【武田 砂鉄】「あ、そうそう!」「しくしく」…壮絶ないじめで自殺した中学生が残した「不可解に軽いノリの遺書」

あなたは、もう目撃しただろうか?
怪物のような本が、いま全国の書店で異様な存在感を放っている。取材・執筆30年、総ページ数924という超弩級の大作『see you again』だ。本の執筆はこれがわずかに2作目という著者は、はたして何者なのか? 何から何まで常識外れの怪作に、ライターでラジオパーソナリティーの武田砂鉄さんが挑んだ読書体験記をお届けする。
*本稿は、TBSラジオ「武田砂鉄のプレ金ナイト」内で放送している《KODANSHA presents 金曜開店 砂鉄堂書店》の内容を記事化したものです。
なんと924ページ。しかも二段組み。とんでもない分量の本である。手に持つと重いので、机に置いて読まなくてはならない。だが、読みはじめるとすぐに没入することができ、3日間ほどで読了した。あっというまの読書体験だった。揺れ動く人間たちの群像をとらえる難しさを感じつつも、そのなかを細い線をたどるように分け入っていく著者の筆致に、吸い込まれるように作品の世界に入っていけた。
この本の帯には、こう書かれている。
13歳で命を絶った中学生が遺書に綴った、凄惨ないじめ。
日本中が涙するなか、ルポライターは呟いた。
なんだこりゃ?
それが、すべての始まりだった。
謎解きの旅に立ちはだかる学校の壁、生徒たちの心の闇、
そして家族のタブー。
取材・執筆30年、もがき続けた全軌跡!
取材・執筆に30年もかけたというこのルポライターは、いったいどんな人なのか。著者プロフィールによれば、小林篤さんは1954年生まれ。ライター歴は44年だが、著作はこれがわずかに2冊目とのこと。一作目は『幼稚園バス運転手は幼児を殺したか』(草思社)という1990年に起きた足利事件をテーマにしたもので、この作品によって、無期懲役となっていた被告の冤罪への道が開かれたのだという(その後、『足利事件:冤罪を証明した一冊のこの本』と改題されて講談社文庫から刊行)。
その小林さんが足利事件の取材と並行して取り組んできたのが、本書の題材となったいじめ自殺事件である。
1994年11月27日、愛知県西尾市で中学2年生の少年が、自宅の柿の木にロープをかけて命を絶った。彼がのこした遺書には、同級生たちから死の恐怖を感じるほどの暴行を受けていたこと、100万円を超えるお金を脅しとられていたことが綴られていた。本書のタイトル「see you again」は、遺書の最後に書かれていた言葉だ。
僕もこの事件のことは、少年がほぼ同世代だったことから、よく覚えている。ワイドショーなどで連日報じられていたことも記憶に残っているし、このように深刻な事態が「学校」というところで起きることがあるのかと、噛み砕くことができない恐ろしさが迫ってくる感覚にとらわれたことも憶えている。
冒頭で、小林さんは書いている。
なぜ、子どもたちはいじめをするのか。なぜ、それは自殺するまで止まらないのか。なぜ、いじめられた子どもは「助けて」と言えなくなるのか。いじめが人の心をどれだけ 傷つけるか。犠牲者と家族にどんな悲しみと苦悩をもたらすのか。加害者はその後、どう生きていくのか。傍観者の人生はどう変わるのか。いじめを生み出す社会や学校には、どんな問題があるのか。
多くの問いが並んでいる。これだけの問いを追いかけて、一つ一つの答えを探していたら、いつのまにか30年という時間が過ぎてしまった、ということなのだろう。
本書の冒頭に掲載されている遺書の全文を読んでいると、中学2年生が1年間以上も同級生からすさまじい暴行や脅迫を受け、じつに「108万円200円」という金額をとられていたことに驚かされる。そして、中学生がそれだけのお金をどのように工面したのか、なぜそういう状況にまわりの誰も気づくことがないまま最悪の結果に至ってしまったのか、などの疑問が浮かんでくる。
遺書には家族への感謝の思いと、先立つことについての謝罪も綴られていた。また、少年は遺書のほかにも、自殺する直前に家族でオーストラリア旅行に行ったときの思い出を記した「旅日記」というものを残していた。アルバムの中からは折り鶴が出てきて、羽根の裏側には家族5人の名前が一羽ずつに記されていた。
それほど家族思いだった彼が、不可解なことに、遺書のなかで「僕からお金をとっていた人たちを責めないで下さい」と、憎くてたまらないはずの加害者生徒たちをかばうようなことを書いているのだ。語り口も、重々しいだけでなく「あ、そうそう!」とか「しくしく」など、どことなく軽いノリになっているところもある。
そうしたところに小林さんは、家族にも本音を吐露できない彼の矛盾や葛藤のようなものを感じとった。そして、遺書に不可解な物言いが多いのは、本当のメッセージが行間に隠されているからではないかと考えた。それが動機となって、この事件の取材を始めるのだ。
当時、講談社には『現代』というノンフィクションやジャーナリズムに特化した月刊誌があった。小林さんはその編集長に直談判して、事件についての記事を執筆することになったのである。
後編記事<「学校叩き」「被害者遺族バッシング」…中学生いじめ自殺事件を取り巻く「空気」という問題>へ続く。
ライター
武田 砂鉄
SATETSU TAKEDA
PROFILE
1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年からライターに。『紋切型社会』で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。他の著書に『コンプレックス文化論』『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』『べつに怒ってない』『今日拾った言葉たち』『父ではありませんが』『なんかいやな感じ』『テレビ磁石』などがある。週刊誌、ファッション誌、webメディアなどさまざまな媒体で執筆するほか、ラジオ番組のパーソナリティとしても活躍している。
【もっと読む】息子の「死をむだにしたくない」という両親の想いもむなしく…いじめで同級生を自殺させた「4人の中学生」の「それぞれの反応」