感染症などの専門家でつくる政府の基本的対処方針分科会によれば、新型コロナの感染拡大で家にいる時間が長くなった一方、家庭内DVや父親の虐待、性暴力などの困難を抱える女性が増えているそうです。10代、20代の学生からもSOSの声があがっていますが、家にも学校にも居場所がない若者たちは一体どこへ行くのでしょうか。元新聞記者で、女性や子どもたちの問題をテーマに取材執筆を行う樋田敦子さんがその実態に迫ります。
【写真】日曜の20時、トー横の様子* * * * * * *トー横に居場所を求める若者たち「Colabo(コラボ)」と書かれたピンク色のバスが新宿や渋谷を走るのを見たことがあるだろうか。一般社団法人「コラボ」代表仁藤夢乃(にとうゆめの)らが、夜の街でのアウトリーチ(声かけ)やシェルターでの10代の少女を支える保護活動をしている。このバスで支援の告知をしながら、泊まるところのない少女を収容しているのだという。20年7月、日々感染者が増えて人通りが少なくなった新宿の通称「トー横」を歩いてみる。歌舞伎町にある映画館「TOHOシネマズ新宿」の横にある路地に10代の若者がたむろしていた。昭和、平成の時代、新宿コマ劇場があった場所だ。ここに15年頃から若者が自然と集まり出した。この日は制服姿の少女もいれば、中型のスーツケースを引いた少女もいた。夏休みとあって、軽い気持ちで上京、行く当てもないので、ここにきたのかもしれなかった。派手な原色の服を着ている少女たちも多いが、特別犯罪のにおいがする非行少女というわけでもない。少女たちが、新宿駅東口から歌舞伎町のゴジラロードを通って、トー横に吸い込まれていく。トー横でしばらく見ていると、風俗のスカウトなのか、少女たちをじっと見ている30代くらいの男性が目を光らせていたのだが、声をかける様子もなかった。コロナ感染を嫌って、双方とも警戒しているのか。SNSで住まいがないと訴える女性に、「住むところを提供するよ」と返信し、トー横で待ち合わせをするケースも増えていると聞き、凝視してみたが、助けを求めるようなそぶりをする少女もいなかった。在宅勤務の父親がいやで家出もし目の前で、そんな光景が繰り広げられたら、なんと声をかけたらいいのだろうか。「何か困ったことない?」と声をかけるべきか。すぐさま歌舞伎町交番に行って警察官を呼んでくるべきか。少女たちの安全を守るために、大人たちは何ができるのか。自問自答しながら3時間が経過した。トー横の隅に佇んでいた、ジーンズにTシャツ姿、メガネをかけた少女に話を聞くことができた。およそ”トー横キッズ”とは不釣り合いないでたちで、どこか緊張感が漂っていた。「どんな場所なのか」を確認したかったそうだ。「夏休みだし、友達の家で勉強してくるからと言って家を抜け出した」ひとしきり、2人で韓国アイドルやアニメの話をしていると、ぽつりぽつりと事情を話してくれた。サラリーマンの父は、家庭では絶対の存在らしく、今はコロナで在宅勤務。毎日家にいて、息が抜けない。「大学はどうするんだ」「韓国のアイドルになんて熱を上げるんじゃない」「宿題は終わっているのか」怖い目でにらみながら、矢継ぎ早に恫喝(どうかつ)するような口調で質問をしてくる。母親に助けを求めようと顔を見ると「逆らっちゃダメ」と首を振る。父親も相当いらいらしていて、普段は家のリビングがホッとできる場所なのに、父親が占領しているから、彼女にとって居場所がない。居場所がない子どもたちはどこへ行くのか「夏休み中、こんな日がずっと続くのかと思うと、息苦しくなってしまった―」『コロナと女性の貧困2020-2022――サバイブする彼女たちの声を聞いた』(著:樋田 敦子/大和書房)池袋にはよく行くが、新宿の歌舞伎町は初めて。怖い大人たちがいるのは知っている、SNSで知り合って、その後リアルで会って、ホテルに連れ込まれたりする恐怖もツイッターを見て知っている。「大丈夫、そんな男性にはついていかないから。今日はもう少し町をぶらぶらして帰るつもり」泊まるところのない女性に、援助すると甘い言葉をかけ、関係を求めてくる大人たちがいるのは事実であることを伝える。パパ活でお金を稼ぎ、そのお金でビジネスホテルに泊まる少女がいる。いきなり東京に出てきた少女に、支援を装って買春をする。そんな大人の申し出を断ると、行くところがないのでそうするしかない。「甘いことを言って、寄ってくる人もいるからね、気をつけて」そう言うと、彼女は頭をちょっと下げて、駅のほうに歩いて行った。両親がいても、貧困でなくても、家に居場所がない10代の少女たちはいる。家庭、学校のほかに第三の居場所が必要だと、これまでもずっと言われてきたが、第三の居場所がないとしたら、彼女たちはどこに行くのか。裕福な家庭で起こる教育虐待都内の自治体が運営するシェルターに若い女性が収容されてきた。彼女に対し、どういう支援がふさわしいのかを福祉関係者で相談する。その会議に参加している、ある弁護士の証言を紹介する。若い未婚の世代で収容されてくるのは家族から虐待されたケースが多く、この女性もそうだった。家に帰すのは無理。本人も家に戻りたくないと希望している。そこでなんとか家に戻さない方法を考えたという。生活保護を利用して、住まいを探し、なんとか自立できるように案を練る。「行政からは、親と交渉してくれと頼まれました。行政が直接電話して、”お宅の娘さんが東京都〇×区に今いるのですが”と切り出すと居場所がわかってしまいます。そこで弁護士のところに、仲介の依頼がくるのです」弁護士は「私は行政機関から依頼を受けた弁護士です。娘さんは行政機関の支援を受けて安全安心なところにいます。ご安心ください」と伝えて、今後のことを話し出した。彼女は親のすすめである大学に入ったけれど、自分とは合わないので退学したいと言う。「入学に際して借りている奨学金を中止する手続きをしたいのだけれど、どうしても親が書類をくれない。それがないと手続きができない、そういう交渉をしてくれませんか」とある弁護士に依頼したそうだ。彼女は大学を辞めて、まずはアルバイトで生活していきたいという。大学生で生活保護を受ける「彼女のケースは、教育虐待でした。教育虐待のケースでは、一般的に裕福な家庭が多いのですが、”この先自分はどうなってしまうのだろう”と不安になるのは、生活困窮者と同じです。彼女の親は、まさか自分の子どもが生活保護を受けているとは思わなかったでしょう。コロナになってから、大学もオンライン、親は在宅勤務で家にいる。自分は大学へ行き、親は会社に行くことで、何とかバランスを保っていたのに、今はステイホームで、家にいるだけで衝突してしまう。もともとウマが合わない家族が四六時中一緒にいるわけです。飛び出してくる子どもの気持ちもわかる気がします」「住まいの貧困に取り組むネットワーク」の林弁護士が言う。「2013年に”脱法ハウス”が明るみに出てきたのですが、シェアハウスという名前に変わって以降も、いまだ違法なところもある。もちろんきちんとしたシェアハウスもあるけれど、問題があるところも多い。それは行政が本気で取り締まっていないこともひとつの理由なのです。行政がサボっているので、違法業者が現れる。東日本大震災時に民間アパートをみなし公営仮設住宅にして借り上げたように、今、空いている公営アパートを貸し出すべきです。このコロナは災害にも近い状況で、何とかしなければいけないと思います。民間の支援団体のシェルターに頼ることなく、積極的に公的な責任のもとで貸し出せばいいのです」空家の活用で、安心して眠ることができる家を総務省統計局は、5年ごとに土地や家屋について統計調査を行っているが、2018年は前回の調査よりも空家数は増加しており、848万9000戸。過去最高となっている。全国の住宅の13・6%を空家が占めていることがわかった。空家の増加の背後にあるのは少子高齢化や人口移動の変化などだ。空家こそ困窮者支援のために有効活用すればいいのではないかと思う。厚生労働省と国土交通省は、「居住に課題を抱える人に対する居住支援について」を共同でまとめているが、実際に行政レベルで居住支援に取り組んでいるところはわずかで、扱う件数も少ない。「毎月の家賃は払えるけれど、更新料が払えずに、途端に生活がたちいかなくなる居住費の困難を抱えている人は、潜在的にたくさんいると思います」居住の問題は人権に直結する。国が主導して自治体が新しい住居を作るなりして動かなければ、困窮者が安心して眠れる日はこない。※本稿は、『コロナと女性の貧困2020-2022――サバイブする彼女たちの声を聞いた』(著:樋田 敦子/大和書房)の一部を再編集したものです。
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「Colabo(コラボ)」と書かれたピンク色のバスが新宿や渋谷を走るのを見たことがあるだろうか。一般社団法人「コラボ」代表仁藤夢乃(にとうゆめの)らが、夜の街でのアウトリーチ(声かけ)やシェルターでの10代の少女を支える保護活動をしている。このバスで支援の告知をしながら、泊まるところのない少女を収容しているのだという。
20年7月、日々感染者が増えて人通りが少なくなった新宿の通称「トー横」を歩いてみる。歌舞伎町にある映画館「TOHOシネマズ新宿」の横にある路地に10代の若者がたむろしていた。昭和、平成の時代、新宿コマ劇場があった場所だ。ここに15年頃から若者が自然と集まり出した。
この日は制服姿の少女もいれば、中型のスーツケースを引いた少女もいた。夏休みとあって、軽い気持ちで上京、行く当てもないので、ここにきたのかもしれなかった。
派手な原色の服を着ている少女たちも多いが、特別犯罪のにおいがする非行少女というわけでもない。少女たちが、新宿駅東口から歌舞伎町のゴジラロードを通って、トー横に吸い込まれていく。
トー横でしばらく見ていると、風俗のスカウトなのか、少女たちをじっと見ている30代くらいの男性が目を光らせていたのだが、声をかける様子もなかった。
コロナ感染を嫌って、双方とも警戒しているのか。SNSで住まいがないと訴える女性に、「住むところを提供するよ」と返信し、トー横で待ち合わせをするケースも増えていると聞き、凝視してみたが、助けを求めるようなそぶりをする少女もいなかった。
もし目の前で、そんな光景が繰り広げられたら、なんと声をかけたらいいのだろうか。
「何か困ったことない?」と声をかけるべきか。すぐさま歌舞伎町交番に行って警察官を呼んでくるべきか。少女たちの安全を守るために、大人たちは何ができるのか。自問自答しながら3時間が経過した。
トー横の隅に佇んでいた、ジーンズにTシャツ姿、メガネをかけた少女に話を聞くことができた。およそ”トー横キッズ”とは不釣り合いないでたちで、どこか緊張感が漂っていた。「どんな場所なのか」を確認したかったそうだ。
「夏休みだし、友達の家で勉強してくるからと言って家を抜け出した」
ひとしきり、2人で韓国アイドルやアニメの話をしていると、ぽつりぽつりと事情を話してくれた。サラリーマンの父は、家庭では絶対の存在らしく、今はコロナで在宅勤務。毎日家にいて、息が抜けない。
「大学はどうするんだ」「韓国のアイドルになんて熱を上げるんじゃない」「宿題は終わっているのか」
怖い目でにらみながら、矢継ぎ早に恫喝(どうかつ)するような口調で質問をしてくる。母親に助けを求めようと顔を見ると「逆らっちゃダメ」と首を振る。父親も相当いらいらしていて、普段は家のリビングがホッとできる場所なのに、父親が占領しているから、彼女にとって居場所がない。
「夏休み中、こんな日がずっと続くのかと思うと、息苦しくなってしまった―」
『コロナと女性の貧困2020-2022――サバイブする彼女たちの声を聞いた』(著:樋田 敦子/大和書房)
池袋にはよく行くが、新宿の歌舞伎町は初めて。怖い大人たちがいるのは知っている、SNSで知り合って、その後リアルで会って、ホテルに連れ込まれたりする恐怖もツイッターを見て知っている。
「大丈夫、そんな男性にはついていかないから。今日はもう少し町をぶらぶらして帰るつもり」
泊まるところのない女性に、援助すると甘い言葉をかけ、関係を求めてくる大人たちがいるのは事実であることを伝える。パパ活でお金を稼ぎ、そのお金でビジネスホテルに泊まる少女がいる。いきなり東京に出てきた少女に、支援を装って買春をする。そんな大人の申し出を断ると、行くところがないのでそうするしかない。
「甘いことを言って、寄ってくる人もいるからね、気をつけて」
そう言うと、彼女は頭をちょっと下げて、駅のほうに歩いて行った。
両親がいても、貧困でなくても、家に居場所がない10代の少女たちはいる。家庭、学校のほかに第三の居場所が必要だと、これまでもずっと言われてきたが、第三の居場所がないとしたら、彼女たちはどこに行くのか。
都内の自治体が運営するシェルターに若い女性が収容されてきた。彼女に対し、どういう支援がふさわしいのかを福祉関係者で相談する。その会議に参加している、ある弁護士の証言を紹介する。
若い未婚の世代で収容されてくるのは家族から虐待されたケースが多く、この女性もそうだった。家に帰すのは無理。本人も家に戻りたくないと希望している。そこでなんとか家に戻さない方法を考えたという。生活保護を利用して、住まいを探し、なんとか自立できるように案を練る。
「行政からは、親と交渉してくれと頼まれました。行政が直接電話して、”お宅の娘さんが東京都〇×区に今いるのですが”と切り出すと居場所がわかってしまいます。そこで弁護士のところに、仲介の依頼がくるのです」
弁護士は「私は行政機関から依頼を受けた弁護士です。娘さんは行政機関の支援を受けて安全安心なところにいます。ご安心ください」と伝えて、今後のことを話し出した。
彼女は親のすすめである大学に入ったけれど、自分とは合わないので退学したいと言う。
「入学に際して借りている奨学金を中止する手続きをしたいのだけれど、どうしても親が書類をくれない。それがないと手続きができない、そういう交渉をしてくれませんか」とある弁護士に依頼したそうだ。
彼女は大学を辞めて、まずはアルバイトで生活していきたいという。
「彼女のケースは、教育虐待でした。教育虐待のケースでは、一般的に裕福な家庭が多いのですが、”この先自分はどうなってしまうのだろう”と不安になるのは、生活困窮者と同じです。彼女の親は、まさか自分の子どもが生活保護を受けているとは思わなかったでしょう。
コロナになってから、大学もオンライン、親は在宅勤務で家にいる。自分は大学へ行き、親は会社に行くことで、何とかバランスを保っていたのに、今はステイホームで、家にいるだけで衝突してしまう。もともとウマが合わない家族が四六時中一緒にいるわけです。飛び出してくる子どもの気持ちもわかる気がします」
「住まいの貧困に取り組むネットワーク」の林弁護士が言う。
「2013年に”脱法ハウス”が明るみに出てきたのですが、シェアハウスという名前に変わって以降も、いまだ違法なところもある。もちろんきちんとしたシェアハウスもあるけれど、問題があるところも多い。それは行政が本気で取り締まっていないこともひとつの理由なのです。
行政がサボっているので、違法業者が現れる。東日本大震災時に民間アパートをみなし公営仮設住宅にして借り上げたように、今、空いている公営アパートを貸し出すべきです。このコロナは災害にも近い状況で、何とかしなければいけないと思います。民間の支援団体のシェルターに頼ることなく、積極的に公的な責任のもとで貸し出せばいいのです」
総務省統計局は、5年ごとに土地や家屋について統計調査を行っているが、2018年は前回の調査よりも空家数は増加しており、848万9000戸。過去最高となっている。全国の住宅の13・6%を空家が占めていることがわかった。
空家の増加の背後にあるのは少子高齢化や人口移動の変化などだ。空家こそ困窮者支援のために有効活用すればいいのではないかと思う。
厚生労働省と国土交通省は、「居住に課題を抱える人に対する居住支援について」を共同でまとめているが、実際に行政レベルで居住支援に取り組んでいるところはわずかで、扱う件数も少ない。
「毎月の家賃は払えるけれど、更新料が払えずに、途端に生活がたちいかなくなる居住費の困難を抱えている人は、潜在的にたくさんいると思います」
居住の問題は人権に直結する。国が主導して自治体が新しい住居を作るなりして動かなければ、困窮者が安心して眠れる日はこない。
※本稿は、『コロナと女性の貧困2020-2022――サバイブする彼女たちの声を聞いた』(著:樋田 敦子/大和書房)の一部を再編集したものです。