多くの企業が新入社員を迎え入れる春以降、新卒はもちろん、転職してきた人たちで職場の空気は一変する。だが、業務内容や職場環境、対人関係など、人により理由はさまざまだが、せっかく就職したのにすぐに退職してしまう人もいる。 また、なかには「会社を辞めたいが、なかなか言い出せない」ことで悩む人も少なくない。上司に咎められるのが怖い、もう会社には顔を出したくない……そう思っても、なかなか「退職の意思表示」ができず、悶々と仕事せざるを得ないケースもある。 そんななか、にわかに注目されているのが「退職代行サービス」だ。
◆年間1万件以上の相談がある退職代行サービス「EXIT」 従業員に代わって、職場に退職に関する連絡をしてくれるもので、人によっては有給休暇を組み合わせることで、実質的に即日退職が可能になっている。 2017年に日本で初めて退職代行サービスを手がけた「EXIT」は、業界最大手として年間で1万件以上の相談があるという。 同サービスを立ち上げたEXIT株式会社 代表取締役の新野俊幸さんに、退職代行サービスの利用者が増えているワケやその利用実態について話を聞いた。 ◆大手企業とベンチャーで経験した「仕事の辞めづらさ」 新野さんが退職代行サービスの事業を始めたのは、かつて勤めていた企業で「会社の辞めづらさ」を感じていたのが原体験になっているそう。 「新卒でソフトバンクに入社したんですが、毎日上司に怒鳴られていたこともあり、1年足らずで辞めました。ところが、400人いた同期のうち、1年で退職したのは自分含めて2~3人くらいだったんですよ。先輩、上司、友人、親など周囲の誰に相談しても『せっかく大企業に入ったのにもったいない』と引き止められてしまって。 それでも、私の場合は退職できたんですが、営業の同期がストレスで嘔吐するほど大変な思いをしながら働いているのをずっと見ていて、とても辛そうだったんです。会社を辞めるのは『権利』としてあるのに、自分で言えない人は本当にきつい状況に追い込まれると、そのときに感じていました」 新野さんはソフトバンクを退職後、リクルートへ転職する。通信キャリアでの経験から、セキュリティエンジニアとしてポテンシャル採用されたのだ。
しかし、リクルートでも上司と馬が合わず、人間関係の確執から約1年で退職を決意。
「当時の人事から『またお前は逃げるのか』と言われましたが、自分の中では“攻めの辞め方”だと思い、特に気にすることなく次の会社を探そうとリクルートを辞めました。職を転々とする『ジョブホッピング』は、とかくキャリアを汚すと言われていますが、若いうちなら5~6社くらいまでなら、自分と価値観の合う会社に出合うまで、転職を繰り返すのは悪いことではありません。世界的に見ると、1社に長く居続けること自体、珍しいんですよ」
大手企業の次に新野さんが選んだのは新興ベンチャーのサイバー・バズ。インターネット広告を手がける同社は、若手を中心としたベンチャー気質あふれる社風で、新野さんも職場に馴染み、営業では好成績を残した。 他方、「会社への貢献度が高いゆえ、それはそれで辞めづらかった」と新野さんは言う。 「会社の数字を作る人材として、重宝されていたこともあり、『まだ辞めないでくれ』と引き止められ、自分の意向で辞めづらい雰囲気を味わいました。ネガティブな退職理由ではなく、こうしたポジティブなことでも、会社を辞めるのは一筋縄ではいかないことを経験できたのは、今の事業にも生かされていると感じています」
こうしたなか、昨今では退職代行サービスの需要が高まっている理由について、新野さんは「自分が勤める会社の実態が、他社と簡単に比較できるようになったのが大きい」と話す。 「企業のリアルな口コミが載っている『OpenWork』などのサイトを見れば、今の会社と同業種の他社を見比べられますし、最近ではTikTokやInstagramなどのSNSに取り組む会社も多いので、以前よりも情報収集をしやすくなりました。ひと昔前では、入社3ヶ月未満で退職する人は非難の対象にされることも多かったわけですが、今の時代は転職が当たり前になってきています。 例えば、営業という職種で見ても、1日300件テレアポする会社と、ITを駆使して効率的に営業する会社では、後者の方で働きたいと思う人も多いと思うんですよ。こういった仕事の仕方も口コミやSNSを見れば、情報をキャッチアップできるので、それが『職を変えよう、転職しよう』と思うひとつのきっかけになっているかもしれません」
加えて、「メンタルヘルスに悩んで退職に至るケースは6割に上る」と新野さんは続ける。
「些細なミスで上司から叱責され『ダメ社員』のレッテルを貼られてしまうなど、“自分は何もできない”と感じてメンタルを病む人が多い印象を受けています。また、上司に退職を決める権利はないのに、退職届を出しても受理せずに突き返すことが現場では起きていて、なかには未だに破り捨てる会社もあると聞いています。 上司や管理職が高圧的な態度で押さえつけようとする風土がはびこっているからこそ、自分からは何も言い出せずに悩みを抱えている人が、会社と直接やりとりすることが不要な退職代行サービスを使い、迅速に退職手続きを行うような流れができています」
◆転職が当たり前の時代。入社3ヶ月未満の退職が増えるワケ
EXITを使うユーザーの年代は、20代前半の割合が全体の7割を占めるそうだ。その一方、新野さんは「全世代共通している悩みは、先述しているように『退職を切り出せない』こと」だと強調する。 人間関係がうまくいかない、職場での陰口が辛い、上司からハラスメントを受けている、求人票に書いてある労働条件と異なる。こうした理不尽な扱いが、主な退職理由となっている。
「YouTubeやTwitterなど、SNSを使った転職活動もしやすくなり、さらにはブラック企業の悪しき習慣もどんどん表面化されています。つまり、『転職が当たり前の風潮』と『切り替えの早さ』が若者を中心に意識づけされ、早い段階で退職代行サービスを活用し、次の転職先を探すというスタイルが確立されつつあるのではと捉えています」
◆退職代行サービスは“バックレ”よりも安心感がある 会社に退職の意思を伝えない辞め方としては、“バックレる”という手段もある。無断で仕事を休み、何事もなかったかのように消える。 バックレることで、精神的苦痛からいっときは逃れることができるだろう。 しかし、「会社の元同僚と会いづらくなったり、最寄駅に行きづらくなったりと、不安な面が多く残るので、デメリットの方が大きい」と新野さんは説明する。 「退職代行サービスを使うメリットは、何よりも『安心感』があること。自分の代わりに退職代行のスタッフが会社と退職手続きを進めてくれるので、余計な煩わしさや後ろめたさを感じずに退職できます」 今後は「転職だけではなく、フリーランスや起業、留学など、退職者のサポートも手厚くしていきたい」と新野さんは意気込む。 「退職代行サービスを運営していることで、いわば日本中から数多くの退職理由が集まってくるわけです。こうした定性情報を生かし、法人向けに離職率を下げるコンサル事業を手がけてもいい。また、会社の心理的安全性を高めるひとつの方法として、退職代行サービスを福利厚生で提供する構想もあります。これからも事業を拡大していき、より多くの人が退職代行サービスを気兼ねなく使えるような社会を目指していきたい」 会社よりも自分の人生を大事にする。早期離職は決してネガティブなものではなく、新たな一歩を踏み出す選択肢に過ぎない。「転職したい」という思いがあるのであれば、その気持ちに素直になって行動してみるのがいいのではないだろうか。 <取材・文・撮影/古田島大介>
―[すぐに辞めた新入社員]―