年々、増え続けている「熟年離婚」。きゅうくつな生活から解放され、気分はスッキリするかもしれないが、経済面では悲惨な末路をたどりかねないと、著書『何歳からでも間に合う初めての投資術』(ワニブックスPLUS新書)を発表した経済アナリストの佐藤健太氏は指摘する。とくに勘違いされがちな「年金分割」を中心に、熟年離婚のシビアな現実を解説してもらった。
貯蓄、保険と並んで、老後の「生き方」の常識も、マネープランに大きく影響します。
団塊の世代が定年に突入し始めた2005年頃から、「熟年離婚」という言葉が流行し始めました。夫の「職業人」としての卒業と同時に、妻も「家庭人」としての役割を卒業し、これからは家族や子供よりも自分の人生を優先するというものです。
特に妻の立場から、「定年までは何とか我慢して、後は好きにさせてもらう」という文脈で語られることも多くなりました。
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どんなに仲の良い夫婦であっても、長い間にすれ違いが生じることはあるでしょう。子育てや金銭感覚のズレ、あるいは暴力や異性関係などから離婚に発展することもあります。
少子化や晩婚化とともに結婚する人が減少し、それに伴って離婚件数も減ってはいますが、長期間連れ添った後に離別する「熟年離婚」は増加しています。
人生いろいろ、結婚や離婚もいろいろではありますが、熟年での離婚は当初描いていたよりも悲惨な末路をたどりかねないため注意が必要と言えます。
まず、重要なのは「年金」です。夫婦で貯めた預貯金や購入した不動産であれば半分ずつに財産を分けることがありますが、「年金」は必ずしもそうなるわけではないことを知っておく必要があります。
年金は会社員であれば老齢基礎年金(1階部分)と老齢厚生年金(2階部分)の2階建てになっていますが、夫婦が離婚した場合に年金を分ける「年金分割」の対象になるのは2階部分の厚生年金のみです。1階の老齢基礎年金は対象にはなりません。
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仮に夫の年金が「月に25万円」になるとしても、国民年金部分は含まれないため半分の「12万5000円」をもらえることにはなりません。厚生年金は加入記録を分割することができ、夫婦の標準報酬(標準報酬月額・標準賞与額)を合計した上で最大で50%ずつ分けることになります。
この場合、妻が会社員として厚生年金に加入していた期間が短く、専業主婦としての人生が長ければ、会社員としての期間が長い夫から妻に移る分は多くなります。
逆に夫は将来受け取れるはずだった年金額は分割後に減ることになり、老後生活における離婚のマイナス面を痛感するでしょう。
逆に妻の年金は増えることになりますが、喜ぶのは早いと言えます。その理由は、老齢基礎年金は年金分割の対象ではないため、夫が本来受給するはずだった年金額の半分をもらえるわけではないからです。
加えて、厚生年金の分割は「婚姻期間中の標準報酬」が対象です。結婚前や離婚後の標準報酬は対象外となります。
夫がサラリーマンとして22歳から65歳まで44年間働いたとしても、婚姻期間が25年間であれば年金分割の対象となる標準報酬は「25年分」です。
相談者の中には老齢基礎年金も分割になると思っていたり、全期間の標準報酬が対象であると勘違いしていたりする人も見られますが、この点はしっかり押さえておきましょう。
なお、年金分割には「合意分割」と「3号分割」という2つの仕組みがあり、両方に該当する場合は合わせて請求することができます。
「合意分割」は、双方の合意を前提に婚姻期間中の標準報酬合計額の最大50%を受けられるものです。分割割合は協議によって変更可能ですが、調整がつかない場合には裁判所に申し立てて決めてもらうことになります。
一方の「3号分割」は、妻が専業主婦(国民年金の第3号被保険者)だった場合、2008年4月1日以降の夫の厚生年金加入期間は妻の期間でもあるとみなし、夫の標準報酬(婚姻期間中)の半分が分割されます。
こちらは合意なく分割できる上、2つの仕組みに該当する場合は両方とも請求できます。いずれも「離婚後2年以内」に年金事務所に申し出ることが必要となりますので注意しましょう。
離婚すれば窮屈な生活や束縛などから解放され、スッキリした気分になることができるかもしれません。しかし、夫は本来もらえるはずだった年金受給額が減り、老後に描いていた「ゆとりのある生活」は送れなくなる可能性が高まります。
妻が年金分割で受け取れる分は夫が一般的な会社員のケースで月額3万~5万円程度です。もちろん、専業主婦だった人は自身の老齢基礎年金を受け取ることができますが、2つを足しても月額10万円程度では、決して楽な生活を送れるわけではないでしょう。
総務省によると、老後に必要な生活費は独身者で月に約15万円です。離婚や分割協議などで揉めれば裁判費用が必要になり、元妻は老後に夫の収入がなくなれば自分で働く必要も出てきます。
夫婦仲や価値観はそれぞれですが、「離婚貧乏」という最悪の状況を迎えないためにも人生の設計図はしっかりと作らなければなりません。