流行の主役はめまぐるしく入れ替わる。2025年夏、いま日本の若者を夢中にさせているのは「ラブブ」だ。実際に入手した消費経済アナリストの渡辺広明氏がレポート。日本はこのブームとどう向き合うべきなのか。
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【画像】譲ってもらったラブブとは別に、店舗に3時間並んでみた。買えたのは…バンコクの”偽ラブブ”も
マクドナルドのハッピーセットのポケモンカードやNintendo Switch2といった「手に入らないモノ」の転売や行列、ゲリラ販売が話題になっている2025年の夏。とくに若い女性たちが最も欲しいモノといえば、圧倒的に「ラブブ」だろう。
お盆明けぐらいからラブブの認知は高まり、8月25日からユニクロとのコラボが始まったことで、いよいよ多くの人に知れ渡るようになっている。
筆者の仕事仲間の女性もラブブにハマっており、販売する「POPMART」の入店抽選に当たった8月13日に、その様子を取材させてもらった。その際、彼女が入手したラブブのぬいぐるみペンダントを、ラッキーなことに定価(税込3,190円)で譲ってもらった。
58歳のおじさんがカバンにラブブをつけると何が起きるか。10日間、ラブブと一緒に外出した結果としては、東横線で隣に座った女性からラブブを盗撮されたり、商談先で若い女性だけが興味示す、という状況だった。周囲から「ラブブ狩り」を心配する声も上がり、歓楽街ではカバンから外すようにしている。
そもそもラブブとは、香港出身でオランダ育ちのアーティスト、カシン・ロンが2015年絵本”謎のブーカ”に登場させた”ザ・モンスターシリーズ”に登場するブサカワ(ブサイクで可愛い)キャラクターだ。
2024年の半ば頃に、韓国の人気アイドルグループBLACKPINKのリサが自身のSNSでラブブをアップしたことが、世界的なブームのきっかけとされている。リアーナやベッカムといったセレブも持ち始めたことで、瞬く間にアメリカ・中国・韓国を中心に爆発的な人気となった。
日本では、今年7月頃から本格的なブームが始まったと筆者は感じている。どうやらインフルエンサーが、ラグジュアリーブランドのバッグにラブブを付けた投稿により情報が拡散したようだ。
筆者がラブブを初めて知ったのはそれより少し早い。5月のゴールデンウィーク、専門家仲間の娘さんから「世界的に流行している」とフィギュアを贈られたのがきっかけだった。全く知らなかったため調べてみると、世界30カ国以上に展開する中国系キャラクターショップ「POPMART」で販売されていることが分かった。ただ当時は周囲で話題にする人も少なく、自宅にひっそり飾っていたにすぎない。
その後、7月中旬にある女性アナウンサーと打ち合わせ中、「スマホで抽選があるのですみません」と会話を中断された。詳しく聞いてみると、ラブブを買うためのPOPMARTの入店抽選や時間指定のネット販売に申し込んでいるという。なかなか当たらないので、日々申し込みをしているとの事だった。8月に入ると同様の話を多く聞く事になりラブブが日本でも流行り始めている事を改めて感じるようになった。
基本は抽選でしか買えないが、POPMART原宿本店では行列に並べば買える可能性があると聞き、視察がてら、8月7日(木)に並んでみた。
到着したのは、11時オープンの3時間15分前の7時45分。最終的には約300人の行列となったが、並んだ時点でもすでに約80人が並んでいた。列の前方を見ると、約半分ぐらいは日本語を話していない人で、ファッションなどから推察すると中国などアジア系の人たちと見受けられた。先頭から30名はほとんどがそうした人々で、POPMARTのアイテムに興味がなさそうな年代、身なりだった。おそらく、転売ヤーであると思われる。
結局11時20分ごろに入店できたのだが、先に入った客が誰もラブブを持っていない。嫌な予感がしたが的中し、この日はラブブは最初から販売されていなかった。2番人気の「クライベイビー」も同様だったとの事。これが日本の企業であれば、並んでいる客にラブブが買えない旨の入荷情報を掲示するなどしただろうが……中国企業であるPOPMARTではそのような対応は取られていなかった。日本が親切すぎるだけで、世界的にはこっちのほうがスタンダードなのかもしれない。
そしてこの「並んでも買えない」という飢餓感が人気を後押ししているようにも思う。また、ラブブはブラインドボックス形式で販売しているため、何が出てくるか分からない。これによって客単価をアップさせ売上を上げる要因となっているのだろう。
結局、筆者は店員に聞き、ラブブと同じ”モンスターシリーズ”の「スカルパンダ」を購入した。
店内にお目当てのラブブは無かったものの、10種類以上のキャラクターが並んでいた。日本のように1つのキャラクターをじっくり育てるというよりは、複数のキャラクターを並べ、SNSで火がついたものを徹底的に売り込んでいくという戦略のように見える(ひょっとすると、冬にはスカルパンダが人気になってる可能性も!?)。
この夏に一挙に人気になったラブブだが、みんな一様に言うのは「最初はそこまで可愛いと思わなかったが、手に入りにくさと、入手後にカバンにつけているうちに愛着が湧いてきて可愛く見えるようになった」ということだ。
筆者が持つラブブを譲ってほしいと言う女性に「半年カバンにつけてくれるなら譲る」と返すと、「それなら要らない」と答えられることもある。このやりとりからも、多様性の時代においてキャラクター人気の寿命はますます短くなっていくのかもしれない。
ラブブ熱はまさにピークを迎えつつあるのだろうか。知り合いの女性は、家族旅行でタイのバンコクを訪れた時にもPOPMARTに立ち寄り、ラブブを探したらしい。バンコクのPOPMARTは、ラブブの入荷があるかは別として5分で入店できるそうだ。8月8日にオープンした世界最大のPOPMARTアイコンサイアム店でも、オープンから30分ほどで入店できたと言っていた。
そう聞くと、日本とは熱狂の差を感じるが、バンコクでは路上や市場で偽物が本物と同じような価格で売られていたり、「転売用自販機」があり、定価の4倍で売っていたりするそうで、一定の熱狂は継続しているようだ。さらにタイ限定のラブブもあり、今後はそれぞれの「ご当地ラブブ」が人気になっていくのかもしれない。
ロイター通信によれば、POPMARTの上期売上は約2,800億円に達し、そのうちラブブを含む「モンスターシリーズ」が約990億円を占めた。ラブブ人気により、同社の純利益は前年の約5倍に急増しているという。
SNSによって人気が出た今回のラブブ。そこで気になるのは「日本」への影響である。
思えば、日本のメイクコスメ文化はSNSを通じて韓流に移行していった。現在はサンリオの株価が過去最高を更新しているものの、今後は中国な他国から生まれたキャラクターがライバルとなってくることが予想される。
先に紹介したタイも、ドラえもん、クレヨンしんちゃんといった日本アニメが広く親しまれている一方で、若者たちの視線はPOPMARTに向けられている。ゲームやアニメ発のキャラクターはまだ日本に優位性があると思われるものの、キャラクターIPビジネスの世界的覇権競争が、ラブブをきっかけに幕を開けたのかもしれない。日本のIPビジネスは、先行優位性を活かして、世界で勝負し続けて欲しいと思う。
渡辺広明(わたなべ・ひろあき)消費経済アナリスト、流通アナリスト、コンビニジャーナリスト。1967年静岡県浜松市生まれ。株式会社ローソンに22年間勤務し、店長、スーパーバイザー、バイヤーなどを経験。現在は商品開発・営業・マーケティング・顧問・コンサル業務などの活動の傍ら、全国で講演活動を行っている(依頼はやらまいかマーケティングまで)。フジテレビ「FNN Live News α」レギュラーコメンテーター、TOKYO FM「馬渕・渡辺の#ビジトピ」パーソナリティ。近著『ニッポン経済の問題を消費者目線で考えてみた』(フォレスト出版)。
デイリー新潮編集部