税務調査と聞くと、どこか他人事に感じる人も多いのではないでしょうか。しかし、国税庁によると、令和5年度は8,556件の相続税調査(実地調査)が実施されたそうです。これは、1日あたり23件超の相続税調査が実施されたことになります。今回、税務調査のなかでも特に指摘されることの多いとある項目について、具体的な事例をもとにみていきましょう。税理士が追徴税を回避する対策とともに解説します。
元経営者のAさんは、70歳で経営権を長男に譲って以降、時間ができたことでかねてから好きだった野球、特にメジャーリーグ(MLB)の観戦にどっぷりハマりました。
「大谷は最高だよ! 彼のおかげで引退後の生きがいができた!」と、MLBシーズン中は毎月渡米し、1週間ほど野球観戦を満喫。仕事漬けだった現役時代を取り戻すかのように、充実したセカンドライフを送っていました。
そんな贅沢な日々を過ごしていたAさん。引退時に1億5,000万円ほどあった預金はみるみる減少していき、たった3年で預金残高は約8,000万円まで減っていたそうです。
とはいえ、Aさんは野球観戦以外に大きなお金を使うことがなく、妻のBさん(72歳)は「これまで長年仕事を頑張ってきてくれたから」と夫の自由を尊重し、笑顔で見守っていました。
そんなAさんでしたが、74歳の誕生日を迎えてすぐ、心筋梗塞で急逝。悲しみに暮れたBさんですが、妻として気丈にふるまいます。
息子と夫が懇意にしていた税理士に相談のうえ、預金と自宅を相続。無事に相続税の申告を終え、なんとか日常を取り戻しました。
しかし……。せっかく取り戻した日常も、税務署からかかってきた“一本の電話”で崩壊してしまったのです。
夫の死から約2年後、税務署から一本の電話が入りました。聞くと、税務調査に伺いたいとのこと。
「夫の相続財産はすべて申告しましたよ? まだなにかあるんですか?」
税務署からの突然の連絡に困惑するBさん。とはいえ、税務署に目をつけられても良いことなどありません。息子に迷惑をかけても困ります。
そのため、Bさんは税務署の言うとおり、息子とともに税務調査を受けることとなりました。
調査当日、調査官2名が来て税務調査が始まりました。まったく心当たりのないBさんに対して、調査官が「今回の調査に伺った理由」を告げます。
「ご主人は海外に資産をお持ちですよね? そちらについてお聞きしたいのですが」
「海外に資産ですって? 確かに夫はしょっちゅう野球を観に渡米していましたが、海外に財産があるなんて聞いていませんよ……」
調査官は資料を示しながら、淡々と説明を続けます。
「ご主人は米国の銀行に口座をもっていたようですね。国内のX銀行から頻繁に送金していたようです。現地での滞在費や野球観戦、投資の費用もこちらから引き出していたようですね」
調査の結果、夫は日本から送金したお金を元手に、現地で株式や暗号資産にも投資しており、多額の利益をその海外口座に貯めていたことが判明しました。
結局、税務調査によって総額約5,000万円の未申告資産が発覚。Bさんには約1,000万円もの追徴課税が課されることになったのです。
Bさんに預金の減少を心配させまいと夫が隠していた海外預金が、結果的に大きな税務トラブルを招いてしまいました。
円安などを背景に、海外に資産を保有している富裕層が増えています。国外財産であろうと、相続が発生した場合、その財産を申告する義務がありますが、近年では海外資産の相続税の申告漏れも増加しているのが現状です。
国税庁は、各国の税務当局と金融口座の情報を交換しています。そのため「国外の財産だからバレないだろう」という思い込みは通用しません。
その情報網の代表例が、「CRS(共通報告基準)」です。日本を含む100ヵ国以上が参加しており、各国の税務当局は金融機関を通じて非居住者の口座情報を共有しています。アメリカはCRSには参加していませんが、FATCA(Foreign Account Tax Compliance Act)や日米租税条約を通じて日本と二国間の情報共有協定を締結しています。
相続税は、基本的には故人が所有していたすべての財産が対象です。そのため、海外資産も含めて、適切に相続税を申告しなければなりません。
なお、「海外送金に対する報告制度(国外送金等調書法)」により、1回あたり100万円を超える海外送金をした場合、税務署に報告する義務があります。そのため、海外への送金が多いと、それだけで税務署の注意を引くと考えていいでしょう。
近年はAさんのように、海外に銀行預金などの金融資産や不動産などを持つ人が増えているようです。
このような場合、相続では日本と海外それぞれの法律や税金の問題が絡んでくるため、かなりの手間や時間がかかったり、場合によっては多額の費用が発生したりすることになります。
たとえばアメリカに財産を所有する日本人が亡くなった場合、アメリカの州法に基づく手続きを求められることが多くあります。アメリカは日本と違い、原則としてプロベイトと呼ばれる裁判所を通じての相続手続きが必要です。アメリカは州によって法律が異なるため、かなり煩雑な裁判手続きとなり、相当の費用と時間がかかるといわれています。
またプロベイトでは、遺言書がない場合、原則として財産の所在する州の法律に従った分配が行われます。そのため、日本の遺産分割協議書により分配を主張しても通用しない可能性があるため注意が必要です。
海外に財産を持っている場合、相続人の負担を減らすためにも、メリットとデメリットを比較して、状況によっては海外財産を生前に処分することも検討したほうがよいでしょう。
最近は円安や海外の株式投資・不動産投資などに関心を持ち、海外資産を保有している人も少なくありません。ただし、日本の相続税は基本的に海外にある資産も申告対象です。国税当局も海外資産については重点調査項目となっているため、申告漏れのないよう注意しましょう。
宮路 幸人
宮路幸人税理士事務所
税理士/CFP