兵庫県立大学の授業料無償化、若者・Z世代への支援……。
県議会で3月24日に可決された総額2兆3582億円の2025年度一般会計当初予算には、知事の斎藤元彦の肝いり施策が盛り込まれた。
斎藤が昨年9月末に失職し、11月に再選するまでの約50日間、県政には「知事不在」の期間が生じた。斎藤は予算案を発表した今年2月の記者会見で「私が不在の間も、多くの県職員が準備し、しっかり予算編成できた」と胸を張った。
ただし、県立大の授業料無償化は24年度に始まっている。25年度予算には、既定路線の事業も多かった。ある自民党県議は「新味に欠ける。知事が不在だった影響は如実に出ている」と指摘した。
20年続いた前知事時代からの「刷新」を掲げ、21年の知事選で初当選した斎藤は、前知事が批判を受けた公用車をトヨタの最高級車「センチュリー」からミニバン「アルファード」に変更。行財政改革にも力を入れ、県の貯金に当たる財政基金は23年度末で127億円となり、就任時の約4倍となった。
一方で、積み残された課題も多い。その一つが、新庁舎整備だ。
県庁舎の一部に耐震強度不足が判明し、県は前知事時代に高層ビルなどへの建て替え構想を公表した。斎藤は就任後、財政難を理由に白紙に戻し、23年には在宅勤務を増やすなどして対応する考えを示した。
ところが、職員アンケートでは在宅だと業務効率が「低下した」との回答が多く、斎藤は再選後、予算を抑えたコンパクトな新庁舎を建設する案を公表。基本構想はまだできておらず、着工は28年度以降になる見通しだ。
知事選期間中、斎藤を応援するSNSでは、1期目の公約達成率として98・8%という数字が拡散された。実はこれは「達成・着手率」で、わずかでも着手していればカウントされる。実際の「達成率」は27・7%で、今後が正念場となる。
◇
今後の県政運営で鍵となるのが、県職員や県議会との関係構築だ。
県の第三者委員会が3月19日に公表した内部告発問題の調査報告書について、斎藤は1週間程度、複数の県幹部と協議を重ねていた。報告書では斎藤に関する10件のパワハラと、内部告発を巡る県の対応の違法性が認定された。
県関係者によると、県幹部は、これまでの対応を見直し、斎藤の報酬カットや、告発者の前県西播磨県民局長(昨年7月に死亡)が受けた懲戒処分を一部撤回することを進言したという。
しかし、斎藤は3月26日の記者会見で、パワハラは認めて謝罪したものの、内部告発への対応は「適切」という言葉を10回ほど繰り返し、考えを変えなかった。
会見を見届けたある県幹部は「こんな調子では、誰もついていけない」とため息をついた。別の幹部は「知事選で『民意』を得たから、強気で同じコメントを繰り返す。とても誠実とは言えない」と語った。
◇
斎藤が再選直後に「準備を進める」と明言した若手・中堅職員との意見交換会は、3月中旬時点で開催されていない。昨年末には部長らを集めた懇親会を開いたが、参加者の1人は「自ら積極的に会話をする様子はなく、重苦しい雰囲気だった。コミュニケーションはむしろ悪化した気がする」と話す。
昨年9月に不信任決議を突きつけた県議会との関係も、改善の兆しは見えていない。
2人の副知事のうち、議会との折衝を一手に担っていた片山安孝は昨年7月、内部告発への対応で混乱を招いた責任を取るとして辞職したが、後任は約8か月が過ぎても決まっていない。県幹部の1人は「今、火中の栗を拾いたがる人などいない」と話す。
斎藤は3月26日夜、自民県議団が開いた懇親会に参加したが、ここでも口数は少なく約40分で退席したという。あるベテラン県議は「本当にこれからこの人とやっていけるのか」とぼやいた。
斎藤は21年の知事選前、読売新聞の候補者アンケートに、4年後の県の姿について「県庁内を明るく風通しのいい組織にしていく」と答えていた。
まもなくその「4年後」を迎える。混迷を抜け出し、県政をどう前に進めるのか。方向性は見えてこない。
斎藤知事が第三者委員会の結論を正面から受け入れなかったことで、職員は「知事は反省しておらず、何も変わっていない」と考える可能性がある。職員が不安を抱えたままでは、自由闊達(かったつ)なコミュニケーションが生まれる職場にはならない。県政の課題を解決し、成果を出そうと思うなら、リーダーは周囲の意見を尊重するべきだ。職員が意見を言いやすい雰囲気をつくり、組織の一体感を高めていく必要がある。
(敬称略、おわり)