〈山陽新幹線「のぞみ」の“ナゾの通過駅”「東広島」には何がある?〉から続く
日本には、3万以上の踏切があるそうだ。都心で暮らしている分には踏切に遭遇することは少なくなっているが、それでも少し郊外に出れば確かにあちこちに踏切はある。
【画像】劇的に鉄道事故を減らしているナゾの「通行する人が自分でゲートを開ける踏切」
踏切というのはなかなかやっかいなもので、クルマを運転する人にとっては一時停車が求められてうっとうしいし、開かずの踏切ともなれば大渋滞の原因にもなる。緊急車両の通行に支障するという問題もあるだろう。クルマなどが踏切内に立ち往生してしまい、列車と衝突するという痛ましい事故もたびたび起きている。
だから、立体交差事業などによって鉄道会社も自治体も踏切の廃止に躍起になって取り組んでいる。原則として新しく踏切を設置することができないことになっているくらい、踏切はやっかいなものなのだ。
もちろん、郊外私鉄の小駅の脇にある、商店街を横切るような小さな踏切が町の雰囲気を高めてくれるというプラスの役割もあろう。ドラマや映画では、踏切を間に挟んで男女が向かい合って……などというシーンもよく見かける。真夜中に望遠鏡を担いでいく目印にもなる。とはいえ、全体としては踏切はあまり好かれているものではない。

そんな中でも特にやっかいなのは、遮断機がなく警報音もならない、第4種踏切道である。
ふだん、都心で暮らしている人が見かける踏切は、電車が近づくとカンカンと警報機がなり、赤い照明が点滅し、黄色と黒の遮断機が降りてくるというものだ。
これはいわばフルスペック踏切。第1種踏切道といい、全国の踏切の9割ほどを占める。警報音で電車の接近を教えてくれるし、遮断機で道が塞がれているのにムリに通ろうとする人はあまりいない。だから、安全性の高い踏切、というわけだ。
ところが、ローカル線ではそうしたフルスペック踏切ばかりではなくなる。警報機はあるものの遮断機を持たない第3種踏切道やどちらも持たなくて「ふみきりちゅうい」などという標識があるだけの第4種踏切道が、いたるところに残っている。とうぜんフルスペックの踏切と比べて事故リスクは高く、事故発生頻度は第1種踏切道の約2倍だとか。これが本当に、鉄道会社の頭を悩ませている。
管内に約300か所の第4種踏切道を持つという、JR西日本中国統括本部安全推進部の原直人さんは言う。
「第4種踏切道は事故リスクが高いということで、国の方針としては基本的には廃止していこうという方向に向かっています。確かに廃止できれば理想なんですが、ただ現実的にはすべてをなくしていくのは難しい。いまでも地元の方が日常的に使っているところも多いですし、迂回ルートが近くにない場合もありますから」
第4種踏切道のほとんどはクルマは通れず、歩行者や自転車、せいぜい農業用トラクターが通る程度の細い道。ただ、それが故に住民の生活道路として不可欠なものになっているのだ。 ならば安全性を高めた第1種踏切道にレベルアップさせればいいじゃないか、と思うのは門外漢の思いつきに過ぎない。第4種踏切道があるようなローカル線には1日に数往復しか列車が通らない場所もあり、踏切の通行量とのバランスを考えても第1種化は現実的ではないのだ。また、警報音が生活を脅かすとして、地元の人も第1種化に反対することも少なくない。いっぽうで、事故リスクが高い4種踏切をそのままほったらかしておくわけにもいかない。と、JR西日本に限らず多くの鉄道会社は頭を悩ませているというわけだ。「通行する人が自分でゲートを開ける踏切」の誕生「そこで、当社では4種踏切の安全性を少しでも高められないかと、2021年に踏切ゲートを開発しました。2022年度末時点で23か所に設置しています。そして今回新たに、踏切ゲートを改良してより設置しやすくした踏切ゲート-Liteを開発。今年度中には25か所程度の踏切に設置する予定です」(原さん) 踏切ゲートとはなんぞや。普通の遮断機とは何が違うのか。詳しく聞いてみると……。「一般的な踏切の遮断機は列車が接近すると自動で作動するようになっています。いっぽう、踏切ゲート・踏切ゲート-Liteは列車の接近とは関係なく、通行する人が自分でゲートを開いて通ってもらうものになります」(原さん) 踏切ゲート-Liteを例に取ると、歩行者が踏切にさしかかったら行く手を阻む遮断桿を自分の手で持ち上げて線路内に入り、出るときには遮断桿を前に押す。それだけのこと、だ。遮断桿は軽く出来ており、持ち上げるのにもそれほど力は要さない。従来型の踏切ゲートはコンクリートの基礎を埋め込むため施工に手間がかかっていたが、Liteはその点も簡単になっており、その気になれば1日もかけずに設置できるのだという。あれ、自分で開けられてしまうなら、もはや列車が通るかどうかは関係ないのでは…? ただ、ここで気になるのは、列車が通るかどうかとは関係ないという点だ。ならば、いままでのようにゲートがあってもなくても、そのまま列車の通過を確認せずに通ってしまったら、事故は防げないのでは……。「もちろんそうなのですが、肝心なのはそこに踏切があって列車が通る可能性があるということを認識していただくことです。実際に、宇部線にゲートを設置して現地試験を行ったところ、設置前には4割だった一時停止率が9割にまで上がりました。 これまでの4種踏切での事故の例を見ても、特に注意しないで確認せずに入ってしまったケースが多い。ですから、いったん踏切の前で立ち止まっていただくだけでも大きな効果があると考えています」(原さん) なるほど、確かに警報機のない踏切では、列車がいつやってくるかわからない。なので、「どうせ大丈夫だろう」という正常性バイアスが働くときほど事故が起こりやすい。 その点、ゲートを設置して一時停止せざるを得ない状況を作り出せば、少なくとも「あ、踏切か、通っても大丈夫だよね?」くらいの意識は働くだろう。それが、何も考えずに通ってしまって列車にはねられる、という悲劇を防ぐことにつながるのだ。「そこに踏切がありますよ」と思ってもらうことの意味 こうした4種踏切は、不特定多数が通るわけではなく、むしろ特定少数の人たちが日常生活の合間に利用しているケースがほとんどだ。そしてこれまで一度も危ない思いをしていないとなると、正常性バイアスが働くのも自然なこと。だからこそ、ゲートを設置して「そこに踏切がありますよ」と認識させることが安全確保の第一歩、なのである。 ならば、どんどん設置していけばいいじゃないか、と思う。JR西日本中国統括本部の管内には、約300か所の4種踏切があるという。ほとんどが列車本数の少ないローカル線だが、中には山陽本線のように貨物列車を含めて多くの列車が走る路線もある。これまで悲惨な事故があった踏切もある。踏切ゲート-Liteは設置も簡単なのだから、すぐにでも。……と思いきや、これもまた簡単な話ではないようだ。「踏切ゲート-Liteの設置にあたっては、地元自治体はもちろん地域の町内会などにも事前にお話をさせて頂いているんです。その踏切が日常的にどのように利用されているかを確認するとともに、設置にご理解を頂くよう努めています」(原さん) 安全性を高めるものなのだから、地元の人も諸手を挙げて賛成……とはなかなかいかないのが現実だ。いくら簡易的なものであっても、それまではそのまま歩いて抜けられたところにひとつ“ジャマなもの”が現れるということ。いままでも気をつけていて事故がなかったんだから、そのままでもいいじゃないか、となるわけだ。 普通の踏切にすればいいじゃないか、音が鳴るとうるさいから遮断機が下りるだけでもいい、人感センサーのようなものを使ってみては、などなど、思わぬ提案を受けることもあるという。「ただ、簡易的なものでいいからと言われても、踏切は保安装置ですので、いざ設置してそれがうまく作動せずに事故が起きたとなったらそれこそ責任が取れません。また、列車の通行時間を表記するというアイデアもありますが、ダイヤが乱れた場合はかえって危険。なので、こういうものでご理解頂いて、多少ご不便をおかけするかもしれませんが、万が一の事故のリスクを減らしたい、とひとつひとつお話にうかがっています」(原さん)「これを設置したら100%安全というわけではありません。ただ…」 ちなみに、住民の安全に関することだから自治体はみな賛成、ともいかないらしい。そもそも踏切の安全に対する関心には自治体ごとに違いがあるからだ。事故を経験したことのある町は話が早いが、そうでないところもある。その点も含めて、原さんたち安全管理を担当する人たちは4種踏切のある町に足を運んで説明を尽くしている。「もちろん、これを設置したら100%安全というわけではありません。通る人が列車に注意してもらうというのは変わらない。ただ、少しでも注意を促すという点では間違いなく意味があるはず。なので、できるだけ早い段階で管内300か所以上ある4種踏切のうち設置可能なすべてに設置していきたい。そして、同じ悩みは全国の鉄道事業者さんが抱えているでしょうから、安全対策のひとつとして参考にして頂けるところが増えるとうれしいな、と思っています」(原さん) 実際に、山口県の宇部線の4種踏切に設置されている踏切ゲート-Liteを見させてもらった。バーを持ち上げるのにはさほど力は要らず、すぐにバーが下りてくるわけではないからゆっくり歩いてもバーが頭にぶつかることもない。踏切内から出るときは、身体でそのままバーを押すだけだ。通行のじゃまになるというほどのものではない。「ここは踏切ですよ!」 ただ、忘れてはいけないのは列車が来るか来ないかの安全確認は通行する人が自分でしなければならない、ということ。せっかく踏切ゲートが設置されて、「ここは踏切ですよ!」とアピールしてくれるのだから、それだけは怠ってはいけないだろう。ふだん、フルスペックの1種踏切しか通っていないと、何もない4種踏切を通るときにはちょっとした恐怖感を覚える。しかし、これが毎日の日常となると、恐怖感も薄れてしまうのだろう。 少しでも安全性を高めるためにあの手この手を繰り出す鉄道会社。それに対し、そこを通る人たちもまた、安全に対して少しでも意識を向ける必要もありそうだ。写真=鼠入昌史(鼠入 昌史)
第4種踏切道のほとんどはクルマは通れず、歩行者や自転車、せいぜい農業用トラクターが通る程度の細い道。ただ、それが故に住民の生活道路として不可欠なものになっているのだ。
ならば安全性を高めた第1種踏切道にレベルアップさせればいいじゃないか、と思うのは門外漢の思いつきに過ぎない。第4種踏切道があるようなローカル線には1日に数往復しか列車が通らない場所もあり、踏切の通行量とのバランスを考えても第1種化は現実的ではないのだ。また、警報音が生活を脅かすとして、地元の人も第1種化に反対することも少なくない。いっぽうで、事故リスクが高い4種踏切をそのままほったらかしておくわけにもいかない。と、JR西日本に限らず多くの鉄道会社は頭を悩ませているというわけだ。
「そこで、当社では4種踏切の安全性を少しでも高められないかと、2021年に踏切ゲートを開発しました。2022年度末時点で23か所に設置しています。そして今回新たに、踏切ゲートを改良してより設置しやすくした踏切ゲート-Liteを開発。今年度中には25か所程度の踏切に設置する予定です」(原さん)
踏切ゲートとはなんぞや。普通の遮断機とは何が違うのか。詳しく聞いてみると……。
「一般的な踏切の遮断機は列車が接近すると自動で作動するようになっています。いっぽう、踏切ゲート・踏切ゲート-Liteは列車の接近とは関係なく、通行する人が自分でゲートを開いて通ってもらうものになります」(原さん)
踏切ゲート-Liteを例に取ると、歩行者が踏切にさしかかったら行く手を阻む遮断桿を自分の手で持ち上げて線路内に入り、出るときには遮断桿を前に押す。それだけのこと、だ。遮断桿は軽く出来ており、持ち上げるのにもそれほど力は要さない。従来型の踏切ゲートはコンクリートの基礎を埋め込むため施工に手間がかかっていたが、Liteはその点も簡単になっており、その気になれば1日もかけずに設置できるのだという。あれ、自分で開けられてしまうなら、もはや列車が通るかどうかは関係ないのでは…? ただ、ここで気になるのは、列車が通るかどうかとは関係ないという点だ。ならば、いままでのようにゲートがあってもなくても、そのまま列車の通過を確認せずに通ってしまったら、事故は防げないのでは……。「もちろんそうなのですが、肝心なのはそこに踏切があって列車が通る可能性があるということを認識していただくことです。実際に、宇部線にゲートを設置して現地試験を行ったところ、設置前には4割だった一時停止率が9割にまで上がりました。 これまでの4種踏切での事故の例を見ても、特に注意しないで確認せずに入ってしまったケースが多い。ですから、いったん踏切の前で立ち止まっていただくだけでも大きな効果があると考えています」(原さん) なるほど、確かに警報機のない踏切では、列車がいつやってくるかわからない。なので、「どうせ大丈夫だろう」という正常性バイアスが働くときほど事故が起こりやすい。 その点、ゲートを設置して一時停止せざるを得ない状況を作り出せば、少なくとも「あ、踏切か、通っても大丈夫だよね?」くらいの意識は働くだろう。それが、何も考えずに通ってしまって列車にはねられる、という悲劇を防ぐことにつながるのだ。「そこに踏切がありますよ」と思ってもらうことの意味 こうした4種踏切は、不特定多数が通るわけではなく、むしろ特定少数の人たちが日常生活の合間に利用しているケースがほとんどだ。そしてこれまで一度も危ない思いをしていないとなると、正常性バイアスが働くのも自然なこと。だからこそ、ゲートを設置して「そこに踏切がありますよ」と認識させることが安全確保の第一歩、なのである。 ならば、どんどん設置していけばいいじゃないか、と思う。JR西日本中国統括本部の管内には、約300か所の4種踏切があるという。ほとんどが列車本数の少ないローカル線だが、中には山陽本線のように貨物列車を含めて多くの列車が走る路線もある。これまで悲惨な事故があった踏切もある。踏切ゲート-Liteは設置も簡単なのだから、すぐにでも。……と思いきや、これもまた簡単な話ではないようだ。「踏切ゲート-Liteの設置にあたっては、地元自治体はもちろん地域の町内会などにも事前にお話をさせて頂いているんです。その踏切が日常的にどのように利用されているかを確認するとともに、設置にご理解を頂くよう努めています」(原さん) 安全性を高めるものなのだから、地元の人も諸手を挙げて賛成……とはなかなかいかないのが現実だ。いくら簡易的なものであっても、それまではそのまま歩いて抜けられたところにひとつ“ジャマなもの”が現れるということ。いままでも気をつけていて事故がなかったんだから、そのままでもいいじゃないか、となるわけだ。 普通の踏切にすればいいじゃないか、音が鳴るとうるさいから遮断機が下りるだけでもいい、人感センサーのようなものを使ってみては、などなど、思わぬ提案を受けることもあるという。「ただ、簡易的なものでいいからと言われても、踏切は保安装置ですので、いざ設置してそれがうまく作動せずに事故が起きたとなったらそれこそ責任が取れません。また、列車の通行時間を表記するというアイデアもありますが、ダイヤが乱れた場合はかえって危険。なので、こういうものでご理解頂いて、多少ご不便をおかけするかもしれませんが、万が一の事故のリスクを減らしたい、とひとつひとつお話にうかがっています」(原さん)「これを設置したら100%安全というわけではありません。ただ…」 ちなみに、住民の安全に関することだから自治体はみな賛成、ともいかないらしい。そもそも踏切の安全に対する関心には自治体ごとに違いがあるからだ。事故を経験したことのある町は話が早いが、そうでないところもある。その点も含めて、原さんたち安全管理を担当する人たちは4種踏切のある町に足を運んで説明を尽くしている。「もちろん、これを設置したら100%安全というわけではありません。通る人が列車に注意してもらうというのは変わらない。ただ、少しでも注意を促すという点では間違いなく意味があるはず。なので、できるだけ早い段階で管内300か所以上ある4種踏切のうち設置可能なすべてに設置していきたい。そして、同じ悩みは全国の鉄道事業者さんが抱えているでしょうから、安全対策のひとつとして参考にして頂けるところが増えるとうれしいな、と思っています」(原さん) 実際に、山口県の宇部線の4種踏切に設置されている踏切ゲート-Liteを見させてもらった。バーを持ち上げるのにはさほど力は要らず、すぐにバーが下りてくるわけではないからゆっくり歩いてもバーが頭にぶつかることもない。踏切内から出るときは、身体でそのままバーを押すだけだ。通行のじゃまになるというほどのものではない。「ここは踏切ですよ!」 ただ、忘れてはいけないのは列車が来るか来ないかの安全確認は通行する人が自分でしなければならない、ということ。せっかく踏切ゲートが設置されて、「ここは踏切ですよ!」とアピールしてくれるのだから、それだけは怠ってはいけないだろう。ふだん、フルスペックの1種踏切しか通っていないと、何もない4種踏切を通るときにはちょっとした恐怖感を覚える。しかし、これが毎日の日常となると、恐怖感も薄れてしまうのだろう。 少しでも安全性を高めるためにあの手この手を繰り出す鉄道会社。それに対し、そこを通る人たちもまた、安全に対して少しでも意識を向ける必要もありそうだ。写真=鼠入昌史(鼠入 昌史)
踏切ゲート-Liteを例に取ると、歩行者が踏切にさしかかったら行く手を阻む遮断桿を自分の手で持ち上げて線路内に入り、出るときには遮断桿を前に押す。それだけのこと、だ。遮断桿は軽く出来ており、持ち上げるのにもそれほど力は要さない。従来型の踏切ゲートはコンクリートの基礎を埋め込むため施工に手間がかかっていたが、Liteはその点も簡単になっており、その気になれば1日もかけずに設置できるのだという。
ただ、ここで気になるのは、列車が通るかどうかとは関係ないという点だ。ならば、いままでのようにゲートがあってもなくても、そのまま列車の通過を確認せずに通ってしまったら、事故は防げないのでは……。
「もちろんそうなのですが、肝心なのはそこに踏切があって列車が通る可能性があるということを認識していただくことです。実際に、宇部線にゲートを設置して現地試験を行ったところ、設置前には4割だった一時停止率が9割にまで上がりました。
これまでの4種踏切での事故の例を見ても、特に注意しないで確認せずに入ってしまったケースが多い。ですから、いったん踏切の前で立ち止まっていただくだけでも大きな効果があると考えています」(原さん)
なるほど、確かに警報機のない踏切では、列車がいつやってくるかわからない。なので、「どうせ大丈夫だろう」という正常性バイアスが働くときほど事故が起こりやすい。 その点、ゲートを設置して一時停止せざるを得ない状況を作り出せば、少なくとも「あ、踏切か、通っても大丈夫だよね?」くらいの意識は働くだろう。それが、何も考えずに通ってしまって列車にはねられる、という悲劇を防ぐことにつながるのだ。「そこに踏切がありますよ」と思ってもらうことの意味 こうした4種踏切は、不特定多数が通るわけではなく、むしろ特定少数の人たちが日常生活の合間に利用しているケースがほとんどだ。そしてこれまで一度も危ない思いをしていないとなると、正常性バイアスが働くのも自然なこと。だからこそ、ゲートを設置して「そこに踏切がありますよ」と認識させることが安全確保の第一歩、なのである。 ならば、どんどん設置していけばいいじゃないか、と思う。JR西日本中国統括本部の管内には、約300か所の4種踏切があるという。ほとんどが列車本数の少ないローカル線だが、中には山陽本線のように貨物列車を含めて多くの列車が走る路線もある。これまで悲惨な事故があった踏切もある。踏切ゲート-Liteは設置も簡単なのだから、すぐにでも。……と思いきや、これもまた簡単な話ではないようだ。「踏切ゲート-Liteの設置にあたっては、地元自治体はもちろん地域の町内会などにも事前にお話をさせて頂いているんです。その踏切が日常的にどのように利用されているかを確認するとともに、設置にご理解を頂くよう努めています」(原さん) 安全性を高めるものなのだから、地元の人も諸手を挙げて賛成……とはなかなかいかないのが現実だ。いくら簡易的なものであっても、それまではそのまま歩いて抜けられたところにひとつ“ジャマなもの”が現れるということ。いままでも気をつけていて事故がなかったんだから、そのままでもいいじゃないか、となるわけだ。 普通の踏切にすればいいじゃないか、音が鳴るとうるさいから遮断機が下りるだけでもいい、人感センサーのようなものを使ってみては、などなど、思わぬ提案を受けることもあるという。「ただ、簡易的なものでいいからと言われても、踏切は保安装置ですので、いざ設置してそれがうまく作動せずに事故が起きたとなったらそれこそ責任が取れません。また、列車の通行時間を表記するというアイデアもありますが、ダイヤが乱れた場合はかえって危険。なので、こういうものでご理解頂いて、多少ご不便をおかけするかもしれませんが、万が一の事故のリスクを減らしたい、とひとつひとつお話にうかがっています」(原さん)「これを設置したら100%安全というわけではありません。ただ…」 ちなみに、住民の安全に関することだから自治体はみな賛成、ともいかないらしい。そもそも踏切の安全に対する関心には自治体ごとに違いがあるからだ。事故を経験したことのある町は話が早いが、そうでないところもある。その点も含めて、原さんたち安全管理を担当する人たちは4種踏切のある町に足を運んで説明を尽くしている。「もちろん、これを設置したら100%安全というわけではありません。通る人が列車に注意してもらうというのは変わらない。ただ、少しでも注意を促すという点では間違いなく意味があるはず。なので、できるだけ早い段階で管内300か所以上ある4種踏切のうち設置可能なすべてに設置していきたい。そして、同じ悩みは全国の鉄道事業者さんが抱えているでしょうから、安全対策のひとつとして参考にして頂けるところが増えるとうれしいな、と思っています」(原さん) 実際に、山口県の宇部線の4種踏切に設置されている踏切ゲート-Liteを見させてもらった。バーを持ち上げるのにはさほど力は要らず、すぐにバーが下りてくるわけではないからゆっくり歩いてもバーが頭にぶつかることもない。踏切内から出るときは、身体でそのままバーを押すだけだ。通行のじゃまになるというほどのものではない。「ここは踏切ですよ!」 ただ、忘れてはいけないのは列車が来るか来ないかの安全確認は通行する人が自分でしなければならない、ということ。せっかく踏切ゲートが設置されて、「ここは踏切ですよ!」とアピールしてくれるのだから、それだけは怠ってはいけないだろう。ふだん、フルスペックの1種踏切しか通っていないと、何もない4種踏切を通るときにはちょっとした恐怖感を覚える。しかし、これが毎日の日常となると、恐怖感も薄れてしまうのだろう。 少しでも安全性を高めるためにあの手この手を繰り出す鉄道会社。それに対し、そこを通る人たちもまた、安全に対して少しでも意識を向ける必要もありそうだ。写真=鼠入昌史(鼠入 昌史)
なるほど、確かに警報機のない踏切では、列車がいつやってくるかわからない。なので、「どうせ大丈夫だろう」という正常性バイアスが働くときほど事故が起こりやすい。
その点、ゲートを設置して一時停止せざるを得ない状況を作り出せば、少なくとも「あ、踏切か、通っても大丈夫だよね?」くらいの意識は働くだろう。それが、何も考えずに通ってしまって列車にはねられる、という悲劇を防ぐことにつながるのだ。
こうした4種踏切は、不特定多数が通るわけではなく、むしろ特定少数の人たちが日常生活の合間に利用しているケースがほとんどだ。そしてこれまで一度も危ない思いをしていないとなると、正常性バイアスが働くのも自然なこと。だからこそ、ゲートを設置して「そこに踏切がありますよ」と認識させることが安全確保の第一歩、なのである。
ならば、どんどん設置していけばいいじゃないか、と思う。JR西日本中国統括本部の管内には、約300か所の4種踏切があるという。ほとんどが列車本数の少ないローカル線だが、中には山陽本線のように貨物列車を含めて多くの列車が走る路線もある。これまで悲惨な事故があった踏切もある。踏切ゲート-Liteは設置も簡単なのだから、すぐにでも。……と思いきや、これもまた簡単な話ではないようだ。「踏切ゲート-Liteの設置にあたっては、地元自治体はもちろん地域の町内会などにも事前にお話をさせて頂いているんです。その踏切が日常的にどのように利用されているかを確認するとともに、設置にご理解を頂くよう努めています」(原さん) 安全性を高めるものなのだから、地元の人も諸手を挙げて賛成……とはなかなかいかないのが現実だ。いくら簡易的なものであっても、それまではそのまま歩いて抜けられたところにひとつ“ジャマなもの”が現れるということ。いままでも気をつけていて事故がなかったんだから、そのままでもいいじゃないか、となるわけだ。 普通の踏切にすればいいじゃないか、音が鳴るとうるさいから遮断機が下りるだけでもいい、人感センサーのようなものを使ってみては、などなど、思わぬ提案を受けることもあるという。「ただ、簡易的なものでいいからと言われても、踏切は保安装置ですので、いざ設置してそれがうまく作動せずに事故が起きたとなったらそれこそ責任が取れません。また、列車の通行時間を表記するというアイデアもありますが、ダイヤが乱れた場合はかえって危険。なので、こういうものでご理解頂いて、多少ご不便をおかけするかもしれませんが、万が一の事故のリスクを減らしたい、とひとつひとつお話にうかがっています」(原さん)「これを設置したら100%安全というわけではありません。ただ…」 ちなみに、住民の安全に関することだから自治体はみな賛成、ともいかないらしい。そもそも踏切の安全に対する関心には自治体ごとに違いがあるからだ。事故を経験したことのある町は話が早いが、そうでないところもある。その点も含めて、原さんたち安全管理を担当する人たちは4種踏切のある町に足を運んで説明を尽くしている。「もちろん、これを設置したら100%安全というわけではありません。通る人が列車に注意してもらうというのは変わらない。ただ、少しでも注意を促すという点では間違いなく意味があるはず。なので、できるだけ早い段階で管内300か所以上ある4種踏切のうち設置可能なすべてに設置していきたい。そして、同じ悩みは全国の鉄道事業者さんが抱えているでしょうから、安全対策のひとつとして参考にして頂けるところが増えるとうれしいな、と思っています」(原さん) 実際に、山口県の宇部線の4種踏切に設置されている踏切ゲート-Liteを見させてもらった。バーを持ち上げるのにはさほど力は要らず、すぐにバーが下りてくるわけではないからゆっくり歩いてもバーが頭にぶつかることもない。踏切内から出るときは、身体でそのままバーを押すだけだ。通行のじゃまになるというほどのものではない。「ここは踏切ですよ!」 ただ、忘れてはいけないのは列車が来るか来ないかの安全確認は通行する人が自分でしなければならない、ということ。せっかく踏切ゲートが設置されて、「ここは踏切ですよ!」とアピールしてくれるのだから、それだけは怠ってはいけないだろう。ふだん、フルスペックの1種踏切しか通っていないと、何もない4種踏切を通るときにはちょっとした恐怖感を覚える。しかし、これが毎日の日常となると、恐怖感も薄れてしまうのだろう。 少しでも安全性を高めるためにあの手この手を繰り出す鉄道会社。それに対し、そこを通る人たちもまた、安全に対して少しでも意識を向ける必要もありそうだ。写真=鼠入昌史(鼠入 昌史)
ならば、どんどん設置していけばいいじゃないか、と思う。JR西日本中国統括本部の管内には、約300か所の4種踏切があるという。ほとんどが列車本数の少ないローカル線だが、中には山陽本線のように貨物列車を含めて多くの列車が走る路線もある。これまで悲惨な事故があった踏切もある。踏切ゲート-Liteは設置も簡単なのだから、すぐにでも。……と思いきや、これもまた簡単な話ではないようだ。
「踏切ゲート-Liteの設置にあたっては、地元自治体はもちろん地域の町内会などにも事前にお話をさせて頂いているんです。その踏切が日常的にどのように利用されているかを確認するとともに、設置にご理解を頂くよう努めています」(原さん)
安全性を高めるものなのだから、地元の人も諸手を挙げて賛成……とはなかなかいかないのが現実だ。いくら簡易的なものであっても、それまではそのまま歩いて抜けられたところにひとつ“ジャマなもの”が現れるということ。いままでも気をつけていて事故がなかったんだから、そのままでもいいじゃないか、となるわけだ。
普通の踏切にすればいいじゃないか、音が鳴るとうるさいから遮断機が下りるだけでもいい、人感センサーのようなものを使ってみては、などなど、思わぬ提案を受けることもあるという。
「ただ、簡易的なものでいいからと言われても、踏切は保安装置ですので、いざ設置してそれがうまく作動せずに事故が起きたとなったらそれこそ責任が取れません。また、列車の通行時間を表記するというアイデアもありますが、ダイヤが乱れた場合はかえって危険。なので、こういうものでご理解頂いて、多少ご不便をおかけするかもしれませんが、万が一の事故のリスクを減らしたい、とひとつひとつお話にうかがっています」(原さん)
「これを設置したら100%安全というわけではありません。ただ…」 ちなみに、住民の安全に関することだから自治体はみな賛成、ともいかないらしい。そもそも踏切の安全に対する関心には自治体ごとに違いがあるからだ。事故を経験したことのある町は話が早いが、そうでないところもある。その点も含めて、原さんたち安全管理を担当する人たちは4種踏切のある町に足を運んで説明を尽くしている。「もちろん、これを設置したら100%安全というわけではありません。通る人が列車に注意してもらうというのは変わらない。ただ、少しでも注意を促すという点では間違いなく意味があるはず。なので、できるだけ早い段階で管内300か所以上ある4種踏切のうち設置可能なすべてに設置していきたい。そして、同じ悩みは全国の鉄道事業者さんが抱えているでしょうから、安全対策のひとつとして参考にして頂けるところが増えるとうれしいな、と思っています」(原さん) 実際に、山口県の宇部線の4種踏切に設置されている踏切ゲート-Liteを見させてもらった。バーを持ち上げるのにはさほど力は要らず、すぐにバーが下りてくるわけではないからゆっくり歩いてもバーが頭にぶつかることもない。踏切内から出るときは、身体でそのままバーを押すだけだ。通行のじゃまになるというほどのものではない。「ここは踏切ですよ!」 ただ、忘れてはいけないのは列車が来るか来ないかの安全確認は通行する人が自分でしなければならない、ということ。せっかく踏切ゲートが設置されて、「ここは踏切ですよ!」とアピールしてくれるのだから、それだけは怠ってはいけないだろう。ふだん、フルスペックの1種踏切しか通っていないと、何もない4種踏切を通るときにはちょっとした恐怖感を覚える。しかし、これが毎日の日常となると、恐怖感も薄れてしまうのだろう。 少しでも安全性を高めるためにあの手この手を繰り出す鉄道会社。それに対し、そこを通る人たちもまた、安全に対して少しでも意識を向ける必要もありそうだ。写真=鼠入昌史(鼠入 昌史)
ちなみに、住民の安全に関することだから自治体はみな賛成、ともいかないらしい。そもそも踏切の安全に対する関心には自治体ごとに違いがあるからだ。事故を経験したことのある町は話が早いが、そうでないところもある。その点も含めて、原さんたち安全管理を担当する人たちは4種踏切のある町に足を運んで説明を尽くしている。
「もちろん、これを設置したら100%安全というわけではありません。通る人が列車に注意してもらうというのは変わらない。ただ、少しでも注意を促すという点では間違いなく意味があるはず。なので、できるだけ早い段階で管内300か所以上ある4種踏切のうち設置可能なすべてに設置していきたい。そして、同じ悩みは全国の鉄道事業者さんが抱えているでしょうから、安全対策のひとつとして参考にして頂けるところが増えるとうれしいな、と思っています」(原さん)
実際に、山口県の宇部線の4種踏切に設置されている踏切ゲート-Liteを見させてもらった。バーを持ち上げるのにはさほど力は要らず、すぐにバーが下りてくるわけではないからゆっくり歩いてもバーが頭にぶつかることもない。踏切内から出るときは、身体でそのままバーを押すだけだ。通行のじゃまになるというほどのものではない。
「ここは踏切ですよ!」 ただ、忘れてはいけないのは列車が来るか来ないかの安全確認は通行する人が自分でしなければならない、ということ。せっかく踏切ゲートが設置されて、「ここは踏切ですよ!」とアピールしてくれるのだから、それだけは怠ってはいけないだろう。ふだん、フルスペックの1種踏切しか通っていないと、何もない4種踏切を通るときにはちょっとした恐怖感を覚える。しかし、これが毎日の日常となると、恐怖感も薄れてしまうのだろう。 少しでも安全性を高めるためにあの手この手を繰り出す鉄道会社。それに対し、そこを通る人たちもまた、安全に対して少しでも意識を向ける必要もありそうだ。写真=鼠入昌史(鼠入 昌史)
ただ、忘れてはいけないのは列車が来るか来ないかの安全確認は通行する人が自分でしなければならない、ということ。せっかく踏切ゲートが設置されて、「ここは踏切ですよ!」とアピールしてくれるのだから、それだけは怠ってはいけないだろう。ふだん、フルスペックの1種踏切しか通っていないと、何もない4種踏切を通るときにはちょっとした恐怖感を覚える。しかし、これが毎日の日常となると、恐怖感も薄れてしまうのだろう。
少しでも安全性を高めるためにあの手この手を繰り出す鉄道会社。それに対し、そこを通る人たちもまた、安全に対して少しでも意識を向ける必要もありそうだ。
写真=鼠入昌史(鼠入 昌史)
(鼠入 昌史)