ここ最近、熊を駆除すると、その自治体とハンターに対し、主に別の自治体の住人から抗議とクレームが寄せられることが常態化している。ネット上では「部外者が勝手なこと言うな」「だったらお前が熊を飼え」「お前の知人が熊に殺されてもクレームしろ」などと抗議者・クレーマーに対して正論がぶつけられる。
安全地帯から発される過剰な動物愛護は、社会的コンセンサスを得にくいことは分かってもらいたいのだが、この手のノイジーマイノリティによる抗議電話が、役所の業務を妨げる事態になっている。【中川淳一郎/ネットニュース編集者】
【写真】「テカミ」「ユビカミ」の別名も…クリクリとした目が可愛い「イトヒキハゼ」の姿
なぜ、この手の人はいちいち抗議をするのか? その理由の一つは、自分が住んでいるエリアに害獣がいないということにあるだろう。さらに「動物園で見るとかわいい動物だから」、その動物をモチーフとした「キャラが好きだから」、もしくは「知能が高いとされているから」といった見解によるところが大きいはずだ。人間の活動範囲が広がり、里山の生態系はバランスを崩している。その影響もあり、住み処を追われた野生動物が人里や市街地に現れ、人々の生活に危機をもたらす場合、駆除するというのが食物連鎖の頂点に立つ人間の役割である。「誠意をもって話せばわかる」が人間相手にも通じないことがあるのに、まして獣にそんなものは通用しない。
確かに人間は自然環境を破壊している。そして、動物・魚介類・さらにいうと植物を食べて生きている。そうしないと死ぬからだ。しかし、クレーマーはこの自然の摂理を「かわいい」という理由で否定する。そこで、クレームの対象になりやすい生き物を分類してみる。なお、条例により駆除が制限される動物についてはここでは触れない。また、誤って動物をひき殺すケースも念頭に置いていただきたい。
【かわいいから・キャラが好きだから】熊、ウリボウとウリボウを連れた親猪、鹿、ヤギ、アライグマ、イタチ、ハクビシン、タヌキ、カラス、カルガモ、ウサギ、ヌートリア
【知能が高いとされているから】クジラ、イルカ、猿
【人間とあまりに近い関係だから】犬、猫、インコ、馬、錦鯉、金魚、オウムなどである。
これらの動物が殺害される動画がネットに投稿されると、しばしば大炎上する。
一方、食料として一般的で「おいしい」とされる生き物(牛、豚、鶏、羊、魚介類全般、鶏卵、魚卵など)については、クレームは少ない。ただし、子豚、子牛、ヒヨコに対しては「かわいそう」と感じる人もいるだろう。
一方、【いくら殺してもクレームが入らない】生き物もいる。以下がその例だ。
ゴキブリ、蠅、コバエ、カラス、ダニ、ノミ、ボウフラ、イナゴ
また、特定外来種として駆除(または食用)が推奨される生き物(ブラックバス、ブルーギル、ミシシッピアカガメ、アメリカザリガニ、ウシガエル、カミツキガメ、キョン)も、クレームの対象になりにくい。ただし、子亀は「かわいそう」と思われる場合がある。
2021年、イギリスではロブスターやイカ、タコが「痛みを感じる」として、茹でて殺すことを禁止する法案が検討された。法案は成立していないが、確かに多くの生き物は痛みを感じる可能性がある。私は釣りが趣味だが、針が喉に引っかかった魚が「グーグー」「キューキュー」と鳴くのを聞くたびに、「ごめんね、すぐ取るから」と謝る。しかし、暴れる魚の針を外すのは簡単ではない。特にフグは針を丸呑みするため、外すのに苦労する。腹を膨らませ、ギューギュー鳴きながら恨めしそうに見つめる姿は印象的だ。イトヒキハゼは口に手を入れるとザラザラの歯で噛みつき、「テカミ」「ユビカミ」と呼ばれる理由がよく分かる。
そしてハゼやカサゴ、ハタ類は大きくクリクリした目、巨大でぼってりとした口はかわいい。だが、人間は彼らを容赦なく食べてしまう。それは、哺乳類と魚介類(虫)の違いなのではないだろうか。
哺乳類に対しては殺すのを躊躇してしまうし、「なんてかわいそうな」という気持ちになる。一方、魚を釣り上げた時、いきなり頭を上の方に折って血を抜いてそのまま氷に入れてしまうことがある。こうすると味が良くなるからである。魚の場合は血が出ても神経に針金を刺してもあまり心が動かない。しかし、合鴨を絞めた時は、「一線を越えた」と思った。
合鴨農法で米を作っている農家へ収穫後に行ったのだが、鴨を捕まえてまずは両脚を縛る。それをぶら下げ、頭の方に血をまわし、頸動脈をナイフで切る。すると血が噴き出るのだが、これをやった時は、友人と「魚の時とは違う一線を越えたな……」と互いに感想を述べあった。その後は、首を完全に切り落とし、毛をむしって精肉だけにして家に持って帰ってカレーにして食べた。あの時の鴨のうらめしそうな眼も忘れられない。
なぜ鴨を殺したかといえば、そのまま翌年の稲作時期まで飼うと新たな鴨を春に買うよりもコストがかかるからである。米を収穫するために散々鴨に助けてもらって最後は「エサ代がかかる」で切り捨てる。これが人間の性だ。
というわけで、結局生き物の命を奪うにあたっては、明確な基準はなく、個々人の感情次第なのだ。クレームをつける人は、自分の感覚を人間社会全体の利益と反して押し付けている。熊は、「プーさん」や「くまモン」ではない。アライグマも「ラスカル」ではないのだ。クレーマーはご自身の脳内の「お花畑」な感覚を、市民を守ろうとする自治体やハンターにぶつけるべきではない。
ネットニュース編集者・中川淳一郎
デイリー新潮編集部