訪日ブームで中国人インバウンドは昨年700万人に迫り、今年はコロナ禍前を超えると予想される。そんな中、日本でエイズ患者が増えるのではという懸念が。香港紙は、東京は「アジアの新しいセックス観光の首都?」と報じた。性風俗からエイズがまん延するのか。【譚 ろ美/ノンフィクション作家】
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中国では、HIV陽性者が累計で140万人に達している。特徴的なのは若年層(20代~30代)と高齢層(60代~80代)の両極が突出していて、グラフにすると「M字形」になっていることだ。特に高齢者は、昨年1年間だけで約3万7000人の新規感染者が報告され、全体の感染者の約4分の1を占めており、世界でも珍しい傾向を示している。感染経路は、若年層が同性間の性交渉によるものが多いのに対し、高齢者は異性間の性交渉によるものが多い。どちらも80%以上が男性で、増加傾向にある。
エイズ患者は「HIV陽性者」と「エイズ発症者」の総称だ。「HIV陽性者」は、検査で感染が判明した患者のこと。感染後、数カ月から十数年という潜伏期を経てエイズを発症すると、免疫力の低下でB型肝炎などの病気を併発する場合が多い。
中国のエイズ拡大は経済成長と密接な関係がある。もとはといえば、初期段階だった1989年、雲南省のミャンマー国境近くでヘロインが出回り、使い回しの注射針によって146人がHIVに感染した。それが四川省、新疆ウイグル自治区など貧しい農村部に広がり、80年代以降の経済成長で沿岸部の大都市へと伝わった。農村から都会へ出稼ぎに来る農民工を介して、広東省から上海、北京などの大都市へと伝わったとされる。この時期に性風俗産業が急速に増えたことも要因の一つだった。
90年代に本格的な経済成長が進むと、自由の拡大に伴って増えた離婚、あるいは配偶者との死別で、一人暮らしの中高年男性が増えた。若年層は都会へ出て多忙な日々を送るストレスから同性間の性交渉が増えたとされるのに対して、一人暮らしの中高年男性は性欲発散のために風俗店へ通う。価格は安く、わずか20~30元(約400~600円)。孤独の寂しさを紛らす話し相手を求める場合もあり、特定の相手の元へ通うことが多いという。
広東省の「羊城晩報」によれば、79歳の男性がCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の急性発作で数回入院し、最終的にエイズを発症したが、10年以上一人暮らしで、定期的に風俗店に通っていたという。医師から、いつ感染したのか問われ、「分かりません。相手も50歳から60歳で、コンドームを使ったことがありません」と答えた。中国製の安価なコンドームは使用感が悪く、高齢者同士なら妊娠しないはずだという油断があったからだが、そもそも医療知識が乏しいことが原因だろう。中国では「性教育」は皆無だと言っても過言ではない。
医療現場の偏見もある。妊娠した女性が、HIV陽性者であることを理由に産院から締め出されるケースも多々あった。母子感染による胎児の先天性HIV感染が急増したことから、中国政府は2022年、「エイズ、梅毒とB型肝炎の母子感染撲滅のための行動計画」を採択している。
この計画からも分かるように、中国では、エイズと梅毒とエイズ関連疾病であるB型肝炎を統合して対策を立てている。梅毒は古くから中国の「国民病」だ。戦後一時鳴りを潜めたが、経済発展に伴い復活した。中国国家衛生健康委員会によると、中国の梅毒患者は16年に約44万人に達し、エイズと同時に対策を取っているが今も撲滅には程遠い。
中国政府が隠したがるエイズ・スキャンダルが発覚したのは01年のことだった。90年代半ば、「富める者から先に富め」というトウ小平の大号令の下、地方政府はどこも金儲けに奔走したが、貧しい河南省では農民たちに献血を呼びかけた。「献血」の実態は売血で、河南省政府の重要な収入源になった。河南省の58の行政区で、それぞれ平均2万人が「献血」し、河南省政府はそれを製薬会社に売った。血液・血漿を含む医薬品が飛ぶように売れ、「プラズマ経済」と呼ばれるほど大儲けした。だが、採血時に針を使い回した上、献血者の血液を混ぜ合わせた薬を投与した結果、HIVに感染した患者は推計で約100万人に上り、河南省の農村は「エイズ村」と呼ばれるほどになった。
当時、地元の婦人科医だった高耀潔女史が気付き、中国の保健当局に「エイズ報告」を行ったが黙殺された。河南省政府は高女史を黙らせようと彼女の活動を妨害し弾圧した。彼女はやむなくアメリカへ亡命、海外で中国のエイズ問題を発信し続け、03年、アジアのノーベル賞といわれる「マグサイサイ賞」を受賞した。中国のエイズ禍が世界で知られるようになったのはそのときからだ。
ここから中国はようやく重い腰を上げて本格的にHIV対策に乗り出した。とはいえ、急速に高齢化が進む中国では、今後も若年層と共に高齢者のHIV感染が増加の一途をたどる可能性がある。
それでは世界の趨勢はどうか。国連統計によると、23年現在、世界のHIV陽性者は約3990万人で、前年より約130万人が新たに感染している。
「国連合同エイズ計画(UNAIDS)」は、昨年7月、「今まさに緊急事態:岐路に立つエイズ」と題する報告書を発表。今すぐ世界の指導者たちが十分な資金を確保して行動しなければ、生涯にわたって支援を必要とする患者が2050年までに約4600万人に拡大するとの厳しい見通しを示した。今後エイズを減少できるか、あるいは爆発的に増加するかは各国政府の取り組む姿勢にあり、まさに今が正念場だといえるのだ。
ところが、米国のトランプ大統領は就任後、海外支援は税金の無駄遣いだとして、国連への拠出金を一時凍結したほか、米国の海外支援組織であるUSAIDを活動停止にした。もっともその後、国務省は救命のための人道支援「米大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)」は凍結の対象から除外すると表明した。しかし、米国の資金援助に頼るアフリカでは、エイズ対策の現場で大混乱が広がり、HIV陽性者たちの手元に届くはずの抗HIV治療薬があと2カ月分しかないという。もし今後、PEPFARの資金援助が正式に再承認されなかったり、安定的に継続されなければ、エイズ関連の死者は400%増加して630万人になると国連合同エイズ計画の報告書で指摘されている。
気がかりなのは、「今後、HIV陽性者が2050年にはほぼ倍増すると予想されるのは、アジア・太平洋地域」という指摘だ。日本の状況はどうなっているか。
厚生労働省エイズ動向委員会によれば、23年の新規HIV陽性者は669件、新規エイズ発症者は291件。世界的にみれば圧倒的に少ない数だが、新規HIV陽性者はこの年、6年ぶりに増加傾向に転じている。
ここで気になる情報がある。香港の「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」(電子版、24年11月17日付)は、「ようこそ東京へ:アジアの新しいセックス観光の首都?」という見出しで、日本にある風俗店巡りを目的とした「風俗店ツアー」が、外国人、とりわけ中国人の間でひそかに流行していると報じた。同紙によれば、「日本経済が好景気の時期は、貧しい国の女性が提供する禁じられた快楽のために日本男性が海外に出かけたが、今は状況が逆転した」「円安と日本の貧困増加によって外国人男性が東京に『セックス観光』に来ている」というのである。
実際、日本では中国人専用の風俗店が増えている。
「X」や中国のSNS「ウィーチャット」などには東京の風俗店の宣伝があふれ、中国語版のYouTubeには風俗嬢らしき若い女性の画像がある。昨年11月には、警視庁国際犯罪対策課が、池袋の風俗店「梦巴黎(夢パリ)」を摘発し、中国籍の女性経営者を逮捕。従業員女性16人と経営幹部男女4人も風営法違反幇助(ほうじょ)などの容疑で逮捕された。16人の女性従業員は全員が日本語学校の学生で、経営者の夫は逃走し、すでに中国へ出国したもよう。だが、中国人専門だからといって、安心できない。
在日コミュニティーに詳しい奥窪優木氏は、「中国人専用の風俗店は、客は中国人限定だが、日本人女性が働いているケースが多くあります。そこからHIVが広がる可能性はある」と指摘する。中国の若者のエイズ患者が「日本人を道づれにしてやる!」と豪語し、新宿・歌舞伎町の風俗店をハシゴして、複数のセックスワーカーと性交渉しHIVに感染させたことから、日本人女性のHIV陽性者が1000人まで拡大したという情報もある。
その一方、景気低迷が長く続く日本では、風俗嬢も日本より稼げる海外へ出ていく傾向があり、10日間で800万円稼いだという強者もいる。海外で荒稼ぎする日本人の風俗嬢は、稼いだ金だけでなく、エイズを一緒に日本へ持ち帰ってくる危険性がある。目下、米国政府はこの“出張売春”に対して水際対策を強化し、入国管理当局が日本人観光客の若い女性に厳しく目を光らせている。空港の入国審査では、入国目的や滞在先、滞在期間を問うのが当たり前だが、少しでも態度や答えがあいまいだと、入国を拒否され、強制帰国させられるケースが目立っている。
海外での売春をあっせんするのは、主として中国の犯罪グループで、世界中にネットワークを持ち、出稼ぎ先の国は多数に上るとされる。中国では14年に大々的な風俗産業の摘発が行われ、10万人が検挙された。しかし中国の闇風俗店営業は、日本とは違って「刑事犯罪」ではなく、記録を取られるだけで、すぐに放免される。その一部が中国国内から日本へ流入したのではないかとみられている。
日本でのエイズ感染ルートについて、「来日した中国人から日本人に感染するケースとして心配なのは、風俗よりもむしろ素人の立ちんぼのほうです」と言うのは、前出の奥窪氏だ。
日本の一般的な風俗店は性病に注意して定期的に検査を行うので、むしろ感染リスクは少ないが、勤務時間などに制約がある。そうした制約を嫌って、新宿・歌舞伎町の大久保公園などには、自由に相手を選んで接客できる立ちんぼが増加しているため、素人同士の出会いによる感染リスクが高まっているのだ。
奥窪氏によれば、
「売れっ子は外国人を嫌うけれども、そうでない子は中国人を含め外国人OKの子もいる。また、大久保公園の取り締まりが厳しくなってからは、SNSや出会い系サイトで相手を探すケースが増えています」
訪日して遊びたい中国人も、同じ要領で相手を見つけているようだ。
「今の若い子はHIVに対して、怖い病気だというかつてのような意識が低く、警戒心が薄いですから、感染リスクもあると思います」(同)
東京都保健医療局のホームページによると、23年に東京都に届け出のあった新規HIV陽性者は247件、新規エイズ発症者は55件の合わせて302件だ。8割は日本国籍の男性で、HIV陽性者は20代から30代、エイズ発症者は30代から50代が多い傾向にある。東京都はこれだけでも危機感をもち、西武新宿駅近くなどに検査相談窓口を開き、HIVと梅毒の匿名・無料検査を実施。年間約1万人が血液検査を受けている。
こうした検査を通じて、日本では23年に梅毒感染者が過去最多の1万4906人を記録した。24年もほぼ変わらず、3年連続で1万人を超えている。男性は20代から40代を中心に、女性は20代を中心にして、感染者は増加傾向にある。
「国連合同エイズ計画」が警告するように、2050年にはHIV陽性者がアジア・太平洋地域でほぼ倍増する見込みだ。日本もインバウンドで外国人の訪日客が急増する中、エイズのまん延だけは、是が非でも食い止めなければならない。
譚 ろ美(たんろみ)米国在住のノンフィクション作家。東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒、元慶應義塾大学文学部訪問教授。著書に『中国共産党を作った13人』『革命いまだ成らず』『帝都東京を中国革命で歩く』『中国「国恥地図」の謎を解く』など多数。
「週刊新潮」2025年3月27日号 掲載