誰が架けたか「勝手橋」 全国9697カ所の危ない事情

日ごろ何気なく利用している橋。
利便性などから欠かせないものとなっている橋は多いが、実はその中に設置者や管理者が分からない、管理者不明の橋が存在する。これらは通称「勝手橋」と呼ばれ、国の調査で今年、全国に約1万カ所存在することが判明。点検や補修が行われないため安全上のリスクをはらむが、管理者の特定作業など責任所在を明確にするのは難しく、自治体の悩みの種となっている。
生活に「欠かせない橋」
堺市内を流れる石津川に架かる鶴田橋。JR阪和線津久野駅から徒歩5分ほどの住宅街にある幅約2・6メートル、長さ約32メートルの橋で、徒歩や自転車の通行人がひっきりなしに行き交う。
近くに住む80代の女性は「このあたりの住民は駅に向かうために必ず使う。生活に欠かせない橋だ」と話す。地元住民にとって必要な橋だが、実は管理者は明確になっていない。
石津川を管理する大阪府によると、最初に橋が作られたのは昭和32年ごろ。このときは誰が作ったのか定かではないが、42年に府が河川改修をしたのを機に、木製だった橋を鋼製に作り替えたという。
もともとは誰が作ったのか分からないとはいえ、橋を作り替えた経緯もあり、安全面への配慮から府が定期的に点検している。ただ、府としては、将来的な管理を見据え、より利用実態を把握しやすい地元の堺市に引き継ぎたい考えだ。
一方の堺市は、修繕費など多額の財政負担が見込まれるため、現状のまま橋を引き受けることに難色を示す。両者の間では令和元年から協議が続いているが、今も決着していない。
府は届け出がなく、管理者が分からない「管理者不明橋」と、鶴田橋のように河川改修時に府が設置し、市町村に引き継げていない橋を「未引継橋」と分け、解決に向けて取り組む。
8月末時点で、府内の管理者不明橋は148、未引継橋は60。橋の管理者が見つけられず市町村への引き継ぎができていなくても老朽化などで危険な場合は、府が撤去したり使用禁止にしたりしているという。
実際はもっと多数に
管理者不明の橋をめぐっては、国も実態把握に乗り出した。国土交通省は5月、全都道府県と一部の政令市の計58団体に、管理する河川で管理者が不明となっている橋が存在するか調査を依頼。うち31団体が「存在する」と回答し、その数は全国9697カ所に上ることが判明した。
河川は通常、1級河川、2級河川、準用河川と、小川のような普通河川の4種類に分けられる。管理や治水などを定めた河川法の対象となるのは1級、2級と準用河川のみだ。
今回の調査対象は自治体が管理する河川法の対象となる川に限っていたため、普通河川に架かる橋も含めた詳細な実態把握は難しく、実際はもっと多くの数があるとみられる。
斉藤鉄夫国土交通相は8月の記者会見で「所有者不明の橋があるのは安全上問題。どういう形で解消に向けて協力し合えるのか、われわれも考えていきたい」と述べ、管理者不明の橋を抱える自治体を支援する意向を示した。
同省は月内にも、橋の管理者を確保できた具体的な事例やその際の手続きなどをまとめ、自治体に通知する方針としている。
安全性を懸念、実態把握進める自治体も
管理者が不明の橋は定期的な点検が行われていない。通行が危険な状態でも放置されかねず、転落事故などにつながる恐れがある。
過去には、あわやという事態も。滋賀県草津市の川では平成25年、自転車の前輪が橋の隙間にはまって破損する事故が発生。自転車の所有者から、損害賠償の請求先について問い合わせを受けた市が調べたところ、管理者が不明の橋だったことが判明した。
所有者と県の間で民事調停となり、最終的には県がよりよい河川管理に努めるとして調停は取り下げられた。この事案以降、県は実態把握や調査に力を入れ、今年3月末時点で2817の橋を確認している。
兵庫県でも、滋賀県の事案を受けて調査を開始。管理者が不明の橋は1767カ所あるが、兵庫県職員だけでは対処しきれず、今年度は業者に委託し点検などを行っている。
ただ、自治体によってかけられる人員や予算にばらつきがあり、実態把握には大きな差があるのが現状だ。国や自治体が代わりに橋を管理しようにも、国交省の担当者は「まずは設置者や経緯を知らなければ構造も分からないし、所有者が不明なままで管理を国や自治体に勝手に移すことはできない」と話す。
神奈川大の三浦大介教授(行政法)は「管理者が不明でも、危険な状態にある橋を放置し事故が発生した場合には河川管理上の責任が問われる可能性がある。崩落等の危険がある橋は法律や条例に基づき、河川を管理する行政が撤去などの手続をとるべきだ」と指摘。緊急性の高い状態ではない橋も「財政面の負担もあるので、公共性の高い橋を優先して自治体が維持管理をするのが望ましい」とする。
一方で「不明にはなっているものの、本来は誰かが所有する橋。自治体がどこまで介入するか判断は難しく、今後の課題になるのではないか」と話した。(北野裕子)