リーズナブルな価格で上質なサービスが受けられると、外国人からは驚かれることも多い日本。けれどこの国で生まれ育った私たち日本人のなかには、そういった状況が当たり前だと勘違いし、文句や暴言まで吐き散らすという迷惑な輩も少なくないようだ。 小規模だが農園を営む両親からの援助もあり、40代前半で勤めていた会社を早期リタイアした早生沙織さん(仮名)。両親の農園で採れた野菜を中心に料理を提供する飲食店をオープンさせた。リーズナブルな価格設定にし、母と2人で切り盛り。
◆酔っ払いの50代男性客に困惑
「閉店後は毎日、農園で採れた野菜をネット販売することに注力しました。オープンからしばらくは、経営も順調。お客さんもおいしいと喜んでくれ、充実した毎日を送っていたのですが、夜の時間帯にやってくる50代後半ぐらいの男性客に悩まされるようになりました」
その男性客は、同世代ぐらいの男性と2人でやってきては、焼酎を注文して愚痴を言い合う。さらに2人はお酒に弱いのか、減りがすごく遅く、2杯目の水割りを飲み終える頃にはすっかりベロベロ。そして声も大きくなり、テンションも上がっていくのだ。
「それだけならいいのですが、しばらくすると、提供した料理や店内の雰囲気について罵りはじめるのです。『この店の料理は安すぎて不安』『ヤバイものを使っているかも』とか、冗談でも言ってほしくないようなことばかり。それだけではありません」
◆「酒のつまみだから食べれる料理」
ほかにも、「どうせ捨てるカスみたいな肉や野菜を使っているんだろ」「こんな料理なら、俺でもできる」、「たいしてウマくない」「酒のつまみだから食べれる料理。単体では無理」「安いからしゃーないか」など言いたい放題。
「さらに、暗めに設定している照明についても『ケチケチせずに電気ぐらい明るくしろ!』と調理場に向かって言ってきたり、私たちに直接言ってきたりするのです。母も私も苦笑いしながらあしらい、どうにかその場を切り抜けていました」
精神的にはキツかったが、我慢できたひとつの要因としては、2人の来店時間帯が遅いこと。2人が愚痴りはじめる頃には常連のお客さんがチラホラいるぐらいだったため、心が折れそうになりながらも耐えられたのだ。
◆いつものように料理をけなしはじめた迷惑客
「ただ、2人はガタイがよくてヤンチャな印象の風貌。それもあってか、2人のテンションが上がってくると、店内が静まり返ってしまうのも悩みのタネでした。そんな状態が3か月ほど続いたある日、例の迷惑男性客2人がいつものように来店。料理をけなしはじめました」
その日は迷惑客の男性2名と、いつも食べに来てくれる華奢でおとなしい20代の男性がカウンターで食事をしているだけ。ほかの常連客がいないぶん店内は静かで、男たちの愚痴はいつもより嫌なぐらいよく耳に入ってきた。
「このまま嫌な時間がしばらく続くのかと、母と顔を見合わせたとき、片方の男性が『まぁ、マズイけど、安いからしゃーないか』と爆笑。次の瞬間、カウンターに座っていた常連客のT史さんがスッと立ち上がったのです」
そして、嫌なことばかりを言ってくる迷惑客の席まで歩み寄り、「マズイとか、安いから仕方ないとか文句ばっかり言ってますけど、よく来てますよね?」と聞いたのだ。迷惑客は、軽く腰を浮かせてケンカ腰しになると、「ぁあっ?」と凄む。
◆癒し系男子VS猛獣の店内

けれど常連客はまったく動じていない様子で、「嫌なら、来なければいい。この店だって、あんたらに言いたい愚痴はいっぱいあると思いますよ?」と、冷静に、そしてキッパリとそう続けたのだとか。常連客の言葉は、早生さんが内に秘めていた想いそのものだった。
「そのあとすぐに迷惑客の1人が、『お前、ふざけんなっ……!』と怒鳴りながら常連客に掴みかかったのですが…。常連客はサッとかわして迷惑客の腕を掴むと、『昔、格闘技やってたんだけど、外で勝負してみます?』と静かに言ったのです」
◆安くして文句を言われるのは割に合わない
少しのあいだ空気が凍った時間はあったが、迷惑客は「チッ、クソが! おい、ママ、勘定!」と不機嫌そうに立ち上がり、連れといっしょに逃げるように帰って行ったという。それから2人は店にも来なくなり、早生さんの心配事はなくなったそうだ。
「ただ、あの一件があってから値上げしたので、常連さんたちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。リーズナブルな価格で料理を楽しんでもらいたいという気持ちではじめた店だったのですが、安くして文句や暴言を吐かれるのは割に合わないと思ってしまいました」
今回紹介した迷惑客ほどではなくても、店内で料理やスタッフについて愚痴をこぼしてしまうという人もいるかもしれない。けれど、その心ない一言が、スタッフやオーナーの気持ちを傷つけてしまう可能性もある。そんな当たり前のことを忘れないようにしたいものだ。
<TEXT/夏川夏実>
―[カスハラ現場の苦悩]―