮名・20代)が、初めて「見るハラスメント」の被害に遭ったのはコロナ禍前の夏。暑さ、そして日焼け対策にノースリーブとカーディガンというスタイルで出社していたが、オフィス内でカーディガンを脱ぐと、男性社員の視線を感じた。しかし、女性上司も似たような格好をしているし、もしかしたら女性社員が少なからず、このような不快な思いをしているのかも知れない。そう感じて、女性上司に打ち明けたのだが笑われたのだ。
そして後日、社内の飲み会で、澤井さんは想像を絶するハラスメントを受けることになる。
「女性上司が、私が相談した内容を酔っ払って話してしまったんです。最初はとても恥ずかしく、勘違いだ、自意識過剰と言われると思ったんですが、ある男性社員が”俺はずっと(澤井さんの体を)見てる”と言い出し、場が盛り上がってしまいました」(澤井さん)
酔いの勢いも手伝い、そこにいた男性社員が次々に澤井さんの体を見ている、どのパーツがお気に入り、などの話を始めたのである。澤井さんは「必死で笑顔を作っていた」というが、このハラスメントの恐ろしさに打ち震えたのだと話す。そして「見るハラ」を受けている人の中には、増え続ける「盗撮」の被害者であることも少なくない。
都内のデパート勤務・森下英恵さん(仮名・20代)を取材した日の気温は33度を超え、日向に立っているだけすぐに汗が噴き出すほどだったが、袖の長いTシャツを着用している森下さん。日焼け防止のためかと問うと返ってきたのは「やっぱり」な答えであった。
「本当は(袖のない)ノースリーブ、タンクトップを着て涼しく過ごしたいのですが、男性からの視線が気になって、着ることができないんです。電車やバス、カフェでくつろいでいる時だって安心できません」(森下さん)
こうした証言が出ると、やはり女性の「自意識過剰だ」という反論が噴出するが、森下さんは実際の被害を幾度も受けている。
「盗撮の被害には何度も遭っていて、そのうち数回は警察を呼び、犯人が逮捕されたこともあります。盗撮って、下着だけではないんです。二の腕やうなじ、脇の下、太ももなど、いろんな所を盗撮される。エスカレーターや階段だけ気にしていれば良いというわけではなく、常に盗撮被害に遭う危険性がある」(森下さん)
4年前の夏、森下さんが電車に乗っていたところ、ノースリーブのトップスを着用していた森下さんの脇の下に、隣に座っていた中年男性がスマホを差し込み盗撮した。森下さん自身は全く気がつかなかったと言うが、対面にいた乗客の指摘により発覚。通報により駆けつけた警察は森下さんに、男はシャッターをきっても音が鳴らない無音のカメラアプリを使い、森下さんの脇や二の腕、横顔などを複数枚盗撮していたと説明。また、男のスマホからは他の女性を盗撮したと思われる写真や動画も見つかったという。
元々ファッションが大好きだった森下さんだが、こうした被害に幾度も遭う内に、警察や知人からは「あなたも悪い」「露出が多すぎる」とアドバイスされるようにもなったと肩を落とす。
「全裸や下着姿で私が歩いているのならまだしも、常識的な範囲内で涼しげな、好きな格好をしているだけ。ジロジロ凝視してきたり盗撮する方が悪いのに、なぜ私に原因があるような言い方をされなければならないのか。いろいろなショックが重なり、一時的でしたが、精神的に不安定になりました」(森下さん)
被害に遭ったときの精神的なダメージは、被害を受けたことのない我々には想像ができないほどに大きい。盗撮をされたショックに加え、警察からの詳細な聞き取りにも応じなければならず、時間も浪費するし消耗する。盗撮された写真がネット上に出回らないか、私のことを犯人が覚えていて仕返しされるのではないか、様々な懸念が森下さんの頭の中を駆け巡る。結局、もう二度とそういうつらい思いをしたくないから、真夏でも露出を控え、盗撮されないよう心がけているというのだ。
警察庁によれば、盗撮事犯の検挙件数は2011年時点で1930件、2019年には3953件、2021年には過去最多の5012件へと急増している。また検挙される盗撮犯の大多数がスマホのカメラを悪用しており、スマホ普及率ともぴったり比例しながら増加していることもうかがえる。
「めがね型やペン型の、いわゆる”隠しカメラ”だけではないんです。いつどこにいても盗撮される、そんな危険性を感じながら生活し続けるのは正直つらいです」
森下さん同様、夏になると毎年のように盗撮被害を受けているというのは、関西在住のスポーツインストラクター・上田ありささん(30代)。上田さんの場合、盗撮されていると気がついても、犯人を警察につきだした経験は1度だけ。ほとんどの場合は無視するか、その場を立ち去るだけだという。しかし、露出の多いファッションが多くなる夏になると、電車に乗っていても食事をしていても、そして仕事中でも「怪しい視線」を感じる事が急増するという。
「つい最近も、バスに乗っていたら目の前に立っていた若い男の人が私の胸元をスマホで撮影していたんです。私の隣に座っていた友人男性が違和感を覚え、男性を問い詰めて発覚したのですが、音が鳴らないスマホのカメラアプリを使うのは、多くの盗撮犯に共通しているそうです」(上田さん)
この時も、盗撮犯の男が事前に上田さんの体をジロジロ見つめていたというが、まさか至近距離で盗撮までされていたとは思わなかったと語る上田さん。隠しカメラなどでなく、スマホを持ちレンズを女性に向けて、堂々と盗撮する、そんな盗撮犯が余りに多いという。
「その男性は警察に引き渡しましたが、盗撮常習犯ではなく、偶然そんな気持ちになって、その場で無音のカメラアプリをインストールし使ったと警察に話していたそうです。確かに、そんな機能のアプリの存在を知らなければ、出来心でということもなかったかもしれません」(上田さん)
結局上田さんも、警察などに「露出の多い服を控えて」と指導されたが、なぜ女性側が言われなければならないのか、納得いかないと話す。
今回、視線ハラスメントや盗撮の実態について話を聞くべく、10代から40代、10名の女性に話を聞いたが、薄着になる季節、ほぼ全員が、男性からの不快な視線を感じていると証言した。また、そのうち「盗撮された」「盗撮されたかも知れないと感じたことがある」と答えた人は半数だった。
男性からしてみれば、視線なんかでけがをする訳ではない、見られて減るもんじゃない、と女性の訴えを「大げさ」に感じるかも知れない。しかし、その「見る」犯行被害を受けた女性達の心の傷は想像以上に深く、夏の到来が憂鬱になるという女性もいたほど。視線を投げかけただけで、凝視しただけで、検挙されることはないかも知れないが、立派なハラスメントであることには間違いない。増え続ける盗撮被害と併せて、ぜひこの現状を男性達にも知って欲しいというのが、被害者達の切なる思いだ。