悠々自適な老後を考えて、万全な準備を進めていても、思いもしない障壁が立ちはだかることも。それが大切な「家族」ということも珍しくはないようです。
本田京子さん(仮名・68歳)。10年前に夫を亡くし、それ以来、ひとり暮らし。現在はパート代月8万円と、亡夫の遺族年金と自身の老齢年金を合わせて月に12万円ほどを得ています。夫を早くに亡くしたことで、一人でも生きていけるようにと、綿密な生活設計を立ててきました。コツコツと続けてきた貯蓄は2,000万円ほど。ひとり暮らしの高齢者なら十分です。
特に贅沢はせず、地域のシニア活動に参加したり、たまに旅行に行ったり。そんなよくある控えめな老後を心がけていました。
そんな日常が大きく変わったのが3年前。40歳の次女が結婚12年で離婚し、小学生の孫2人を連れて帰ってきてから、本田さんの生活は音を立てて壊れ始めたのです。
「しばらくお母さんのところにいていい?」
離婚が決まり、行く先のない娘と孫を拒否する理由などありません。また、このとき次女は無職でしたが、生活が落ち着いたら仕事を始めるだろうと思っていました。しかし、次女は精神的な不調を患い、思ったように就職活動は進めることができず、体調のいいときに単発バイトをして月1万~2万円を稼げたらよいほう。経済的理由による離婚というだけあり、元夫からの養育費もありません。母子世帯への公的支援をプラスしても、まったく足りないのは明らかでした。頼りになるのは、本田さんの年金とパート代、そして貯金。生活費はもちろん、孫の教育費、時には医療費まで、本田さんが負担することも珍しくなかったといいます。
ただ忙殺される毎日のなか、どれほどの支出があるのか、しっかりと把握していなかったという本田さん。ある日、預金通帳の残高を見て愕然。貯金は万が一のためのもので、基本的に使わないお金と思っていましたが、次女が戻ってきてから1年で1割ほど減少。この事実を前に「もう限界……」と、思わず涙が止まらなくなったといいます。
「精神的に不安定な次女と、育ち盛りの孫――張り詰めたものが一気に弾けた感じがありました」
厚生労働省『被保護者調査』によると、2025年2月時点、生活保護受給世帯は164万6,229世帯。そのうち高齢者世帯は89万7,525世帯、母子世帯は6万2,286世帯。合わせて生活保護受給世帯の6割弱を占めます。高齢者世帯と母子世帯による、本田さん家族。先行きに不安感が漂うのも無理はないのかもしれません。
さらに本田さんが一番恐れていることは、自分が病気になったり介護が必要になったりしたときのこと。遠くに住む長女は頼れません。次女は……言わずもがな。今は病院いらずですが、70代、そして80代になれば、医療費や介護費用が重くのしかかってくるのは間違いないでしょう。
このような状況下、「親を頼る子」の存在は、時にはリスクになります。ランドセルや学習机、給食費、修学旅行費用、再来年には上の子(孫)は中学校に進学するため、色々と買い揃えないといけません。孫の成長とともに支出が増えていきます。次女が思うように働けない状況では、本田さんが「祖母」以上の役割を果たす必要があるのです。そして、そのことがさらに精神的プレッシャーになっていました。
「私が倒れたら、あの子たちはどうするのか。そればかりが頭に浮かぶんです」
厚生労働省や総務省の資料からの概算で年齢別に要支援・要介護認定者の割合をみていくと、60代後半では3%ほどなのが、70代前半では6%、70代後半では12%、80代前半では26%、80代後半では60%と、年齢とともに加速度的に増えていきます。
孫は小学生。成人するまで10年以上あります。それまで本田さんが経済的にも支えるとなると、「私に何かあったら――」と不安になるのは当然のことです。
本田さんは最近、役所の福祉課を訪れ、さまざまなアドバイスをもらったとか。母子世帯へのさらなる支援を知ることもでき、家計は幾分、楽になる見通しもたったとか。何よりも困ったときに相談できるホットラインと繋がったことで、精神的な負担は随分と軽くなったといいます。
子育てが終わり、あとは自分たちの老後を見据えて生活設計を考えるだけ――そのとき、「親を頼る子ども」のことを考慮している人はどれだけいるでしょうか。老後の生活設計には、かなり広い視野が必要なのかもしれません。
[参考資料]
厚生労働省『被保護者調査』
厚生労働省『介護給付費等実態統計月報』、総務省『人口推計月報』