総工費10兆円の「日韓トンネル」構想 技術的には可能でも必要とは思えない

約40年前に着工したものの停滞している大プロジェクト「日韓トンネル」は、総工費が約10兆円と言われている。1961年に建設開始し1988年に開通した青函トンネルの建設費が7455億円かかったことを思うと、いかに大規模なものかが分かるというものだ。俳人で著作家の日野百草氏が、旧統一教会との接点によっていま注目を集めている日韓トンネル実現の可能性について聞いた。
【写真】ボスポラス海峡トンネル開通式典へ向かう安倍首相 * * *「日韓トンネルですか。調べてみましたけど、日本の技術なら可能です。でも、何もメリットはないでしょう」 海洋土木に強みのある中堅建設会社の施工管理技士が語る。こういった内容では学者より海洋土木の現場を知る技術者のほうが、経験に裏打ちされた肌感など有意に思う。ちなみに本稿、専門用語や業界特有の言い回しなどは適時置き換えている。ヒアリングの本旨はあくまで「日韓トンネルは実現可能か、必要か」という点にある。 日韓トンネルとは日本の佐賀県唐津市から壱岐、対馬を経て韓国の釜山まで海底トンネルでつなぐとされる壮大な計画である。その全容は全長270km、海底距離150km、最大水深170m、予定工費10兆円(諸説あり)とされる巨大プロジェクトであり、今年6月にも「日韓トンネル実現九州連絡協議会」を中心に総会が開かれるなど再び脚光を浴びている。 1980年ごろから計画されていまだに実現を見ないこの計画だが、宮崎県知事に再出馬する予定のタレントで元衆議院議員、東国原英夫も前知事時代の2010年、この日韓トンネルを「僕個人の夢物語」として中国メディア「サーチナ」に熱く語るなど(実際に通るのは佐賀県なのだが……)、当時は九州の政財界を中心に一定の支持を集めていた(今は「反対の立場」と8月25日に釈明)。 一方、韓国側でも世界平和統一家庭連合、いわゆる旧統一教会などを中心として日韓トンネル実現のために資金を集め、関連団体による試掘をおこなったとされる。2008年に自民党の衛藤征士郎(日韓議員連盟)や民主党(当時)の鳩山由紀夫らを発起人とした日韓海底トンネル推進議員連盟が立ち上がり、韓国側にも日韓トンネル研究会(日本にも同名の研究会はある)という旧統一教会による事業団体がある。 こうした熱心な方々には申し訳ないが正直、筆者の感想としては荒唐無稽としか思えない。しかし日本の技術なら可能、とはどういうことか。「日本の海洋土木は世界でもトップレベルです。青函トンネルの時代からずっとそうです」 青函トンネルの開通はよく覚えている。小学生のころ、建築関係の仕事をしていた父に連れられて『海峡』という映画を観た。全体的に冗長なのはともかく、最後の貫通では素直に喜んだ。時を経て1988年3月に青函トンネルが開通、本当にやったんだな、日本は凄いなと思った。日本の海洋土木はいまも世界トップレベル「トルコのボスポラス海峡の海底トンネルも日本が手掛けました。大成建設は世界最深度への沈設も成功させました」 ヨーロッパとアジア(オリエント)を隔てるボスポラス海峡はトルコのイスタンブールにある。この要衝にトンネルを作ることはトルコ150年の夢と言われた。強潮流で水深の深い箇所のあるボスポラス海峡に沈設することは難しいとされてきたが2011年2月、日本は大成建設を中心にこの夢を実現した。「地図に残る仕事」というキャッチフレーズでこのプロジェクトを紹介したCMは記憶に新しいだろう。「ユーロトンネルも日本の技術が貢献しています。川崎重工のTBMが使われています」 かつて「ナポレオンの夢」と呼ばれたユーロトンネルはドーバー海峡、イギリスとフランスの間をつなぐ50.49kmの海峡トンネルである。TBMとはトンネルボーリングマシン(全断面トンネル掘進機)のことで巨大なカッターヘッドで岩盤をドリルのように掘削する超大型トンネル掘進機である。古くからの爆破(発破)作業を伴うことなく高速掘進が可能で、掘削そのものを完成断面にできる。「日本の技術力低下がよく言われますが、海洋土木はいまだに世界トップレベルにあります。個人的には技術面では日韓トンネルの接続は可能だと思います。その意味では、決して荒唐無稽ではありません。しかし実現度としては、おっしゃる通り荒唐無稽でしょうね」 青函トンネルもユーロトンネルも、ボスポラス海峡のトンネルもその膨大な費用と時間に見合うからこそ実現した。日韓トンネルはそれに見合わないということか。「まず地理的な問題があると思います。壱岐、対馬を通って韓国の釜山ですよね。いま見せていただいた東国原さんの『新幹線、あるいは高速道路』という意見をとるなら、それを通したところでどれだけの経済効果があるのか。言い方が難しいですが唐津と釜山ですよね、日本と韓国と大きく置き換えても10兆円でやるか、となる人もいるでしょう」 いずれも重要な都市ではあるが、10兆円の大工事となると確かに難しいかもしれない。「現実のインフラ効果は極めて限定的に思います。ドーバーはロンドンに近いですし、大陸側のカレーもパリはもちろんダンケルクからブリュッセルやロッテルダムもありますよね。多くの国がフランスを通ってユーロトンネルを使うというメリットもあるでしょう。しかし日韓トンネルはあくまで2国間に限った話です。せめて北朝鮮が通れるような国であるなら効果も期待できるでしょうが、現実的ではないでしょう」 なるほど、多くの国と接するからこそ高価な海底トンネルも費用対効果に見合うということか。釜山や唐津がそれぞれ首都に近いのならともかく、地勢的にも10兆円に見合うかどうかは難しいところだろう。何より日本と韓国という国レベルですら「2国間のトンネル」でしかない。日本は単独の島国だし、韓国と中国・ロシアの間は北朝鮮が「うんち」(人気ゲーム『桃太郎電鉄』シリーズで「うんちカード」を使うことにより線路の通せんぼをする「うんち」のこと)のように陸路を通せんぼしている。この状態で日韓トンネルを通しても極めて限定的な2国間のトンネルでしかなくなる。ましてやその「うんち」はゲーム中と違い、いつ消えてくれるかわからない。「これは私の専門外なので一般人の意見として言わせてもらいますが、日韓関係を考えたら10兆円も出してトンネルで繋がりたいか、という意見もあるでしょう。調べてみましたが、なぜか日韓トンネル構想は日本側が言い出したことになっていて、韓国は仕方なく繋がってやるという姿勢のようです。費用面でも日本が不利な条件で、お花畑な日韓友好で血税を出すわけにはいかないでしょう」 前述のようにそれを出したがっている、出したがっていた日本の政治家がいることはともかく、現実的にはそうした反対の声も大きいだろう。費用の負担面でも韓国側が3割、日本側が7割(8割案も)など、なぜか日本の負担が多い計画案が多い。それなのに韓国与党の「共に民主党」は「日本だけに有利な事業」(中央日報、2021年2月8日)として、日本が通したがっているという体にしている。 確かに戦前、大東亜縦貫鉄道という日本と朝鮮半島を結ぶ計画があったが、それは朝鮮半島が日本領で中国の一部も日本の傀儡政権である満州国だったからこそ自国領および属国をつなぐ意味があったわけで、そんな大昔の話を持ち出して「日本がトンネルで韓国と繋がりたがっている」という体をとられても反対する人たちにとっては迷惑な話である。また韓国と北朝鮮はいまだに「休戦」状態である。トンネルとはいえ地続きとなると日本の防衛体制も再構築しなければならない。本当に10兆円でおさまるのか「あと技術的な面ですが、先ほど日本の技術なら『可能』とは言いましたが大変な作業であることは事実です。途中に有用な島を挟むとはいえ青函トンネルの4倍の長さですからね。水深200mの箇所もありますから新たな工法が必要となるかもしれません。コロナ禍ですし作業員の数や安全を考えれば10兆円では済まないと思います」 この10兆円というのも古くから言われているもので、現在の鋼材、セメント材、アスファルト合材など建設資材の高騰をみればその金額で済むとは思えない。ましてやそれだけの大工事をするだけの見返りがあるか、結局のところそれに尽きるのかもしれない。アメリカやロシアにはベーリング海峡にトンネルを作ると称して資金を募る詐欺商法が古くからあるが、日韓トンネルもそれと同じとまでは言わないが、そのベーリング海峡トンネルと同様に「荒唐無稽」であることには変わりがないのかもしれない。「日本のゼネコン、マリコンもそれだけの大きな仕事があれば受注したいでしょうし、施工管理者や作業員たちもやるからにはやってやる、とはなるでしょう」 巨大プロジェクトに夢を見るのは、技術者として当然かもしれない。「でも日本の状況を考えれば『ほかにすることはないのですか』でしょう。福岡から釜山まで飛行機で50分とかですよ。関空なら1時間半、成田でも2時間半です。東京から博多まで新幹線で移動する人が少ないのに、日韓トンネル通したとして、東京から釜山、ソウルまで電車で行きますかね、物見遊山か一部のマニアでもなければ使わないと思いますよ」 計画によれば日韓トンネルを新幹線が走れば1時間15分ほどで結ばれるという。東京から博多まで新幹線「のぞみ」で単純計算して約5時間+1時間としても、6時間以上もかけて釜山に行くひとはあまりいないように思う。国土交通省によれば東京から福岡は飛行機移動が90%を超える。また物流面のメリットで言えばコンテナ海運が主流の中、いまさら10兆円かけて貨物列車というのもこの計画のみで考えれば非現実的だろう。「せっかくなのでもうひとつ、個人的な意見を言わせてもらえば日本の海洋土木の技術的の向上や、他国への技術面での売り込みという点ではこれだけの空前絶後のプロジェクト、価値があるとは思います」 確かに、青函トンネルにもその意味はあった。世界に日本の海洋土木技術を見せつけた。「それなら壱岐を経由して対馬まででいい、という考え方もあります。最初から採算度外視なら日本の技術向上と国防のために対馬まで東水道(対馬海峡の日本側)のみ海底トンネルを作るというのもありだと思います」 対馬市議会は2013年に日韓トンネルの早期実現を求める意見書を採択している。対馬は韓国人の人気観光地として知られるが、古くから日本を守る国防の島でもある。しかし人口はピーク時の7万人から3万人あまりとなってしまった。「実のところ、技術的に一番ハードルが高いのは対馬から釜山の深度だと思うのです。ルートにもよりますが西水道(対馬海峡の韓国側)は200メートル級の深度で遮られています。東水道なら深いところでも100メートル前後、これでも大変ですが、やる前提なら対馬まででよいのでは。もっとも、いずれにしろ資金面で難しいと思いますが」 一部政治家や研究者の間でさかんに起こる「日韓トンネル」計画。しかしネットも含めた一般国民は日韓両国とも反対か興味なし、もしくは「非現実的」と笑うような代物である。 それでも九州の地方議員や研究者を中心に「日韓トンネル推進会議」的な団体があり、今年の6月11日にも「日韓トンネル実現九州連絡協議会」(会長・梶山千里九州大学名誉教授)の総会が開かれている。この計画を本気で実行しようとしている人々もいる。 10兆円で韓国と地続きになるとされる日韓トンネル、このコロナ禍と少子化、福祉政策をはじめとする財政危機の中、本当に必要なのだろうか。(敬称略)【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員、出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
* * *「日韓トンネルですか。調べてみましたけど、日本の技術なら可能です。でも、何もメリットはないでしょう」
海洋土木に強みのある中堅建設会社の施工管理技士が語る。こういった内容では学者より海洋土木の現場を知る技術者のほうが、経験に裏打ちされた肌感など有意に思う。ちなみに本稿、専門用語や業界特有の言い回しなどは適時置き換えている。ヒアリングの本旨はあくまで「日韓トンネルは実現可能か、必要か」という点にある。
日韓トンネルとは日本の佐賀県唐津市から壱岐、対馬を経て韓国の釜山まで海底トンネルでつなぐとされる壮大な計画である。その全容は全長270km、海底距離150km、最大水深170m、予定工費10兆円(諸説あり)とされる巨大プロジェクトであり、今年6月にも「日韓トンネル実現九州連絡協議会」を中心に総会が開かれるなど再び脚光を浴びている。
1980年ごろから計画されていまだに実現を見ないこの計画だが、宮崎県知事に再出馬する予定のタレントで元衆議院議員、東国原英夫も前知事時代の2010年、この日韓トンネルを「僕個人の夢物語」として中国メディア「サーチナ」に熱く語るなど(実際に通るのは佐賀県なのだが……)、当時は九州の政財界を中心に一定の支持を集めていた(今は「反対の立場」と8月25日に釈明)。
一方、韓国側でも世界平和統一家庭連合、いわゆる旧統一教会などを中心として日韓トンネル実現のために資金を集め、関連団体による試掘をおこなったとされる。2008年に自民党の衛藤征士郎(日韓議員連盟)や民主党(当時)の鳩山由紀夫らを発起人とした日韓海底トンネル推進議員連盟が立ち上がり、韓国側にも日韓トンネル研究会(日本にも同名の研究会はある)という旧統一教会による事業団体がある。
こうした熱心な方々には申し訳ないが正直、筆者の感想としては荒唐無稽としか思えない。しかし日本の技術なら可能、とはどういうことか。
「日本の海洋土木は世界でもトップレベルです。青函トンネルの時代からずっとそうです」
青函トンネルの開通はよく覚えている。小学生のころ、建築関係の仕事をしていた父に連れられて『海峡』という映画を観た。全体的に冗長なのはともかく、最後の貫通では素直に喜んだ。時を経て1988年3月に青函トンネルが開通、本当にやったんだな、日本は凄いなと思った。
「トルコのボスポラス海峡の海底トンネルも日本が手掛けました。大成建設は世界最深度への沈設も成功させました」
ヨーロッパとアジア(オリエント)を隔てるボスポラス海峡はトルコのイスタンブールにある。この要衝にトンネルを作ることはトルコ150年の夢と言われた。強潮流で水深の深い箇所のあるボスポラス海峡に沈設することは難しいとされてきたが2011年2月、日本は大成建設を中心にこの夢を実現した。「地図に残る仕事」というキャッチフレーズでこのプロジェクトを紹介したCMは記憶に新しいだろう。
「ユーロトンネルも日本の技術が貢献しています。川崎重工のTBMが使われています」
かつて「ナポレオンの夢」と呼ばれたユーロトンネルはドーバー海峡、イギリスとフランスの間をつなぐ50.49kmの海峡トンネルである。TBMとはトンネルボーリングマシン(全断面トンネル掘進機)のことで巨大なカッターヘッドで岩盤をドリルのように掘削する超大型トンネル掘進機である。古くからの爆破(発破)作業を伴うことなく高速掘進が可能で、掘削そのものを完成断面にできる。
「日本の技術力低下がよく言われますが、海洋土木はいまだに世界トップレベルにあります。個人的には技術面では日韓トンネルの接続は可能だと思います。その意味では、決して荒唐無稽ではありません。しかし実現度としては、おっしゃる通り荒唐無稽でしょうね」
青函トンネルもユーロトンネルも、ボスポラス海峡のトンネルもその膨大な費用と時間に見合うからこそ実現した。日韓トンネルはそれに見合わないということか。
「まず地理的な問題があると思います。壱岐、対馬を通って韓国の釜山ですよね。いま見せていただいた東国原さんの『新幹線、あるいは高速道路』という意見をとるなら、それを通したところでどれだけの経済効果があるのか。言い方が難しいですが唐津と釜山ですよね、日本と韓国と大きく置き換えても10兆円でやるか、となる人もいるでしょう」
いずれも重要な都市ではあるが、10兆円の大工事となると確かに難しいかもしれない。
「現実のインフラ効果は極めて限定的に思います。ドーバーはロンドンに近いですし、大陸側のカレーもパリはもちろんダンケルクからブリュッセルやロッテルダムもありますよね。多くの国がフランスを通ってユーロトンネルを使うというメリットもあるでしょう。しかし日韓トンネルはあくまで2国間に限った話です。せめて北朝鮮が通れるような国であるなら効果も期待できるでしょうが、現実的ではないでしょう」
なるほど、多くの国と接するからこそ高価な海底トンネルも費用対効果に見合うということか。釜山や唐津がそれぞれ首都に近いのならともかく、地勢的にも10兆円に見合うかどうかは難しいところだろう。何より日本と韓国という国レベルですら「2国間のトンネル」でしかない。日本は単独の島国だし、韓国と中国・ロシアの間は北朝鮮が「うんち」(人気ゲーム『桃太郎電鉄』シリーズで「うんちカード」を使うことにより線路の通せんぼをする「うんち」のこと)のように陸路を通せんぼしている。この状態で日韓トンネルを通しても極めて限定的な2国間のトンネルでしかなくなる。ましてやその「うんち」はゲーム中と違い、いつ消えてくれるかわからない。
「これは私の専門外なので一般人の意見として言わせてもらいますが、日韓関係を考えたら10兆円も出してトンネルで繋がりたいか、という意見もあるでしょう。調べてみましたが、なぜか日韓トンネル構想は日本側が言い出したことになっていて、韓国は仕方なく繋がってやるという姿勢のようです。費用面でも日本が不利な条件で、お花畑な日韓友好で血税を出すわけにはいかないでしょう」
前述のようにそれを出したがっている、出したがっていた日本の政治家がいることはともかく、現実的にはそうした反対の声も大きいだろう。費用の負担面でも韓国側が3割、日本側が7割(8割案も)など、なぜか日本の負担が多い計画案が多い。それなのに韓国与党の「共に民主党」は「日本だけに有利な事業」(中央日報、2021年2月8日)として、日本が通したがっているという体にしている。
確かに戦前、大東亜縦貫鉄道という日本と朝鮮半島を結ぶ計画があったが、それは朝鮮半島が日本領で中国の一部も日本の傀儡政権である満州国だったからこそ自国領および属国をつなぐ意味があったわけで、そんな大昔の話を持ち出して「日本がトンネルで韓国と繋がりたがっている」という体をとられても反対する人たちにとっては迷惑な話である。また韓国と北朝鮮はいまだに「休戦」状態である。トンネルとはいえ地続きとなると日本の防衛体制も再構築しなければならない。
「あと技術的な面ですが、先ほど日本の技術なら『可能』とは言いましたが大変な作業であることは事実です。途中に有用な島を挟むとはいえ青函トンネルの4倍の長さですからね。水深200mの箇所もありますから新たな工法が必要となるかもしれません。コロナ禍ですし作業員の数や安全を考えれば10兆円では済まないと思います」
この10兆円というのも古くから言われているもので、現在の鋼材、セメント材、アスファルト合材など建設資材の高騰をみればその金額で済むとは思えない。ましてやそれだけの大工事をするだけの見返りがあるか、結局のところそれに尽きるのかもしれない。アメリカやロシアにはベーリング海峡にトンネルを作ると称して資金を募る詐欺商法が古くからあるが、日韓トンネルもそれと同じとまでは言わないが、そのベーリング海峡トンネルと同様に「荒唐無稽」であることには変わりがないのかもしれない。
「日本のゼネコン、マリコンもそれだけの大きな仕事があれば受注したいでしょうし、施工管理者や作業員たちもやるからにはやってやる、とはなるでしょう」
巨大プロジェクトに夢を見るのは、技術者として当然かもしれない。
「でも日本の状況を考えれば『ほかにすることはないのですか』でしょう。福岡から釜山まで飛行機で50分とかですよ。関空なら1時間半、成田でも2時間半です。東京から博多まで新幹線で移動する人が少ないのに、日韓トンネル通したとして、東京から釜山、ソウルまで電車で行きますかね、物見遊山か一部のマニアでもなければ使わないと思いますよ」
計画によれば日韓トンネルを新幹線が走れば1時間15分ほどで結ばれるという。東京から博多まで新幹線「のぞみ」で単純計算して約5時間+1時間としても、6時間以上もかけて釜山に行くひとはあまりいないように思う。国土交通省によれば東京から福岡は飛行機移動が90%を超える。また物流面のメリットで言えばコンテナ海運が主流の中、いまさら10兆円かけて貨物列車というのもこの計画のみで考えれば非現実的だろう。
「せっかくなのでもうひとつ、個人的な意見を言わせてもらえば日本の海洋土木の技術的の向上や、他国への技術面での売り込みという点ではこれだけの空前絶後のプロジェクト、価値があるとは思います」
確かに、青函トンネルにもその意味はあった。世界に日本の海洋土木技術を見せつけた。
「それなら壱岐を経由して対馬まででいい、という考え方もあります。最初から採算度外視なら日本の技術向上と国防のために対馬まで東水道(対馬海峡の日本側)のみ海底トンネルを作るというのもありだと思います」
対馬市議会は2013年に日韓トンネルの早期実現を求める意見書を採択している。対馬は韓国人の人気観光地として知られるが、古くから日本を守る国防の島でもある。しかし人口はピーク時の7万人から3万人あまりとなってしまった。
「実のところ、技術的に一番ハードルが高いのは対馬から釜山の深度だと思うのです。ルートにもよりますが西水道(対馬海峡の韓国側)は200メートル級の深度で遮られています。東水道なら深いところでも100メートル前後、これでも大変ですが、やる前提なら対馬まででよいのでは。もっとも、いずれにしろ資金面で難しいと思いますが」
一部政治家や研究者の間でさかんに起こる「日韓トンネル」計画。しかしネットも含めた一般国民は日韓両国とも反対か興味なし、もしくは「非現実的」と笑うような代物である。
それでも九州の地方議員や研究者を中心に「日韓トンネル推進会議」的な団体があり、今年の6月11日にも「日韓トンネル実現九州連絡協議会」(会長・梶山千里九州大学名誉教授)の総会が開かれている。この計画を本気で実行しようとしている人々もいる。
10兆円で韓国と地続きになるとされる日韓トンネル、このコロナ禍と少子化、福祉政策をはじめとする財政危機の中、本当に必要なのだろうか。
(敬称略)
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員、出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。