「安いニッポン」に三行半? 国内で消滅寸前の「東京チカラめし」はなぜ海外に軸足を移すのか

日本の安い賃金に見切りをつけて、海外に「出稼ぎ」に出る日本の若者が増えているが、いよいよ外食チェーンもそのような流れになったということか。 牛丼チェーン「東京チカラめし」が2023年1月、タイに初進出する。現地企業のON AND ON GROUP COMPANYとライセンス契約を結んで、首都バンコクに出店するのだ。 【画像:日本よりも儲かっている香港店舗】最盛期132店舗から、国内ではわずか2店舗に「東京チカラめし」は、居酒屋チェーン「金の蔵」などを手掛けるSANKO MARKETING FOODSが2011年に1号店をオープン。「焼き牛丼」という新ジャンルが人気を博し、最盛期の2013年秋ごろには132店舗まで拡大した。 その後、続々と閉店に追い込まれ、2022年11月現在、国内に残っている店舗は千葉県鎌ケ谷市にある直営の新鎌ヶ谷店と、大阪府大阪市にあるフランチャイズの大阪日本橋店のみ。日本ではもはや消滅寸前といえる。そのため、「東京チカラめし、好きだったなあ」というファンから「復活」を期待する声も多くあったのだ。 だが、ファンが待ちに待った新店舗はタイ。日本よりも海外に「活路」を見い出したワケだ。「安いニッポン」に見切りをつけて、海外でワーキングホリデーなどで働く今どきの若者の姿と丸かぶりである。 日本よりも儲かっている香港店舗実際、今、「東京チカラめし」は香港で日本国内よりも多い店舗を運営している。2021年6月に香港進出をして1号店を出店したところ、行列ができるほどの人気で、9月に2号店、12月に3号店を出すなど現地で人気を博している。
しかも、日本よりも儲かっている。ビジネス系のオンラインメディアが公開した記事によれば、香港の客単価は900円ほどで、日本での客単価600~700円を大きく上回る。実際、1店舗当たりの売り上げは1日30万~40万円を見込んでいたが、2倍ペースで推移しているという。 この記事に登場する同社の幹部によれば、香港は東南アジア進出のためのテストマーケティングの意味合いが強いということなので、香港でさまざまなデータが取れたことで、満を持してタイに乗り込んだのだろう。 ただ、「東京チカラめし」がこのような判断になるのもしょうがない。今や国内で牛丼は「安いニッポン」を象徴するファストフードになっている。客の多くは、少し値上げしただけでも「高い! いつから牛丼は高級品になったのだ」と嵐のようなクレームを入れる。そのため、従業員も典型的な低賃金重労働だ。「安さ」の無限ループから逃れられない。 海外では高品質な日本の「牛丼」だが、海外はそうではない。「牛丼」は高品質な日本を代表する外国料理なので、現地でそれなりの価値を訴求できる。特に豚肉文化の多いアジアでは「牛丼」はかなりアドバンテージがある。タイのように経済成長著しい国の場合、日本国内事業よりも有望だ。 それがうかがえるのが、日本貿易振興機構(ジェトロ) 農林水産・食品部 農林水産・食品課が2016年3月に公表した「日本在住外国人による品目別日本食品評価調査 ー 品目別結果(畜産物)」である。 この中では、中国、タイ、アメリカ、イギリスの4カ国で「あなたが好きな日本産の畜産物について、好きなメニューを教えて下さい」というアンケートを行ったところ、すべての国で「牛丼」は、「ステーキ」「焼肉」に次いで人気となっている。 牛肉料理が定番のイギリスやアメリカならばこれは当然だが、注目すべきは中国とタイだ。これらの国では、「母国で代表的な畜産物のメニュー」を質問すると、「豚肉」が圧倒的となる。例えばガパオが有名なタイでは、「豚」と回答した人が42人だったのに対して、「牛」を答えたのは5人だけだった。これは中国も同様で、「豚肉」と回答したのは60人に対して、「牛肉」は21人だ。 つまり、アジアでは母国ではまだそれほど食べる習慣がないけれど、日本の「牛丼」は好きというワケだ。ここに大きなビジネスチャンスがあると考えるのは当然ではないか。 日本を代表する牛丼チェーン吉野家の海外展開を見ても、それは明らかだ。 早くに海外で活路を開いていた吉野家吉野家は2022年9月時点で、アメリカ全体で102店なのに対して、中国では北京だけで276店、他地域を合わせると中国全体で624店舗だ。さらに、インドネシアでも140店、今回、「東京チカラめし」が初進出するタイも32店舗ある。 ちなみに、国内の吉野家の店舗は1195店(2022年9月時点)に対して、海外店舗数は974店舗。10年前の2012年9月の国内店舗数は、1188店と「現状維持」をするのがやっとだ。それに対して10年前の海外店舗数は562店舗だったことを考えると、いかに海外に活路を見い出しているのかうかがえる。
「安いニッポン」に見切りをつけて徐々に海外へ軸足を移すのは、実は大手外食チェーンの中ではもう随分昔からとっくに始まっていたのだ。 そう考えると、「東京チカラめし」がタイに目をつけたのは悪くない。中国やインドネシアは既に吉野家がかなり展開をしているが、タイはまだそれほど多くない。親日国なので、「東京」という店名も1つのブランドとして機能するかもしれない。 「東京チカラめし」の「逆輸入」はあるか国内店舗の復活を望むファンからすれば残念な話ではあるが、タイで再び勢いを盛り返した後、日本に「逆輸入」もあるかもしれない。 「安くてうまい」という身を削るようなチキンレースを強いられる日本の外食は、これまで1億2000万人の人口で、「とにかく店をたくさん出す」という薄利多売スタイルで成長を続けてきた。 しかし、人口減少と「安くてうまい」を維持する低賃金重労働でこのビジネスモデルはもはや破綻寸前だ。となると、死屍累々(ししるいるい)のレッドオーシャンを捨てて、海外に軸足を移そうというのは至極真っ当な判断だ。
国内店舗を減らし、香港で準備をして東南アジアで勝負を仕掛ける「東京チカラめし」のようなビジネススタイルは、「安いニッポン」で消耗するさまざまな業界にとって1つのモデルケースになる。「東京チカラめし」の今後に注目したい。