私が所属するTBSテレビ調査報道ユニットにある男性から情報が寄せられた。かみ砕くと次のような内容だった。【写真を見る】鉄道の謎ルール 障害者割引“一人で利用はダメ” ルーツを調べてわかった意外な理由「私は公共交通機関の運賃割引が適用される第一種の身体障害者です。3月18日に運賃の割引が適用される障害者用ICカードの利用が始まったので、買いに行ったら駅員に断られ、買えなかったのです。さらには障害者一人での利用はできないと言われました。納得できません」障害者なのに、なぜ障害者用ICカードの利用ができないのだろうか・・・。
その理由を調べていくと、公共交通機関の障害者割引制度の成り立ちにまでさかのぼることになった。障害者の単独乗車では割引が適用されない!?3月18日からスタートした障害者用ICカード。鉄道会社などが加盟する関東ICカード相互利用協議会のプレスリリースには、「障がい者割引が適用されるお客さまにも、よりシームレスかつ快適に、関東圏などで『Suica』・『PASMO』をご利用いただくことができます」と書かれている。これまで、障害者割引を受けるためには障害者手帳を駅員に提示する必要があったが、この障害者用ICカードがあればその手間を省けるというわけだ。ところが、プレスリリースを読み進めていくと、障害者用ICカードの購入・利用条件が書かれてあった。「(障害者)本人用と介護者用を同時にお求めいただきます。別々にお求めいただくことはできません」「(障害者)本人用・介護者用を別々または単独でご利用いただくことはできません」どうやら、この条件のために情報提供者は障害者用ICカードを購入できなかったようだ。さらに調べると多くの鉄道会社では障害者の運賃の割引は障害者用ICカードの利用が開始される前から “介護者同伴”が条件だった。つまり、多くの鉄道会社では、障害者が一人で利用する場合は障害者割引の対象外なのだ。障害者用ICカードの購入・利用条件は従来からのルールを踏襲しているわけだ。私は障害者が一人で鉄道を利用する際も割引が適用されているものだと思っていたが、そうではなかった。(※ただし乗車距離の営業劼100卍供△泙燭101勸幣紊両豺腓蓮多くの鉄道会社で、障害者の単独乗車でも割引が適用されます。)それでは、他の公共交通機関はどうなのか。調べてみると、バスやタクシー、飛行機(一部LCCは障害者割引なし)、フェリーでは障害者の単独利用は割引が適用される。となると、鉄道だけ障害者が単独で利用する場合、割引の対象外としている・・・。この謎ルール、一体なぜ存在するのだろうか。「障害者は介護者と二人で一人ではない。一人の人間として扱って欲しい」4月初め、取材場所に指定された喫茶店に向かうと、男性がすでにカウンターの席に座っていた。傍らには杖が立てかけてあり、左足には補装具が装着されていた。挨拶を済まし、私が『テーブル席に移動しましょう』と言い、手を差し出すと男性は言った。男性「大丈夫です。一人で移動します」記者「じゃあ、リュックサックは私が持ちますね」男性「ありがとうございます」男性は一人で喫茶店にやってきていた。つまり一人で行動ができるのだ。山口健志さん(37)。31歳の時に脳出血を起こし、以来左半身麻痺の生活を送っている。現在、コンピュータ関係の仕事をしつつ、「相馬杜宇」の名で劇作家としても活動している。障害者手帳には旅客運賃減額第一種とある。つまり、多くの公共交通機関では割引が適用される。障害の等級は1級。1級は介助を受けなければ日常生活のことがほとんどできない状態である等級だが、厳しいリハビリの末、山口さんは一人でも行動ができるようになった。山口さんは普段、電車での移動は一人だ。山口さんも私と同じように、障害者の単独利用でも割引が適用されると思っていた。ただ、電車を利用する度に障害者手帳を提示することに心理的な抵抗があったので一般の交通系ICカードを使い、普通運賃を支払ってきた。そんな中、障害者用ICカードのサービス開始を知り、今までと同じ利用方法で割引になるならと思い、一人で購入に向かった。ところが、駅員から「障害者用ICカードのみの購入はできない」「障害者一人での利用はできない」と言われたのだ。山口さん「駅員にダメなものはダメ!と高圧的に言われたのが悲しかったんです」ここで、事前の取材で知った、介護者の同伴が条件となっていて障害者が単独で鉄道を利用する際には障害者割引の対象外になるという、謎のルールの存在を山口さんに伝えた。山口さん「え!?そうなんですか・・・」少し驚いた山口さんは、考え込んだ後、こう言葉を紡いだ。山口さん「1級の身体障害者であっても車椅子で自力で生活している方もいる。障害者だからといって十把一絡げで判断されるのは心外です。障害者は介護者としか行動ができない。二人で一人という決まりきったイメージではなく、一人の人間として扱うべきではないでしょうか」「障害者によっても様々な考え方があり、普通運賃でも構わないという意見もあると思う。私はただ選択肢を増やして欲しいだけなんです」私鉄担当者「なぜ“介護者同伴”でなければいけないかわからない」では、この謎ルールを設けている各鉄道会社はどう答えるのだろうか。首都圏の私鉄各社に取材をすると…。ある私鉄の担当者「古い規則なので、なぜ“介護者同伴”でなければいけないかはわからない」別の私鉄の担当者「旧国鉄時代の障害者割引制度を踏襲し、現在でも運用しているのだと思う」「正直、私も個人的には障害者一人での利用でも割引されるべきだと思っているが、規則だからどうしようもない」私鉄の担当者でさえ、「なぜ介護者同伴でなければいけないかわからない」という。どうやら、各私鉄は旧国鉄の規則を踏襲し、障害者割引制度を設けているらしい。ということで、JR東日本にも聞いてみた。JR東日本の担当者「昭和24年12月、「身体障害者福祉法」が制定されたことに伴い、当時の「国有鉄道運賃法」についても改正がなされ、昭和25年2月から(障害者)割引が実施されました」介護者を伴わなければ旅行できない障害者について、二人分の運賃を実質的に一人分に割引くことで経済的な負担を軽減しようという考えだったという。およそ70年前の規則を現在もJRや各私鉄が運用しているのだ。時代は進んで、駅等のバリアフリー化も進み、一人で行動できる障害者も増えている。JRは障害者一人での利用でも割引を適用する考えはあるのだろうか。JR東日本の担当者「身体障害者割引をはじめとする公共割引は、国の社会福祉政策で行われるべきものと考えております。国鉄の制度を継承したものは、引継ぎ継続して実施いたしておりますが、割引の拡大については、ひいては他のお客さまのご負担増にもつながるため、現在のところ考えておりません」“障害者割引は国の政策で行われるべき”JR東日本への取材を通して、障害者割引という公共性の高い制度が営利企業でもある各鉄道会社の負担の上に成り立っていることに気付かされた。障害者割引を拡大するには、その負担を誰がするのかの議論が必要ではないのか。当たり前のこととして、あまり深く考えてこなかった鉄道における障害者割引。ここまで取材を進めて、“そもそも、なぜ障害者割引はあるのか”という根本的な問いにたどり着いた。それを考えることが、障害者割引を誰が負担するのかという問題への答えになるかもしれないからだ。「障害者の単独利用割引」当事者たちの思いそれでは、一人で行動できる障害者が鉄道の公共交通機関の割引が受けられるべきだと考えるのはなぜなのだろうか。まずは、当事者でもある山口さんに聞いた。山口さん「一人で行動できるのに割引の提供を求めていることは『わがまま』と言われるかもしれないが、割引を求めるだけの金銭面での苦労や就労面での苦労など複雑な事情があるので、理解してほしい」山口さんは障害者用のハローワークに紹介された50社以上の企業に応募したが、全て落ちた。昨年秋、ようやくのことで定職に就けたが、年収は120万円程度だ。現役世代でも受け取れる障害年金を月8万円ほど受け取っているが、それでも同世代の平均年収には遠く及ばない。障害者団体にも話を聞いたが、意見は分かれた。ある障害者団体「一人で鉄道に乗れるのであれば、自立しているということなので普通運賃を支払うのは正しいと思う」別の障害者団体「『一人で歩けるじゃないか。それで割引はおかしい』と反発する人もいると思うが、障害者には多くの金銭的負担があるので、平等を考えると、障害者が単独で障害者割引で鉄道を利用することは不平等ではないと思う」当事者の間でも、意見は割れている。ただ、障害者の単独利用でも割引を認めてほしいという人たちは、障害者が置かれた経済的な苦境をその理由にあげた。“介護者同伴条件”が生まれたワケ旧国鉄事情に詳しい交通政策が専門の関西大学・安部誠治名誉教授に、日本の鉄道における障害者割引制度の成り立ちについて話を聞いた。関西大学 安部誠治名誉教授「1980年代までは大都市圏では旅客の輸送力がひっ迫していて、東京だとひどい時には混雑率が300%ということもあったんです。複々線化をするなどまずは、輸送力を増強することが優先されたのです」当時は障害者やバリアフリーへの理解が乏しく、財源も限られていたので、優先されたのは“健常者の移動手段の円滑化”だった。つまり、バリアフリーが整っていない駅での障害者の移動は介護者の存在が必須だったのだ。関西大学 安部誠治名誉教授「その後輸送能力が増強されて、1990年代後半からようやく障害者のためのバリアフリー化の方に目がいって、バリアフリー化が前に進む状況なってきた」「障害者が一人で移動して社会参加できるというのが重要なので、駅のバリアフリー化はそのためにやっているわけですね」では、バリアフリーが進み、障害者が一人で社会参加が可能になった現代では“介護者同伴条件”は時代遅れなのではないか。“介護者同伴”は時代遅れ?関西大学安部誠治名誉教授「ヨーロッパなどの諸外国では障害者の単独利用割引を制度化しています。学割だと教育省、身体障害者割引だと日本の厚労省にあたる省の国家予算でまかなっている。今後、日本は障害者の一人外出が増えていくと考えられる。じゃあ、割引はどうする?ということを検討せざるを得ないことになるので、諸外国のように公的負担で障害者の単独利用での割引をやることが次の課題です。ようやく日本もそういう段階に来たのかなと思います」「障害者の単独利用割引」は誰が負担するのか現在、国やJR、各私鉄の中で障害者の単独利用の割引についての検討はされていない。山口さんのように障害の程度が重い人でも、一人で移動したい、一人で移動をせざる得ない人は多くいると思う。この記事をご覧になっている人でも、駅で視覚障害者や車いすの人が一人で移動している姿を見たことがあるのではないだろうか。こうした人の多くは普通運賃を支払っている。一人で移動できる障害者に割引を適用する必要はないという意見はあるかもしれない。しかし、山口さんたちが訴えるように多くの障害者は経済的にもハンディを抱えている。加えて、いま私たちはより“インクルーシブ”な社会(多様性を認め、全ての人が受け入れられ、参加できる社会)に生まれ変わろうとしている。山口さんのような障害者の社会参加をより促すことができる「障害者の鉄道の単独利用割引」は社会全体で取り組むべき課題ではないか。3月18日から多くの鉄道会社でホームドアやエレベーターなどのバリアフリー設備の整備のために普通運賃に10円が加算された。こうしたことから多くの駅がバリアフリーの行き届いた駅になる時代を迎えるのもそう遠くはない。その時に備えて、「障害者の鉄道の単独利用割引」について国や鉄道会社の間で活発な議論を行っていくことはあってしかるべきではないだろうか。
私が所属するTBSテレビ調査報道ユニットにある男性から情報が寄せられた。かみ砕くと次のような内容だった。
【写真を見る】鉄道の謎ルール 障害者割引“一人で利用はダメ” ルーツを調べてわかった意外な理由「私は公共交通機関の運賃割引が適用される第一種の身体障害者です。3月18日に運賃の割引が適用される障害者用ICカードの利用が始まったので、買いに行ったら駅員に断られ、買えなかったのです。さらには障害者一人での利用はできないと言われました。納得できません」障害者なのに、なぜ障害者用ICカードの利用ができないのだろうか・・・。
その理由を調べていくと、公共交通機関の障害者割引制度の成り立ちにまでさかのぼることになった。障害者の単独乗車では割引が適用されない!?3月18日からスタートした障害者用ICカード。鉄道会社などが加盟する関東ICカード相互利用協議会のプレスリリースには、「障がい者割引が適用されるお客さまにも、よりシームレスかつ快適に、関東圏などで『Suica』・『PASMO』をご利用いただくことができます」と書かれている。これまで、障害者割引を受けるためには障害者手帳を駅員に提示する必要があったが、この障害者用ICカードがあればその手間を省けるというわけだ。ところが、プレスリリースを読み進めていくと、障害者用ICカードの購入・利用条件が書かれてあった。「(障害者)本人用と介護者用を同時にお求めいただきます。別々にお求めいただくことはできません」「(障害者)本人用・介護者用を別々または単独でご利用いただくことはできません」どうやら、この条件のために情報提供者は障害者用ICカードを購入できなかったようだ。さらに調べると多くの鉄道会社では障害者の運賃の割引は障害者用ICカードの利用が開始される前から “介護者同伴”が条件だった。つまり、多くの鉄道会社では、障害者が一人で利用する場合は障害者割引の対象外なのだ。障害者用ICカードの購入・利用条件は従来からのルールを踏襲しているわけだ。私は障害者が一人で鉄道を利用する際も割引が適用されているものだと思っていたが、そうではなかった。(※ただし乗車距離の営業劼100卍供△泙燭101勸幣紊両豺腓蓮多くの鉄道会社で、障害者の単独乗車でも割引が適用されます。)それでは、他の公共交通機関はどうなのか。調べてみると、バスやタクシー、飛行機(一部LCCは障害者割引なし)、フェリーでは障害者の単独利用は割引が適用される。となると、鉄道だけ障害者が単独で利用する場合、割引の対象外としている・・・。この謎ルール、一体なぜ存在するのだろうか。「障害者は介護者と二人で一人ではない。一人の人間として扱って欲しい」4月初め、取材場所に指定された喫茶店に向かうと、男性がすでにカウンターの席に座っていた。傍らには杖が立てかけてあり、左足には補装具が装着されていた。挨拶を済まし、私が『テーブル席に移動しましょう』と言い、手を差し出すと男性は言った。男性「大丈夫です。一人で移動します」記者「じゃあ、リュックサックは私が持ちますね」男性「ありがとうございます」男性は一人で喫茶店にやってきていた。つまり一人で行動ができるのだ。山口健志さん(37)。31歳の時に脳出血を起こし、以来左半身麻痺の生活を送っている。現在、コンピュータ関係の仕事をしつつ、「相馬杜宇」の名で劇作家としても活動している。障害者手帳には旅客運賃減額第一種とある。つまり、多くの公共交通機関では割引が適用される。障害の等級は1級。1級は介助を受けなければ日常生活のことがほとんどできない状態である等級だが、厳しいリハビリの末、山口さんは一人でも行動ができるようになった。山口さんは普段、電車での移動は一人だ。山口さんも私と同じように、障害者の単独利用でも割引が適用されると思っていた。ただ、電車を利用する度に障害者手帳を提示することに心理的な抵抗があったので一般の交通系ICカードを使い、普通運賃を支払ってきた。そんな中、障害者用ICカードのサービス開始を知り、今までと同じ利用方法で割引になるならと思い、一人で購入に向かった。ところが、駅員から「障害者用ICカードのみの購入はできない」「障害者一人での利用はできない」と言われたのだ。山口さん「駅員にダメなものはダメ!と高圧的に言われたのが悲しかったんです」ここで、事前の取材で知った、介護者の同伴が条件となっていて障害者が単独で鉄道を利用する際には障害者割引の対象外になるという、謎のルールの存在を山口さんに伝えた。山口さん「え!?そうなんですか・・・」少し驚いた山口さんは、考え込んだ後、こう言葉を紡いだ。山口さん「1級の身体障害者であっても車椅子で自力で生活している方もいる。障害者だからといって十把一絡げで判断されるのは心外です。障害者は介護者としか行動ができない。二人で一人という決まりきったイメージではなく、一人の人間として扱うべきではないでしょうか」「障害者によっても様々な考え方があり、普通運賃でも構わないという意見もあると思う。私はただ選択肢を増やして欲しいだけなんです」私鉄担当者「なぜ“介護者同伴”でなければいけないかわからない」では、この謎ルールを設けている各鉄道会社はどう答えるのだろうか。首都圏の私鉄各社に取材をすると…。ある私鉄の担当者「古い規則なので、なぜ“介護者同伴”でなければいけないかはわからない」別の私鉄の担当者「旧国鉄時代の障害者割引制度を踏襲し、現在でも運用しているのだと思う」「正直、私も個人的には障害者一人での利用でも割引されるべきだと思っているが、規則だからどうしようもない」私鉄の担当者でさえ、「なぜ介護者同伴でなければいけないかわからない」という。どうやら、各私鉄は旧国鉄の規則を踏襲し、障害者割引制度を設けているらしい。ということで、JR東日本にも聞いてみた。JR東日本の担当者「昭和24年12月、「身体障害者福祉法」が制定されたことに伴い、当時の「国有鉄道運賃法」についても改正がなされ、昭和25年2月から(障害者)割引が実施されました」介護者を伴わなければ旅行できない障害者について、二人分の運賃を実質的に一人分に割引くことで経済的な負担を軽減しようという考えだったという。およそ70年前の規則を現在もJRや各私鉄が運用しているのだ。時代は進んで、駅等のバリアフリー化も進み、一人で行動できる障害者も増えている。JRは障害者一人での利用でも割引を適用する考えはあるのだろうか。JR東日本の担当者「身体障害者割引をはじめとする公共割引は、国の社会福祉政策で行われるべきものと考えております。国鉄の制度を継承したものは、引継ぎ継続して実施いたしておりますが、割引の拡大については、ひいては他のお客さまのご負担増にもつながるため、現在のところ考えておりません」“障害者割引は国の政策で行われるべき”JR東日本への取材を通して、障害者割引という公共性の高い制度が営利企業でもある各鉄道会社の負担の上に成り立っていることに気付かされた。障害者割引を拡大するには、その負担を誰がするのかの議論が必要ではないのか。当たり前のこととして、あまり深く考えてこなかった鉄道における障害者割引。ここまで取材を進めて、“そもそも、なぜ障害者割引はあるのか”という根本的な問いにたどり着いた。それを考えることが、障害者割引を誰が負担するのかという問題への答えになるかもしれないからだ。「障害者の単独利用割引」当事者たちの思いそれでは、一人で行動できる障害者が鉄道の公共交通機関の割引が受けられるべきだと考えるのはなぜなのだろうか。まずは、当事者でもある山口さんに聞いた。山口さん「一人で行動できるのに割引の提供を求めていることは『わがまま』と言われるかもしれないが、割引を求めるだけの金銭面での苦労や就労面での苦労など複雑な事情があるので、理解してほしい」山口さんは障害者用のハローワークに紹介された50社以上の企業に応募したが、全て落ちた。昨年秋、ようやくのことで定職に就けたが、年収は120万円程度だ。現役世代でも受け取れる障害年金を月8万円ほど受け取っているが、それでも同世代の平均年収には遠く及ばない。障害者団体にも話を聞いたが、意見は分かれた。ある障害者団体「一人で鉄道に乗れるのであれば、自立しているということなので普通運賃を支払うのは正しいと思う」別の障害者団体「『一人で歩けるじゃないか。それで割引はおかしい』と反発する人もいると思うが、障害者には多くの金銭的負担があるので、平等を考えると、障害者が単独で障害者割引で鉄道を利用することは不平等ではないと思う」当事者の間でも、意見は割れている。ただ、障害者の単独利用でも割引を認めてほしいという人たちは、障害者が置かれた経済的な苦境をその理由にあげた。“介護者同伴条件”が生まれたワケ旧国鉄事情に詳しい交通政策が専門の関西大学・安部誠治名誉教授に、日本の鉄道における障害者割引制度の成り立ちについて話を聞いた。関西大学 安部誠治名誉教授「1980年代までは大都市圏では旅客の輸送力がひっ迫していて、東京だとひどい時には混雑率が300%ということもあったんです。複々線化をするなどまずは、輸送力を増強することが優先されたのです」当時は障害者やバリアフリーへの理解が乏しく、財源も限られていたので、優先されたのは“健常者の移動手段の円滑化”だった。つまり、バリアフリーが整っていない駅での障害者の移動は介護者の存在が必須だったのだ。関西大学 安部誠治名誉教授「その後輸送能力が増強されて、1990年代後半からようやく障害者のためのバリアフリー化の方に目がいって、バリアフリー化が前に進む状況なってきた」「障害者が一人で移動して社会参加できるというのが重要なので、駅のバリアフリー化はそのためにやっているわけですね」では、バリアフリーが進み、障害者が一人で社会参加が可能になった現代では“介護者同伴条件”は時代遅れなのではないか。“介護者同伴”は時代遅れ?関西大学安部誠治名誉教授「ヨーロッパなどの諸外国では障害者の単独利用割引を制度化しています。学割だと教育省、身体障害者割引だと日本の厚労省にあたる省の国家予算でまかなっている。今後、日本は障害者の一人外出が増えていくと考えられる。じゃあ、割引はどうする?ということを検討せざるを得ないことになるので、諸外国のように公的負担で障害者の単独利用での割引をやることが次の課題です。ようやく日本もそういう段階に来たのかなと思います」「障害者の単独利用割引」は誰が負担するのか現在、国やJR、各私鉄の中で障害者の単独利用の割引についての検討はされていない。山口さんのように障害の程度が重い人でも、一人で移動したい、一人で移動をせざる得ない人は多くいると思う。この記事をご覧になっている人でも、駅で視覚障害者や車いすの人が一人で移動している姿を見たことがあるのではないだろうか。こうした人の多くは普通運賃を支払っている。一人で移動できる障害者に割引を適用する必要はないという意見はあるかもしれない。しかし、山口さんたちが訴えるように多くの障害者は経済的にもハンディを抱えている。加えて、いま私たちはより“インクルーシブ”な社会(多様性を認め、全ての人が受け入れられ、参加できる社会)に生まれ変わろうとしている。山口さんのような障害者の社会参加をより促すことができる「障害者の鉄道の単独利用割引」は社会全体で取り組むべき課題ではないか。3月18日から多くの鉄道会社でホームドアやエレベーターなどのバリアフリー設備の整備のために普通運賃に10円が加算された。こうしたことから多くの駅がバリアフリーの行き届いた駅になる時代を迎えるのもそう遠くはない。その時に備えて、「障害者の鉄道の単独利用割引」について国や鉄道会社の間で活発な議論を行っていくことはあってしかるべきではないだろうか。
「私は公共交通機関の運賃割引が適用される第一種の身体障害者です。3月18日に運賃の割引が適用される障害者用ICカードの利用が始まったので、買いに行ったら駅員に断られ、買えなかったのです。さらには障害者一人での利用はできないと言われました。納得できません」
障害者なのに、なぜ障害者用ICカードの利用ができないのだろうか・・・。
その理由を調べていくと、公共交通機関の障害者割引制度の成り立ちにまでさかのぼることになった。
3月18日からスタートした障害者用ICカード。鉄道会社などが加盟する関東ICカード相互利用協議会のプレスリリースには、「障がい者割引が適用されるお客さまにも、よりシームレスかつ快適に、関東圏などで『Suica』・『PASMO』をご利用いただくことができます」と書かれている。
これまで、障害者割引を受けるためには障害者手帳を駅員に提示する必要があったが、この障害者用ICカードがあればその手間を省けるというわけだ。
ところが、プレスリリースを読み進めていくと、障害者用ICカードの購入・利用条件が書かれてあった。「(障害者)本人用と介護者用を同時にお求めいただきます。別々にお求めいただくことはできません」「(障害者)本人用・介護者用を別々または単独でご利用いただくことはできません」どうやら、この条件のために情報提供者は障害者用ICカードを購入できなかったようだ。
さらに調べると多くの鉄道会社では障害者の運賃の割引は障害者用ICカードの利用が開始される前から “介護者同伴”が条件だった。
つまり、多くの鉄道会社では、障害者が一人で利用する場合は障害者割引の対象外なのだ。障害者用ICカードの購入・利用条件は従来からのルールを踏襲しているわけだ。
私は障害者が一人で鉄道を利用する際も割引が適用されているものだと思っていたが、そうではなかった。(※ただし乗車距離の営業劼100卍供△泙燭101勸幣紊両豺腓蓮多くの鉄道会社で、障害者の単独乗車でも割引が適用されます。)
それでは、他の公共交通機関はどうなのか。調べてみると、バスやタクシー、飛行機(一部LCCは障害者割引なし)、フェリーでは障害者の単独利用は割引が適用される。
となると、鉄道だけ障害者が単独で利用する場合、割引の対象外としている・・・。この謎ルール、一体なぜ存在するのだろうか。
4月初め、取材場所に指定された喫茶店に向かうと、男性がすでにカウンターの席に座っていた。傍らには杖が立てかけてあり、左足には補装具が装着されていた。
挨拶を済まし、私が『テーブル席に移動しましょう』と言い、手を差し出すと男性は言った。
男性「大丈夫です。一人で移動します」記者「じゃあ、リュックサックは私が持ちますね」男性「ありがとうございます」
男性は一人で喫茶店にやってきていた。つまり一人で行動ができるのだ。
山口健志さん(37)。31歳の時に脳出血を起こし、以来左半身麻痺の生活を送っている。現在、コンピュータ関係の仕事をしつつ、「相馬杜宇」の名で劇作家としても活動している。
障害者手帳には旅客運賃減額第一種とある。つまり、多くの公共交通機関では割引が適用される。障害の等級は1級。1級は介助を受けなければ日常生活のことがほとんどできない状態である等級だが、厳しいリハビリの末、山口さんは一人でも行動ができるようになった。山口さんは普段、電車での移動は一人だ。山口さんも私と同じように、障害者の単独利用でも割引が適用されると思っていた。ただ、電車を利用する度に障害者手帳を提示することに心理的な抵抗があったので一般の交通系ICカードを使い、普通運賃を支払ってきた。
そんな中、障害者用ICカードのサービス開始を知り、今までと同じ利用方法で割引になるならと思い、一人で購入に向かった。ところが、駅員から「障害者用ICカードのみの購入はできない」「障害者一人での利用はできない」と言われたのだ。
山口さん「駅員にダメなものはダメ!と高圧的に言われたのが悲しかったんです」
ここで、事前の取材で知った、介護者の同伴が条件となっていて障害者が単独で鉄道を利用する際には障害者割引の対象外になるという、謎のルールの存在を山口さんに伝えた。
山口さん「え!?そうなんですか・・・」
少し驚いた山口さんは、考え込んだ後、こう言葉を紡いだ。
山口さん「1級の身体障害者であっても車椅子で自力で生活している方もいる。障害者だからといって十把一絡げで判断されるのは心外です。障害者は介護者としか行動ができない。二人で一人という決まりきったイメージではなく、一人の人間として扱うべきではないでしょうか」「障害者によっても様々な考え方があり、普通運賃でも構わないという意見もあると思う。私はただ選択肢を増やして欲しいだけなんです」
では、この謎ルールを設けている各鉄道会社はどう答えるのだろうか。首都圏の私鉄各社に取材をすると…。
ある私鉄の担当者「古い規則なので、なぜ“介護者同伴”でなければいけないかはわからない」
別の私鉄の担当者「旧国鉄時代の障害者割引制度を踏襲し、現在でも運用しているのだと思う」「正直、私も個人的には障害者一人での利用でも割引されるべきだと思っているが、規則だからどうしようもない」
私鉄の担当者でさえ、「なぜ介護者同伴でなければいけないかわからない」という。
どうやら、各私鉄は旧国鉄の規則を踏襲し、障害者割引制度を設けているらしい。ということで、JR東日本にも聞いてみた。
JR東日本の担当者「昭和24年12月、「身体障害者福祉法」が制定されたことに伴い、当時の「国有鉄道運賃法」についても改正がなされ、昭和25年2月から(障害者)割引が実施されました」
介護者を伴わなければ旅行できない障害者について、二人分の運賃を実質的に一人分に割引くことで経済的な負担を軽減しようという考えだったという。およそ70年前の規則を現在もJRや各私鉄が運用しているのだ。
時代は進んで、駅等のバリアフリー化も進み、一人で行動できる障害者も増えている。JRは障害者一人での利用でも割引を適用する考えはあるのだろうか。
JR東日本の担当者「身体障害者割引をはじめとする公共割引は、国の社会福祉政策で行われるべきものと考えております。国鉄の制度を継承したものは、引継ぎ継続して実施いたしておりますが、割引の拡大については、ひいては他のお客さまのご負担増にもつながるため、現在のところ考えておりません」
“障害者割引は国の政策で行われるべき”JR東日本への取材を通して、障害者割引という公共性の高い制度が営利企業でもある各鉄道会社の負担の上に成り立っていることに気付かされた。障害者割引を拡大するには、その負担を誰がするのかの議論が必要ではないのか。
当たり前のこととして、あまり深く考えてこなかった鉄道における障害者割引。ここまで取材を進めて、“そもそも、なぜ障害者割引はあるのか”という根本的な問いにたどり着いた。それを考えることが、障害者割引を誰が負担するのかという問題への答えになるかもしれないからだ。
それでは、一人で行動できる障害者が鉄道の公共交通機関の割引が受けられるべきだと考えるのはなぜなのだろうか。まずは、当事者でもある山口さんに聞いた。
山口さん「一人で行動できるのに割引の提供を求めていることは『わがまま』と言われるかもしれないが、割引を求めるだけの金銭面での苦労や就労面での苦労など複雑な事情があるので、理解してほしい」
山口さんは障害者用のハローワークに紹介された50社以上の企業に応募したが、全て落ちた。昨年秋、ようやくのことで定職に就けたが、年収は120万円程度だ。現役世代でも受け取れる障害年金を月8万円ほど受け取っているが、それでも同世代の平均年収には遠く及ばない。
障害者団体にも話を聞いたが、意見は分かれた。
ある障害者団体「一人で鉄道に乗れるのであれば、自立しているということなので普通運賃を支払うのは正しいと思う」
当事者の間でも、意見は割れている。ただ、障害者の単独利用でも割引を認めてほしいという人たちは、障害者が置かれた経済的な苦境をその理由にあげた。
旧国鉄事情に詳しい交通政策が専門の関西大学・安部誠治名誉教授に、日本の鉄道における障害者割引制度の成り立ちについて話を聞いた。
関西大学 安部誠治名誉教授「1980年代までは大都市圏では旅客の輸送力がひっ迫していて、東京だとひどい時には混雑率が300%ということもあったんです。複々線化をするなどまずは、輸送力を増強することが優先されたのです」
当時は障害者やバリアフリーへの理解が乏しく、財源も限られていたので、優先されたのは“健常者の移動手段の円滑化”だった。つまり、バリアフリーが整っていない駅での障害者の移動は介護者の存在が必須だったのだ。
関西大学 安部誠治名誉教授「その後輸送能力が増強されて、1990年代後半からようやく障害者のためのバリアフリー化の方に目がいって、バリアフリー化が前に進む状況なってきた」「障害者が一人で移動して社会参加できるというのが重要なので、駅のバリアフリー化はそのためにやっているわけですね」
では、バリアフリーが進み、障害者が一人で社会参加が可能になった現代では“介護者同伴条件”は時代遅れなのではないか。
関西大学安部誠治名誉教授「ヨーロッパなどの諸外国では障害者の単独利用割引を制度化しています。学割だと教育省、身体障害者割引だと日本の厚労省にあたる省の国家予算でまかなっている。今後、日本は障害者の一人外出が増えていくと考えられる。じゃあ、割引はどうする?ということを検討せざるを得ないことになるので、諸外国のように公的負担で障害者の単独利用での割引をやることが次の課題です。ようやく日本もそういう段階に来たのかなと思います」
現在、国やJR、各私鉄の中で障害者の単独利用の割引についての検討はされていない。山口さんのように障害の程度が重い人でも、一人で移動したい、一人で移動をせざる得ない人は多くいると思う。
この記事をご覧になっている人でも、駅で視覚障害者や車いすの人が一人で移動している姿を見たことがあるのではないだろうか。こうした人の多くは普通運賃を支払っている。
一人で移動できる障害者に割引を適用する必要はないという意見はあるかもしれない。しかし、山口さんたちが訴えるように多くの障害者は経済的にもハンディを抱えている。加えて、いま私たちはより“インクルーシブ”な社会(多様性を認め、全ての人が受け入れられ、参加できる社会)に生まれ変わろうとしている。山口さんのような障害者の社会参加をより促すことができる「障害者の鉄道の単独利用割引」は社会全体で取り組むべき課題ではないか。
3月18日から多くの鉄道会社でホームドアやエレベーターなどのバリアフリー設備の整備のために普通運賃に10円が加算された。
こうしたことから多くの駅がバリアフリーの行き届いた駅になる時代を迎えるのもそう遠くはない。その時に備えて、「障害者の鉄道の単独利用割引」について国や鉄道会社の間で活発な議論を行っていくことはあってしかるべきではないだろうか。