「なんとなく気分が沈む」「朝起きるのがつらい」、でも「うつ病」というほどではない。そんな“隠れうつ傾向”を抱える人が増えています。責任感の強さゆえに無理を重ね、自分の不調に気づきないことも少なくありません。そこで今回は、自分自身の心の状態を知るためのセルフチェック方法や、専門家に相談すべきタイミングについて、種市摂子先生に詳しくお話を伺いました。

監修医師:種市 摂子(Dr.Ridente株式会社 代表取締役)
香川大学医学部、名古屋大学医学部大学院卒業。救急医療、脳神経外科診療、睡眠診療、精神科診療などを経て、予防医療を目的に、2008年より産業医サービス提供開始。これまでに、楽天株式会社をはじめ、IT企業、ベンチャー企業、IPOを目指す企業を中心に、650事業所以上を支援、ハラスメントゼロ・休職者ゼロのカスタマーサクセスにつなげている。日本精神神経学会専門医・指導医。Well-being向上委員会委員、日本スポーツ精神医学会会員、日本精神神経学会(精神保健に関する委員会委員)、健康経営アドバイザー、睡眠衛生コンサルタント、ストレングスファインダー認定コーチ、日本産業精神保健学会優秀賞、T-PEC優秀専門医。
編集部
はじめに、「隠れうつ傾向」とはどのような状態を指すのか教えてください。
種市先生
「隠れうつ傾向」とは、明確なうつ病と診断されるほどではないものの、内面では疲労感や無気力、不安、焦りなどの不調を抱えている状態を指します。本人が「気のせい」や「甘え」と捉えて我慢していたり、周囲から元気に見えたりして気づかれにくいのが特徴です。特に責任感が強く、頑張りすぎる人ほど発見が遅れがちです。この状態を放置すると本格的なうつ病に進行する恐れがあるため、早めに自分の心身の状態に気づき、ケアすることが重要です。
編集部
「隠れうつ傾向」の人は、どのくらいの人数がいると考えられていますか?
種市先生
「隠れうつ傾向」の人の正確な人数は明確ではありませんが、厚生労働省の調査や国際的な疫学研究によれば、うつ病の有病率は日本で約6~7%とされています。そのうち、医療機関を受診していない潜在的なうつ状態の人は約半数にのぼると推定されているので、日本国内では約300万人以上が「隠れうつ傾向」にある可能性があります。本人も自覚がないケースが多いため、周囲の理解や社会全体での早期発見・予防の仕組みが重要とされています。
編集部
自分自身がうつ傾向であると気づくことは難しいことなのでしょうか?
種市先生
自分自身がうつ傾向にあると気づくのは、じつは簡単ではありません。うつ状態は、気分の落ち込みだけでなく、疲れやすさや集中力の低下、睡眠や食欲の乱れなど、身体的な症状として現れることも多く、本人は「疲れているだけ」「頑張れば大丈夫」と思い込んでしまいがちです。特に責任感が強い人ほど無理を重ねて気づきにくくなります。小さな変化を見逃さず、「最近笑えていない」「好きなことが楽しめない」と感じたら、早めに信頼できる人や専門家に相談し、自分を客観的に捉える視点を持つことが大切です。
編集部
「隠れうつ傾向」の状態を放置するリスクについて教えてください。
種市先生
「隠れうつ傾向」の状態を放置すると、心身に慢性的な負荷がかかり、やがて本格的なうつ病や不安障害などへ進行するリスクがあります。また、集中力や判断力の低下により仕事のミスが増え、人間関係にも悪影響を及ぼすことがあります。さらに、不眠や過食・拒食、頭痛・腹痛など身体症状が悪化し、生活の質が著しく低下することもあります。早期に自分の変化に気づき、適切なサポートや医療につながることが、深刻化を防ぐために極めて重要です。
編集部
「隠れうつ傾向」をセルフチェックするためのチェックリストはありますか?
種市先生
◆PHQ-2 セルフチェック過去2週間の間に、どの程度以下のことがありましたか?
物事に対して、これまでのような興味や喜びを感じられなくなった
気分が落ち込んだり、憂うつになったり、絶望的な気持ちになった
各項目について、以下の4つから該当するものを選びます0点:まったくない1点:数日間あった2点:1週間以上あった3点:ほとんど毎日あった
◆判定合計が3点以上の場合、うつ傾向がある可能性があり、何らかのストレス対処行動や専門家などへの相談が推奨されます
編集部
セルフチェックのためのチェックリストはどのように解釈すると良いでしょうか?
種市先生
セルフチェックはあくまで「気づきのきっかけ」として活用するのが適切です。たとえばPHQ-2のような信頼性のある簡易テストで合計3点以上の場合、うつ傾向の可能性があるとされ、専門的な評価が推奨されます。チェックリストは診断ではなく、心の状態を振り返る手段です。無理に自己判断せず、不安があれば、信頼できる人や医療機関で専門家に相談することが大切です。
編集部
「うつ傾向」を抜け出すために、自分自身でできることはありますか?
種市先生
「うつ傾向」を抜け出すためには、まず自分の心身の変化に気づき、「無理をしすぎていないか」「感情を抑え込んでいないか」と振り返ることが大切です。十分な睡眠・栄養・適度な運動といった基本的な生活リズムを整えることは、脳の働きを安定させ、回復を助けます。また、信頼できる人に気持ちを話すことも有効です。完璧を求めすぎず、自分を責めないことが、回復への第一歩になります。改善が見られない場合、一人で抱え込まず、早めに信頼できる人や専門家に相談することをおすすめします。また、chatGPTなど、AIに相談してみることも選択肢になるでしょう。
編集部
「うつ傾向」の状態でも専門的な治療は必要なのでしょうか?
種市先生
「うつ傾向」の段階でも、専門的な治療や支援が有効です。初期のうちに医師やカウンセラーに相談することで、生活習慣の見直しやストレス対処法の指導など、軽度のうちに回復を図ることができます。放置すると、本格的なうつ病に進行するリスクがあるため、早期の対応が重要です。治療といっても、必ずしも薬物療法が必要なわけではなく、心理療法やライフスタイルの調整だけで改善するケースも多くあります。一人で抱え込まず、専門家の意見を活用しましょう。ほかにも、chatGPTなどAIへの相談も良いでしょう。
編集部
どのようなタイミングで専門家に相談すべきでしょうか?
種市先生
専門家に相談すべきタイミングは、「以前のように物事を楽しめない」「仕事や日常生活に支障が出ている」「気分の落ち込みが2週間以上続いている」などの状態があるときです。また、「眠れない」「食欲がない」「人と関わるのがつらい」といった身体や行動の変化も重要なサインです。軽い不調と思っても、早めに相談することで重症化を防げます。chatGPTなどAIへの相談でも不調が解決しない時や判断に迷った時が、相談に適したタイミングです。一人で抱え込まず、専門家の力を借りましょう。
うつ病の一歩手前ともいえる“隠れうつ傾向”は、自覚が難しいからこそ見過ごされがちです。心のサインに早く気づくことが、深刻な不調を防ぐ第一歩になります。今回ご紹介したセルフチェックを通じて、少しでも「自分らしさ」に違和感を覚えたら、無理をせず、周囲や専門家に相談してみてください。本稿が読者の皆様にとって、自身の心と向き合うきっかけとなりましたら幸いです。