地方自治体の職員が業務中に身につける名札の表記を、フルネームから名字のみに変更する動きが出ている。
SNSの普及で、名札から個人情報を検索されたり、インターネット上に名前が公開されたりしてプライバシーが侵害される懸念があるためだ。顧客が理不尽な要求やクレームを突きつける「カスタマーハラスメント」(カスハラ)対策として、同様の動きは民間企業にも広がりつつある。(加藤遼也)
佐賀市では、今年4月から全職員の名札をフルネームから名字のみに変えた。これまで職員がSNSで氏名を検索され、「○○(場所)に行ってたよね」と声をかけられたり、SNSからメッセージを受け取ったりした事例があったという。2021年9月から窓口業務を担う課や図書館など6部署で試行したところ、職員から「安心できる」といった声が上がり、全部署に拡大した。
同市は、職員の責任感向上のため01年からフルネーム表記を導入していた。市人事課は「名前だけで個人情報が特定されてしまう時代。職員の生活を守らないといけない」と説明する。
愛知県豊明市は昨年10月、「市民が親しみやすい」との理由で、フルネームから名字のみの平仮名表記に変えた。税や許認可に関わる部署の職員がカスハラへの不安を訴えていたことも理由の一つだという。
◇ 名札の表記は各自治体で判断が分かれている。読売新聞が全国の20政令市に取材したところ、フルネーム表記が8市、名字のみの表記が12市だった。名古屋市は市民サービス向上のため、02年からフルネームにしており、市人事課は「被害が出れば適切に対応するが、現状では変更は考えていない」とする。
仙台市は60年以上前から名字のみの表記。担当者は「フルネーム化の案も出たが、職員のプライバシーやストーカー被害を懸念して名字表記を続けている」と説明。「表記がフルネームでも名字でも職員の責任感は変わらない」と話す。
◇ プライバシーに配慮した名札への変更は民間企業でもみられる。「タリーズコーヒージャパン」(東京)は昨年から、店員の名札を漢字とローマ字の併記からイニシャルのみに変えた。つきまといや実名をさらされる危険性を懸念したという。同社は「スタッフを守るため、個人の特定を防ぐことが必要だ」と説明する。
バスやタクシーの車内で義務づけられていた運転手の氏名掲示も、今夏をめどに廃止される予定だ。関連する省令の改正を進める国土交通省は「時代の変化に合わせ、乗務員が安心して働く環境を整えるのが目的」としている。
自治体や企業の危機管理をサポートする「エス・ピー・ネットワーク」(東京)の西尾晋・執行役員は「従業員の写真や個人情報がSNSでさらされ、どう対応したらいいのかと相談を受けることがある。権利侵害が懸念される中、あえてフルネームで表記する必要はないのではないか。見直しの動きは加速するかもしれない」とみている。