「老後2,000万円問題」が話題になって久しいですが、夫婦で将来のお金についてきちんと話し合えているでしょうか。「貯蓄はパートナーに任せているから大丈夫」という思い込みが、思わぬ落とし穴になることも。
「あの人の『心配ない』ほど、あてにならない言葉はありませんでした。本当に、ビンタの一発でもかましたい心境です」
やり場のない怒りと悔しさを滲ませながら語る、高橋恵子さん(65歳・仮名)。そう言わせたのは、3つ年上の夫、正さん(68歳・仮名)の「老後資金は大丈夫」というひと言でした。
総務省『家計調査 家計収支編 2024年平均』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の消費支出は25万6,521円。黒字率は▲15.3%なので、可処分所得は22万2,481円ほどになります。平均的な高齢夫婦であれば、毎月3万円ほど赤字になる計算です。一方、高橋さん夫婦の収入は年金のみですが、共働きだったこともあり月30万円ほど。可処分所得(≒手取り)は25万円ほどです。年金が頼りの同年代の夫婦に比べると余裕はありますが、現役時代と同じような感覚ではいけません。
「だからこそ、現役時代にしっかりとお金を貯めないといけない。夫婦の共通認識だと思っていたんですが……そもそも家計管理の仕方が間違えていました」と、恵子さん、後悔をにじませます。
結婚後の家計の管理をどうするか。夫婦ごとに方法はさまざま。株式会社400F『オカネコ 結婚に関する意識調査』によると、共働き夫婦のお金の管理方法について、全体では「お財布は別々」が54.0%、「お財布は一緒」が42.2%をやや上回りました。結婚した年代別では、昭和婚は「お財布は一緒」が多い(別々45.5%/一緒54.5%)、平成婚は「お財布は別々」が過半数(別々51.1%/一緒44.7%)、令和婚は「お財布は別々」が圧倒的(別々73.0%/一緒21.6%)という結果に。共働きの増加により、夫婦それぞれが経済的に自立する傾向が強まり、「財布は別々」が新しいスタンダードになりつつあります。
高橋さん夫婦は「役割分担型」。日々の生活費は恵子さんがやりくりし、将来を見据えた貯蓄は正さんが担当。子どもの教育費や老後資金はしっかり正さんが積み立てる――結婚当初からの夫婦の決めごとでした。しかし正さんは、現役時代からとにかく「外づらのいい人」だったと恵子さんは振り返ります。会社では人望が厚いと評判で、後輩や部下を引き連れては頻繁に飲みに行き、気前よく奢っていました。
「『これも将来への投資だ』『俺は人望があるから、困ったときには誰かが助けてくれる』が口癖でした。確かにお金に細かい人よりはいいのかもしれませんが……私がお金のことで少しでも苦言を呈すと、『男の付き合いに口を出すな』と不機嫌になるばかりで」
しっかりと話し合うことはできませんでしたが「夫婦だし、信じるしかないなと思って、何もいわなくなったんです」と恵子さん。冒頭の「老後資金は大丈夫だ」のひと言を信じることにしたのです。
だからこそ、恵子さんが60歳で定年を迎え退職金を受け取った際、正さんから「老後資金はまとめて管理しよう」という申し出に、一抹の不安を感じながらも「そうね」と任せたといいます。しかしそれがすべての過ちの始まりでした。
数年前、家の外壁塗装でまとまったお金が必要になった際、恵子さんは貯蓄額を尋ねました。しかし、正さんは「いくらだったかなあ。銀行に任せてるから大丈夫だ」とはぐらかすばかり。不安が大きくなるなか、最悪の形で現実のものとなります。
決定的な出来事は正さんがインフルエンザで寝込んだ日に起きました。税金の支払いのため、正さんから預かったキャッシュカードで現金を引き出した際、明細に印字された預金残高を見て、恵子さんは我が目を疑ったのです。
「そこにあったのは、私が想定していた金額の半分にも満たない数字でした。信じられず、通帳を二度も三度もみてしまいました」
帰宅後、恵子さんは机の引き出しの奥に隠されていた預金通帳を探し出しました。そして、そこに記帳されていた取引履歴を見て、さらなる衝撃を受けます。数十万円単位のお金が、数年にわたって何度も同じ個人名義の口座に振り込まれていたのです。その名前は、正さんの弟のものでした。
「夫を問い詰めると、渋々認めました。弟さんの事業がうまくいかず、資金繰りが苦しいと泣きつかれ、これまで何度もお金を貸していた、と。しかも、『お前の退職金も少し足させてもらった……でも、あいつも頑張っているんだ。いつかきっと返してくれる』なんて」
人に頼られると断れない。困っている身内を見過ごせない。それは一見すると優しさや人情味に溢れた行為に思えるかもしれません。しかし、何の相談もなく、妻の退職金にまで手をつけていたとなれば、裏切り以外の何物でもありません。
「信じた私がいけなかった……今さらながら痛感しています。『心配ない』という楽観的な言葉を鵜呑みにせず、もっと早く、通帳を自分の目で確認すべきでした」
この一件以来、家計管理は恵子さんがすべて行うことになったといいます。
[参考資料]
株式会社400F『オカネコ 結婚に関する意識調査』