盤面を前に沈思黙考して向き合う──そんな将棋界で、対局中の「マスク着用ルール」が騒動となっている。前代未聞のマスク不着用による“反則負け”が発生。名人経験者が不服申し立てする事態に発展した。藤井聡太五冠(20)というスターの誕生で人気が沸騰する将棋界で、何が起きているのか。【前後編の前編】
【写真】90度近く首を傾け指を盤上に伸ばす永瀬拓矢王座。マスクを片耳に掛け湯呑を口に近づける藤井五冠も 東京・世田谷の「将棋・チェスフロンティア」では、11月6日に名人経験者の佐藤天彦九段(34)を講師に招いた自戦解説&指導対局会の予定が組まれていたが、直前に〈諸般の事情の為中止〉が告知された。主催者に問い合わせると「理由は諸般の事情としか言えません」とした。理由についてさらに尋ねたところ、こう話した。

「天彦九段ご本人からメールで連絡があって、『大変申し訳ないですが、こちらの都合でキャンセルさせてほしい』ということでした。その時に『対局以外のすべてのイベントはキャンセルしています』ともおっしゃっていました」 佐藤九段は10月28日のA級順位戦での永瀬拓矢王座(30)との対局で「マスク不着用」で反則負けを宣告されている。普段と変わった様子はなかったかを聞くと、「いつも通りの丁寧な説明をされていました」(同前)とのことだった。 10月28日の対局は深夜に及んだが、終盤で佐藤九段は計1時間にわたってマスクを外す場面があった。それを対局相手の永瀬王座が関係者に「反則ではないか」と指摘。対局会場の将棋会館に駆けつけた将棋連盟の常務理事・鈴木大介九段(48)が、連盟会長の佐藤康光九段(53)と連絡を取って協議し、「ノーマスクによる反則負け」の判定が下されたのだ。「もともと将棋連盟はコロナ禍でマスク着用を推奨していましたが、長い時間着けない棋士が現われるなど、不公平感が増していた。そこで〈対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない〉とする臨時対局規定が今年1月26日に制定(2月1日に施行)された。違反した場合は立会人の判定によって反則負けになると定められ、今回が初めての適用となった」(観戦記者) 棋士は一尺二寸(約36.4cm)の将棋盤を挟んで向き合うが、対局中の会話はほぼゼロだ。「とはいえ、コロナに敏感でノーマスクを気にする棋士は意外と多い。ただし長時間の着用は苦しいし、思考力の低下につながる。そうしたなかで、ルールで〈一時的な場合を除き〉とある点を巡り、不着用の合計時間や注意する回数、タイミングなどを定める細則がなかったこともあって騒動が大きくなっている」(同前) 対局4日後の11月1日、佐藤九段は将棋連盟に不服申立書を提出。〈着用を促されることもなく、直ちに反則負けとした本件判定は、失うものの大きさと違反行為の内容との間のバランスを著しく欠く〉として〈反則負け判定の取り消し〉〈対局のやり直し〉などを求める事態となったのだ。「天彦九段の指摘内容を支持する棋士も多いとみられており、事態が紛糾していくことが懸念されています」(同前)■2022年11月8日追記/記事掲出後、将棋・チェスフロンティアのイベント主催者よりご指摘があり、誤りがあった記載について訂正・削除いたしました。(後編につづく)※週刊ポスト2022年11月18・25日号
東京・世田谷の「将棋・チェスフロンティア」では、11月6日に名人経験者の佐藤天彦九段(34)を講師に招いた自戦解説&指導対局会の予定が組まれていたが、直前に〈諸般の事情の為中止〉が告知された。主催者に問い合わせると「理由は諸般の事情としか言えません」とした。理由についてさらに尋ねたところ、こう話した。
「天彦九段ご本人からメールで連絡があって、『大変申し訳ないですが、こちらの都合でキャンセルさせてほしい』ということでした。その時に『対局以外のすべてのイベントはキャンセルしています』ともおっしゃっていました」
佐藤九段は10月28日のA級順位戦での永瀬拓矢王座(30)との対局で「マスク不着用」で反則負けを宣告されている。普段と変わった様子はなかったかを聞くと、「いつも通りの丁寧な説明をされていました」(同前)とのことだった。
10月28日の対局は深夜に及んだが、終盤で佐藤九段は計1時間にわたってマスクを外す場面があった。それを対局相手の永瀬王座が関係者に「反則ではないか」と指摘。対局会場の将棋会館に駆けつけた将棋連盟の常務理事・鈴木大介九段(48)が、連盟会長の佐藤康光九段(53)と連絡を取って協議し、「ノーマスクによる反則負け」の判定が下されたのだ。
「もともと将棋連盟はコロナ禍でマスク着用を推奨していましたが、長い時間着けない棋士が現われるなど、不公平感が増していた。そこで〈対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない〉とする臨時対局規定が今年1月26日に制定(2月1日に施行)された。違反した場合は立会人の判定によって反則負けになると定められ、今回が初めての適用となった」(観戦記者)
棋士は一尺二寸(約36.4cm)の将棋盤を挟んで向き合うが、対局中の会話はほぼゼロだ。
「とはいえ、コロナに敏感でノーマスクを気にする棋士は意外と多い。ただし長時間の着用は苦しいし、思考力の低下につながる。そうしたなかで、ルールで〈一時的な場合を除き〉とある点を巡り、不着用の合計時間や注意する回数、タイミングなどを定める細則がなかったこともあって騒動が大きくなっている」(同前)
対局4日後の11月1日、佐藤九段は将棋連盟に不服申立書を提出。〈着用を促されることもなく、直ちに反則負けとした本件判定は、失うものの大きさと違反行為の内容との間のバランスを著しく欠く〉として〈反則負け判定の取り消し〉〈対局のやり直し〉などを求める事態となったのだ。
「天彦九段の指摘内容を支持する棋士も多いとみられており、事態が紛糾していくことが懸念されています」(同前)
■2022年11月8日追記/記事掲出後、将棋・チェスフロンティアのイベント主催者よりご指摘があり、誤りがあった記載について訂正・削除いたしました。
(後編につづく)
※週刊ポスト2022年11月18・25日号