ワイヤー矯正ではないから目立ちにくい。なんといっても「実質タダ」。そんな甘い言葉で多くの女性を誘い続けた歯科クリニックが集団提訴された。被害女性2人が語る卑劣な手口と、治療が止まった後の健康被害を詳報する。
【写真】9月24日、27日、28日と「鋭痛」などの相談のLINEをクリニックに送り返信がない状態。他、歯列が悪くなってしまったという女性「子供の頃からの夢がやっとかなった」。永久歯が生えそろわないうちから、自身の歯並びがコンプレックスだったという都内在住の女性会社員・Aさん(30代)は、2021年7月に歯列矯正を開始した当時、そう心を躍らせていた。

ところがそれから1年半が経った現在、彼女の表情は晴れない。「実は、治療を受けていたクリニックと昨年10月頃から連絡がつかなくなり、2か月に1回受ける予定だった診察の予約もできなくなってしまいました。その後も対応がなかったのですが、今年1月下旬、突然クリニックの閉院を伝える一斉送信メッセージが届きました。支払い済みの治療費187万円については、いまに至るまで何の説明もありません……」(Aさん) 1月26日、全国で複数の歯科クリニックを展開していた「デンタルオフィスX」(以下・X)で、マウスピース矯正の治療を受けていた患者約150人が、同院の医師や運営会社の経営幹部を相手取り、総額約2億円の損害賠償を求める集団訴訟を起こした。 原告側の代理人を務める弁護士の加藤博太郎さんによると「被害者は1500人以上被害総額は20億円以上」という。冒頭のAさんもこの訴訟の原告の1人だ。 被害がこれだけの規模にのぼったのには理由がある。Aさんが経緯を明かす。「2021年5月、インスタグラムに歯科衛生士を名乗る人物から一通のDM(ダイレクトメッセージ)が届いたのが悪夢の始まりです。普段ならスパム類は無視するのですが、そのDMがすすめてきたのは歯科矯正の中でも目立ちにくい、『インビザライン』というマウスピース矯正で、もともと関心があった治療法でした。しかも当月中に契約すれば『モニター』として実質無料になるというんです。経済的な理由で歯科矯正に踏み切れずにいた私はチャンスだと思い、前のめりになってしまいました」 本誌・女性セブンが調べたところ、Xは実際、モニター募集を常時行っていた。しかし、契約を急がせるため、勧誘に際しては毎月「当月限り」とうたっていたようだ。「その後、ビデオ会議で詳細を聞いたのですが、『実質無料』には引っかかる点がありました。治療を開始する前に、187万円の全額を一旦支払う必要があるというのです。ただその支払いには銀行の医療ローンが利用でき、毎月の返済額と同額をXが『モニター報酬』として送金するので、負担はゼロになるとも説明されました。医療機関が嘘をつくなんて疑ってもいない私はその後、ローン審査とXの銀座院での医師の診察を経て、治療を開始しました。医師に言われた通り、理想的な歯並びになることを楽しみに、食事のとき以外は常にマウスピースをつけていました」(Aさん) しかし、治療開始から9か月後に事態は暗転する。「2022年3月に、モニター報酬の支払いが止まったのです。Xからは“ロシアのウクライナ侵攻が原因で、送金システムが停止した”という意味不明の言い訳が一方的に送られてきただけで……」 その後、X側と連絡がつかなくなり、ついには閉院したことで治療が中断してしまったAさん。一方、銀行の医療ローンの毎月の返済額、5万6700円の引き落としだけは続いている。治療前よりも前歯が出てしまった人も Xが患者にもたらしたのは、経済的損失だけではない。 関東在住の女性Bさん(30代)は2020年8月、勤務先に客として訪れた男性営業マンから「担当する院長は日本一。芸能人も施術している」と、院長と芸能人が一緒に写っている写真を見せられた。その勧誘を受け、同年12月からモニターとして治療を開始。しかし、数か月後には、不具合を感じるようになった。「あごの痛みやかみ合わせの悪さが強まってきたので2か月ごとの定期診察の際に訴えたのですが、診察を担当する歯科衛生士は“よくあること”の一点張り。医師に診てもらうことを何度も要求しましたが、かないませんでした。不満を感じながらも治療は続けていましたが、2022年3月にモニター報酬の送金が止まったことで一気に不信感が高まり、ほかの歯科クリニックでセカンドオピニオンを仰いだところ、顎関節症と診断されました」(Bさん) その後、BさんもAさんと同様、Xと連絡が取れなくなり、治療は中断。あごの痛みやかみ合わせの不調は治っていない。しかしそれでも、Bさんはいまもマウスピースをつけ続けている。「マウスピース矯正は、アタッチメントと呼ばれる突起物を歯に装着しているんです。さらに私の場合は、歯列を整えるためのスペースを確保するために歯間を削っている。マウスピースをしていないとアタッチメントが舌や頬の内側に当たって口内が荒れるし、見た目も悪いんです。一刻も早く、ほかの病院で治療を引き継いでもらいたいのですが、Xで組んだローンが80万円以上残っている。そのうえに新たな病院で治療となると、二重ローンになってしまうので経済的に無理。Xには早く治療費の返還に応じてほしいです」(Bさん) 雪下歯科医院理事長で歯科医の雪下明人さんは、Xから見捨てられた患者を診察した際、治療の状況に疑念を持ったという。「その患者さんは、埋伏歯(あごの骨や歯肉の中に埋まって出ていない歯)が歯の移動に干渉して歯列が乱れ、治療前よりも前歯が前に出てしまっている状態でした。埋伏歯はレントゲンで確認できるので、矯正開始前に抜くか引っ張り上げるかをするのが定石。担当医が経験不足だったか、診察がずさんだったかのどちらかでしょう」 被害者の多くが、治療が放置されたままになっていることについても危惧する。「治療が長期間にわたって中断されると、歯の移動が進まないばかりか後退してしまう可能性もある。オープンバイト(かみ合わせが合っていない状態)になっている場合、口呼吸となって歯科疾患以外の不調が出る可能性があるうえ、発音にも影響が出ます」(雪下さん) 加藤さんは、手口のタチの悪さについてこう指摘する。「Xは、多数の営業担当者にSNSや対面で勧誘活動をさせ、少なくとも数万円の成功報酬を支払っていた。患者に対しては魅力的な話ばかりを並べ、契約を急がせるというのが共通する手口。ですが、患者のほとんどとモニター契約を結んでいたのでは利益が上がるわけがない。治療費の一括支払いをさせる新規の患者を獲得し続けなければ破綻する、自転車操業そのもの。 初めから“問題が大きくなる前に稼げるだけ稼いで、逃げる”という計画のもとに行われていた詐欺的商法にほかなりません。モニター報酬の支払い分や人件費などを差し引いても10億円以上は手元に残っていると思われます。人の悩みにつけ込んでいる点も悪質極まりないです」取材・文/奥窪優木※女性セブン2023年3月2・9日号
「子供の頃からの夢がやっとかなった」。永久歯が生えそろわないうちから、自身の歯並びがコンプレックスだったという都内在住の女性会社員・Aさん(30代)は、2021年7月に歯列矯正を開始した当時、そう心を躍らせていた。
ところがそれから1年半が経った現在、彼女の表情は晴れない。
「実は、治療を受けていたクリニックと昨年10月頃から連絡がつかなくなり、2か月に1回受ける予定だった診察の予約もできなくなってしまいました。その後も対応がなかったのですが、今年1月下旬、突然クリニックの閉院を伝える一斉送信メッセージが届きました。支払い済みの治療費187万円については、いまに至るまで何の説明もありません……」(Aさん)
1月26日、全国で複数の歯科クリニックを展開していた「デンタルオフィスX」(以下・X)で、マウスピース矯正の治療を受けていた患者約150人が、同院の医師や運営会社の経営幹部を相手取り、総額約2億円の損害賠償を求める集団訴訟を起こした。
原告側の代理人を務める弁護士の加藤博太郎さんによると「被害者は1500人以上被害総額は20億円以上」という。冒頭のAさんもこの訴訟の原告の1人だ。
被害がこれだけの規模にのぼったのには理由がある。Aさんが経緯を明かす。
「2021年5月、インスタグラムに歯科衛生士を名乗る人物から一通のDM(ダイレクトメッセージ)が届いたのが悪夢の始まりです。普段ならスパム類は無視するのですが、そのDMがすすめてきたのは歯科矯正の中でも目立ちにくい、『インビザライン』というマウスピース矯正で、もともと関心があった治療法でした。しかも当月中に契約すれば『モニター』として実質無料になるというんです。経済的な理由で歯科矯正に踏み切れずにいた私はチャンスだと思い、前のめりになってしまいました」
本誌・女性セブンが調べたところ、Xは実際、モニター募集を常時行っていた。しかし、契約を急がせるため、勧誘に際しては毎月「当月限り」とうたっていたようだ。
「その後、ビデオ会議で詳細を聞いたのですが、『実質無料』には引っかかる点がありました。治療を開始する前に、187万円の全額を一旦支払う必要があるというのです。ただその支払いには銀行の医療ローンが利用でき、毎月の返済額と同額をXが『モニター報酬』として送金するので、負担はゼロになるとも説明されました。医療機関が嘘をつくなんて疑ってもいない私はその後、ローン審査とXの銀座院での医師の診察を経て、治療を開始しました。医師に言われた通り、理想的な歯並びになることを楽しみに、食事のとき以外は常にマウスピースをつけていました」(Aさん)
しかし、治療開始から9か月後に事態は暗転する。
「2022年3月に、モニター報酬の支払いが止まったのです。Xからは“ロシアのウクライナ侵攻が原因で、送金システムが停止した”という意味不明の言い訳が一方的に送られてきただけで……」
その後、X側と連絡がつかなくなり、ついには閉院したことで治療が中断してしまったAさん。一方、銀行の医療ローンの毎月の返済額、5万6700円の引き落としだけは続いている。
Xが患者にもたらしたのは、経済的損失だけではない。
関東在住の女性Bさん(30代)は2020年8月、勤務先に客として訪れた男性営業マンから「担当する院長は日本一。芸能人も施術している」と、院長と芸能人が一緒に写っている写真を見せられた。その勧誘を受け、同年12月からモニターとして治療を開始。しかし、数か月後には、不具合を感じるようになった。
「あごの痛みやかみ合わせの悪さが強まってきたので2か月ごとの定期診察の際に訴えたのですが、診察を担当する歯科衛生士は“よくあること”の一点張り。医師に診てもらうことを何度も要求しましたが、かないませんでした。不満を感じながらも治療は続けていましたが、2022年3月にモニター報酬の送金が止まったことで一気に不信感が高まり、ほかの歯科クリニックでセカンドオピニオンを仰いだところ、顎関節症と診断されました」(Bさん)
その後、BさんもAさんと同様、Xと連絡が取れなくなり、治療は中断。あごの痛みやかみ合わせの不調は治っていない。しかしそれでも、Bさんはいまもマウスピースをつけ続けている。
「マウスピース矯正は、アタッチメントと呼ばれる突起物を歯に装着しているんです。さらに私の場合は、歯列を整えるためのスペースを確保するために歯間を削っている。マウスピースをしていないとアタッチメントが舌や頬の内側に当たって口内が荒れるし、見た目も悪いんです。一刻も早く、ほかの病院で治療を引き継いでもらいたいのですが、Xで組んだローンが80万円以上残っている。そのうえに新たな病院で治療となると、二重ローンになってしまうので経済的に無理。Xには早く治療費の返還に応じてほしいです」(Bさん)
雪下歯科医院理事長で歯科医の雪下明人さんは、Xから見捨てられた患者を診察した際、治療の状況に疑念を持ったという。
「その患者さんは、埋伏歯(あごの骨や歯肉の中に埋まって出ていない歯)が歯の移動に干渉して歯列が乱れ、治療前よりも前歯が前に出てしまっている状態でした。埋伏歯はレントゲンで確認できるので、矯正開始前に抜くか引っ張り上げるかをするのが定石。担当医が経験不足だったか、診察がずさんだったかのどちらかでしょう」
被害者の多くが、治療が放置されたままになっていることについても危惧する。
「治療が長期間にわたって中断されると、歯の移動が進まないばかりか後退してしまう可能性もある。オープンバイト(かみ合わせが合っていない状態)になっている場合、口呼吸となって歯科疾患以外の不調が出る可能性があるうえ、発音にも影響が出ます」(雪下さん)
加藤さんは、手口のタチの悪さについてこう指摘する。
「Xは、多数の営業担当者にSNSや対面で勧誘活動をさせ、少なくとも数万円の成功報酬を支払っていた。患者に対しては魅力的な話ばかりを並べ、契約を急がせるというのが共通する手口。ですが、患者のほとんどとモニター契約を結んでいたのでは利益が上がるわけがない。治療費の一括支払いをさせる新規の患者を獲得し続けなければ破綻する、自転車操業そのもの。
初めから“問題が大きくなる前に稼げるだけ稼いで、逃げる”という計画のもとに行われていた詐欺的商法にほかなりません。モニター報酬の支払い分や人件費などを差し引いても10億円以上は手元に残っていると思われます。人の悩みにつけ込んでいる点も悪質極まりないです」
取材・文/奥窪優木
※女性セブン2023年3月2・9日号