「お前、いつになったら彼女できるんだよ」。飲み会の席で、そんな軽口をたたいた。男性同士で酒を飲みながら話せば、一度は耳にするような言葉。何てことのない一言が、相手を傷つけていることに気付かなかった。
「無知だった。ごめん」 性教育レジェンドの苦い原点 当時、私(記者)は大学4年生。同級生で、恋人のいなかった聡太さん(仮名・24歳)に冗談のつもりで言った。実直な彼は友人たちから好かれていたが、恋人がいないことをよく「イジられて」いた。そのたびに、彼も笑ってやり過ごしていた。

「俺、恋人とか興味持てないねん」。どこか申し訳なさそうに明かしてくれたのは、かなり後になってからだった。 聡太さんは、相手に恋愛感情や性的関心を抱かない「アロマンティック・アセクシュアル」という指向を自認していた。これまで恋人がいないことを冗談にされても「場の空気を悪くするから」と、自分の指向について語ることは避けてきたという。 当時から新聞記者を目指していた私は日々ニュースに目を通し、セクシュアルマイノリティーへの理解もあるつもりでいた。「俺が黙っていれば済むから」。聡太さんの悲しげな笑顔を見ながら、私は自分の軽薄さが恥ずかしくてたまらなかった。 「聞いたこともない」依然多く 近年、LGBTQ(性的少数者)への理解は進みつつあるが、相手に恋愛感情を抱かない「アロマンティック」、相手に性的な関心を持たない「アセクシュアル」といった恋愛・性的指向があることはあまり知られていない。1月には、当事者の男女が同居する姿を描いたNHKドラマ「恋せぬふたり」が放送されるなど、徐々にメディアで取り上げられる機会は増えている。ただ、電通ダイバーシティ・ラボによる2020年の調査では、回答者の約81%が、アロマンティック・アセクシュアルについて「聞いたこともなく、意味も知らない」と回答した。 認知が進んでいないことから、当事者が恋愛や性行為に興味がないことを周囲に明かしても「いつか良い人に出会う」「まだ若いだけ」と理解されにくい。当事者自身も、そういった指向があることを知らず、「自分がおかしいのだろうか」と悩むことが多い。 そんな中、当事者が交流できる場が京都にある。「アセクカフェ雲」は20年に京都市内で始まり、現在は対面とオンラインで月1回ずつ交流イベントを開催している。約2時間、5人ほどの少人数で雑談を楽しむ会では、初めて同じ指向の人に出会い「こんなに同じセクシュアリティーの人がいるんだ」と安心する声も上がるという。そんなカフェの参加条件はただ一つ、「お客同士で性的に発展しないこと」だ。 主宰する、自営業の寺井花子さん(33)は、ルールを設けた理由を「性的な期待を向けられないという前提があると、みんな安心できるから」と話す。自身の性的指向は「他者との性行為を望まない、もしくは愛情表現に性行為を必要としない」と説明する。カフェを始めたのは、自分も性的な期待から解放される場所を求めたからだった。 ただ寺井さんは「他人に対して自分のセクシュアリティーを説明する責任を感じない」として、自身の指向を詳しくは説明していない。カフェでも「自認のゆらぎ歓迎」として、自分の指向がはっきり分からない人も受け入れている。「人はそれぞれ違う」当たり前に 10代のころは「擬態」しようとしていたと、寺井さんは話す。中高生のころ、周囲は恋愛の話でもちきり。友人たちに溶け込むため「普通」のふりをして男性と交際した。「これが恋愛なんだ」。懸命に、そう思い込もうとしていた。 大学生になり、恋人が欲しいと思わないこと、性行為をしたいと思わないことを周囲に明かした。しかし返ってきたのは、心ない言葉ばかりだった。「愛情を知らないからだよ」「病気じゃない?」「生き物の本能なのにおかしい」――。 テレビ番組では、芸能人が「男の家へ行ったのに性行為しないなんて」と女性をちゃかしていた。世の中の全てが、恋愛や性行為を前提にしているように感じ、「自分がおかしいんだ」と罪悪感すら覚えた。 ある時、「恋愛感情 ない」「性行為 したくない」とネットで検索し、アロマンティックやアセクシュアルについて知った。「ちゃんと言葉があるんだ」。それまで自分は普通ではないと思ってきたが、同じ指向の人たちがいることを知って安心できた。 寺井さんは「セクシュアリティーに限らず、人はそれぞれ抱えているものが違う。いろんな可能性があることを想像してほしい」と訴える。これまで出会った人の中には、恋愛や性行為を望まない人、心理的に性行為をできない人、望まないが相手の求めに応じてできる人など、さまざまなタイプがいた。「恋愛や性行為をする人もいれば、しない、望まない人もいるということが、当たり前になってほしい」 性的少数者の支援をするNPO法人「共生ネット」代表の原ミナ汰さん(66)は、アロマンティックは「相手に情緒的な結びつきを感じない」恋愛指向、アセクシュアルは「相手に恋愛感情や興味は持ったとしても性的な関心が起きない。もしくは性欲はあるが、行動には移さない」性的指向と説明する。両方を併せ持つ指向や、限られた人にだけ恋愛感情や性的行動を取る指向もあるが「自分が自由に決めていい」と話す。 原さんは「アロマンティック・アセクシュアルの人が悩むのは、典型的には思春期だ」と指摘する。思春期には仲間内で恋愛に関する話が増え、自分の指向の違いに気付く人が多いからだ。女性は周囲から恋愛話への参加を期待されるためアロマンティックが苦労し、男性は周囲から性的経験の共有を期待されるためアセクシュアルが苦労することが多いという。 男女という性別の枠組みに当てはまらない「ノンバイナリー」を自認する原さんは「性と恋愛は自分の内面のとても大事な部分。そこへ他人に土足で踏み込まれるのは大変な苦痛」とし、「性や恋愛で、自分のものさしを他人に押しつけないでほしい」と訴える。 原さんは、アロマンティック・アセクシュアルの人たちは、ある「長所」を持っていると話す。「異性愛者は、恋愛や性的経験に多くの時間を使って悩む。しかしアロマンティック・アセクシュアルの人はその時間とエネルギーを別のことに使える」からだという。「無理に恋愛をしなくていい。自分が居心地の良い人間関係の中で過ごして」互いに新聞記者の道へ 私と聡太さんは昨年、それぞれ別の新聞社で記者となり、セクシュアルマイノリティーの取材に力を注いでいる。私は無意識に友人を傷つけてしまった後悔から、彼は自身も当事者であり他の人の力になりたいという思いから――。 聡太さんは、これまであまり明かしてこなかった自分のセクシュアリティーを、最近は周囲の人に伝えられるようになったという。「性的指向を明かしても、自分という人間を受け入れてくれる友達がいたから」。またLGBTQの人たちと関わるうちに「これだけいろんなセクシュアリティーがあっていいんだ」と、吹っ切れたとも明かす。 「いつになったら恋人ができるの」。そんな言葉は誰もが耳にし、口にしたことのある人も多いと思う。ただ、そんな悪意のない言葉が、実は誰かを傷つけているかもしれない。 恋愛はしてもいいし、しなくてもいい。同性で愛し合っても、生まれた時の性別と自分の認識が違っていてもいい。誰もが自分を偽らずに生きられるよう、少し立ち止まって、相手の可能性を想像してほしい。【千金良航太郎】
当時、私(記者)は大学4年生。同級生で、恋人のいなかった聡太さん(仮名・24歳)に冗談のつもりで言った。実直な彼は友人たちから好かれていたが、恋人がいないことをよく「イジられて」いた。そのたびに、彼も笑ってやり過ごしていた。
「俺、恋人とか興味持てないねん」。どこか申し訳なさそうに明かしてくれたのは、かなり後になってからだった。
聡太さんは、相手に恋愛感情や性的関心を抱かない「アロマンティック・アセクシュアル」という指向を自認していた。これまで恋人がいないことを冗談にされても「場の空気を悪くするから」と、自分の指向について語ることは避けてきたという。
当時から新聞記者を目指していた私は日々ニュースに目を通し、セクシュアルマイノリティーへの理解もあるつもりでいた。「俺が黙っていれば済むから」。聡太さんの悲しげな笑顔を見ながら、私は自分の軽薄さが恥ずかしくてたまらなかった。
「聞いたこともない」依然多く
近年、LGBTQ(性的少数者)への理解は進みつつあるが、相手に恋愛感情を抱かない「アロマンティック」、相手に性的な関心を持たない「アセクシュアル」といった恋愛・性的指向があることはあまり知られていない。1月には、当事者の男女が同居する姿を描いたNHKドラマ「恋せぬふたり」が放送されるなど、徐々にメディアで取り上げられる機会は増えている。ただ、電通ダイバーシティ・ラボによる2020年の調査では、回答者の約81%が、アロマンティック・アセクシュアルについて「聞いたこともなく、意味も知らない」と回答した。
認知が進んでいないことから、当事者が恋愛や性行為に興味がないことを周囲に明かしても「いつか良い人に出会う」「まだ若いだけ」と理解されにくい。当事者自身も、そういった指向があることを知らず、「自分がおかしいのだろうか」と悩むことが多い。
そんな中、当事者が交流できる場が京都にある。「アセクカフェ雲」は20年に京都市内で始まり、現在は対面とオンラインで月1回ずつ交流イベントを開催している。約2時間、5人ほどの少人数で雑談を楽しむ会では、初めて同じ指向の人に出会い「こんなに同じセクシュアリティーの人がいるんだ」と安心する声も上がるという。そんなカフェの参加条件はただ一つ、「お客同士で性的に発展しないこと」だ。
主宰する、自営業の寺井花子さん(33)は、ルールを設けた理由を「性的な期待を向けられないという前提があると、みんな安心できるから」と話す。自身の性的指向は「他者との性行為を望まない、もしくは愛情表現に性行為を必要としない」と説明する。カフェを始めたのは、自分も性的な期待から解放される場所を求めたからだった。
ただ寺井さんは「他人に対して自分のセクシュアリティーを説明する責任を感じない」として、自身の指向を詳しくは説明していない。カフェでも「自認のゆらぎ歓迎」として、自分の指向がはっきり分からない人も受け入れている。
「人はそれぞれ違う」当たり前に
10代のころは「擬態」しようとしていたと、寺井さんは話す。中高生のころ、周囲は恋愛の話でもちきり。友人たちに溶け込むため「普通」のふりをして男性と交際した。「これが恋愛なんだ」。懸命に、そう思い込もうとしていた。
大学生になり、恋人が欲しいと思わないこと、性行為をしたいと思わないことを周囲に明かした。しかし返ってきたのは、心ない言葉ばかりだった。「愛情を知らないからだよ」「病気じゃない?」「生き物の本能なのにおかしい」――。
テレビ番組では、芸能人が「男の家へ行ったのに性行為しないなんて」と女性をちゃかしていた。世の中の全てが、恋愛や性行為を前提にしているように感じ、「自分がおかしいんだ」と罪悪感すら覚えた。
ある時、「恋愛感情 ない」「性行為 したくない」とネットで検索し、アロマンティックやアセクシュアルについて知った。「ちゃんと言葉があるんだ」。それまで自分は普通ではないと思ってきたが、同じ指向の人たちがいることを知って安心できた。
寺井さんは「セクシュアリティーに限らず、人はそれぞれ抱えているものが違う。いろんな可能性があることを想像してほしい」と訴える。これまで出会った人の中には、恋愛や性行為を望まない人、心理的に性行為をできない人、望まないが相手の求めに応じてできる人など、さまざまなタイプがいた。「恋愛や性行為をする人もいれば、しない、望まない人もいるということが、当たり前になってほしい」
性的少数者の支援をするNPO法人「共生ネット」代表の原ミナ汰さん(66)は、アロマンティックは「相手に情緒的な結びつきを感じない」恋愛指向、アセクシュアルは「相手に恋愛感情や興味は持ったとしても性的な関心が起きない。もしくは性欲はあるが、行動には移さない」性的指向と説明する。両方を併せ持つ指向や、限られた人にだけ恋愛感情や性的行動を取る指向もあるが「自分が自由に決めていい」と話す。
原さんは「アロマンティック・アセクシュアルの人が悩むのは、典型的には思春期だ」と指摘する。思春期には仲間内で恋愛に関する話が増え、自分の指向の違いに気付く人が多いからだ。女性は周囲から恋愛話への参加を期待されるためアロマンティックが苦労し、男性は周囲から性的経験の共有を期待されるためアセクシュアルが苦労することが多いという。
男女という性別の枠組みに当てはまらない「ノンバイナリー」を自認する原さんは「性と恋愛は自分の内面のとても大事な部分。そこへ他人に土足で踏み込まれるのは大変な苦痛」とし、「性や恋愛で、自分のものさしを他人に押しつけないでほしい」と訴える。
原さんは、アロマンティック・アセクシュアルの人たちは、ある「長所」を持っていると話す。「異性愛者は、恋愛や性的経験に多くの時間を使って悩む。しかしアロマンティック・アセクシュアルの人はその時間とエネルギーを別のことに使える」からだという。「無理に恋愛をしなくていい。自分が居心地の良い人間関係の中で過ごして」
互いに新聞記者の道へ
私と聡太さんは昨年、それぞれ別の新聞社で記者となり、セクシュアルマイノリティーの取材に力を注いでいる。私は無意識に友人を傷つけてしまった後悔から、彼は自身も当事者であり他の人の力になりたいという思いから――。
聡太さんは、これまであまり明かしてこなかった自分のセクシュアリティーを、最近は周囲の人に伝えられるようになったという。「性的指向を明かしても、自分という人間を受け入れてくれる友達がいたから」。またLGBTQの人たちと関わるうちに「これだけいろんなセクシュアリティーがあっていいんだ」と、吹っ切れたとも明かす。
「いつになったら恋人ができるの」。そんな言葉は誰もが耳にし、口にしたことのある人も多いと思う。ただ、そんな悪意のない言葉が、実は誰かを傷つけているかもしれない。
恋愛はしてもいいし、しなくてもいい。同性で愛し合っても、生まれた時の性別と自分の認識が違っていてもいい。誰もが自分を偽らずに生きられるよう、少し立ち止まって、相手の可能性を想像してほしい。【千金良航太郎】