瀬戸内海に浮かぶ穏やかな周防大島が、ひそかに注目を集めている。人口わずか14000人余りのこの島だが、平均年収が突如として1100万円を超えたのだ。その理由は、高額納税者が複数人移住してきたためである。全国で移住ブームが続く中、なぜ周防大島町が「“もっている人”から選ばれる島」になったのか。自身も2007年に同島に移住し、現在は移住の相談対応や企画立案を手がける移住アドバイザーいずたにかつとし氏に聞いた。
◆「瀬戸内のハワイ」は常夏なのか?
周防大島町について調べて、目についたのが「瀬戸内のハワイ」というキャッチコピー。たしかに、都会に疲れたら南国のような温暖な気候の中で暮らす生活に憧れる。しかし、この通称の由来には気候以外の理由があるといずたに氏。
「明治時代に、日本とハワイ王国が移民協約を交わして、約4000人もの島民がハワイに移住しました。それがご縁で50年以上にわたってハワイのカウアイ島と姉妹島提携をしており、『瀬戸内のハワイ』と名乗っているんです」
瀬戸内海といえば温暖な気候に恵まれている印象が強いが、一年中常夏気分が味わえるのだろうか。
「本州で雪が降っている時にこちらでは降らない程度で、近隣の県と年間の平均気温では1~2度くらいしか変わらないんですよ」
◆移住先として人気の理由は…
移住の問い合わせでも、ハワイのような気候だと思って相談する人も多いという。でも、実際はそうではないわけで……。なぜ周防大島が移住者に人気で、高額納税者をも惹きつけるのだろうか。いずたに氏が移住相談を始めた10年ほど前は、この島にまだ移住者を引き寄せる魅力はなかったという。
「たしかに綺麗な景色もありますが、僕は『景色で腹は満たされん』と思います。観光客でなく移住者に来てもらうには、稼いでもらわないといけません。観光は思い出を作りますが、移住は人生を作ることになりますからね」
それでも、実際に移住をした一人である彼自身は次のようにも感じていた。
「観光ではなく移住して暮らすので、最終的に大事なのはやっぱり『人』なんですよ。この島の人々は、明治時代からハワイに大勢で出て行くなど、フロンティアスピリットを持っていると思います。だからこそ逆に、『島に移住して来た人々を受け入れる感覚』があるように感じますね」
◆「移住者と地元民の衝突」はこうして起こる
しかし、全国各地で移住者と地元住民とのトラブルや衝突は、枚挙にいとまがない。こうしたことが起こってしまう背景には、次のような状態があるといずたに氏は述べる。
「移住者が地方のコミュニティに入って『こっちの方が合理的ですよ』『今の時代、そのやり方は合いませんよ』と、良かれと思って指摘してしまうケースが多いです。地元の人にしてみれば、毎日のルーティンや馴染みのある文化を否定され、新しいものに塗り替えられようとすると、拒絶反応が起こるのは当然のこと。このような事態を招く背景には、総務省が過疎地域の活性化を目的に、移住者に『地域おこし協力隊』という肩書きを付ける場合もあるので、使命感が生まれて地元のものを変化させようとしてしまうんでしょうね」
たしかにグローバルな視点や時代の潮流を見れば、移住者の意見が正論なのかもしれない。しかし、それを一足飛びにやろうとすると失敗すると同氏は話す。
◆「変化を喜んでもらう」ことが大事
周防大島ではどのようにして地元民が移住者と一緒になって楽しく暮らせる地盤を作り、移住受け入れに必要な「人」の魅力が形成されたのか。いずたに氏は、自身の活動を次のように例えた。

『北風と太陽』のような話で、なかなか根気がいりそうだ。実際に、いずたに氏と同時期に周防大島に移住して来た男性は、数年間かけて周囲の意識を変化させていったという。
「この島はみかんが名産なんですが、その男性が『ぶどう畑をやる』と言い出したんです。みかんなら、現存の畑を引き継げるので1年目から収入がありますよね。でも、ぶどうの場合は苗木を植えるところから始めるので、最初に収穫できるまで3~4年かかります。それでも、開墾からコツコツ頑張っていたら、地元のおじいちゃん達が手伝ってくれるようになりました」
こうした事例をいくつも重ね、地元の人々も「最初は突拍子もないと思っていたけど、耕作放棄地が生き返るんだな」と感じてもらえたという。
「結果的に、移住者と地元の人で試行錯誤しながら力を合わせて『みかん鍋』という新しい名物を作りました」
◆移住者はどんな仕事をしているのか
いずたに氏らの努力と、地元の人々の懐の深さによって、移住先として確固たる地位を築いた周防大島。いずたに氏自身が移住してきた当時は、このような状況になるとは思ってもみなかったという。
「当時はそもそも、地方に移住することは『都落ち』なんて揶揄されてネガティブなイメージがありましたからね」
潮目が変わったのが2015年、第二次安倍政権が「地方創生」をスローガンに地方への移住斡旋に力を入れ始めた。さらに、コロナ禍で都心を避ける傾向と、テレワークの広がりとともに移住者は増えていった。
周防大島にやって来た高額納税者は、IT関連の起業家などとのことだが、移住者はどんな仕事をしている人が多いのか。
「農家になる人が多いですね。銀杏BOYZの元ギタリストのチン中村(現:中村明珍)さんも農業をされていますよ。他には、古民家がたくさん残っているのでそれを改装してカフェやゲストハウスをする人も増えましたね。また、『闇金ウシジマくん』に携わり、『ピックアップ』(ヤングマガジン)にて連載デビューした漫画家の福田博一さんも移住して来られました」(同氏)
◆島の出身を誇れる未来にしていきたい
高額納税者が移住してきたことで、町民税の収入も前年の約4.8億円から約32.2億円へと跳ね上がった。町の税収が増えれば、公共サービスの拡充を求める声も上がることが予想されるが、町の人々はどう考えているのだろう。
「税収が増えたのはありがたいことですが、みな特に大きな何かを期待してはいませんよ。その方々が、来年以降もずっとここで暮らしてくれるという保証はないわけですし。だから町長さんも、そきちんとプールしておくみたいですね」
意外にも堅実な周防大島の人々。では、今後に向けてどのようなビジョンを持っているのか。周防大島出身で東京に出て、Uターンで戻ってきた男性からこんな話を聞いたという。
「彼が『自分が東京に出た頃は、島出身だということは恥ずかしくて言えなかった』と……。そして『自分の子供には、周防大島出身であることを胸を張って言ってもらいたいね』と話していたんです」
この話を聞いてから、「この島の人々のために何ができるか」を考えるようになったと同氏。現在の活動を、今後も道を間違えずに進めたいと決意を語った。今後、周防大島がどのように変わっていくか期待を持って見つめていきたい。
<取材・文/Mr.tsubaking>