テレ朝社員が“三浦瑠麗氏を訴えた”理由「17万人以上に秘密を暴露された」

取材は奇妙な形で始まった。出版社の応接室、席に着いた担当編集者が「なにか飲み物を買ってきましょう」というと、その男はこう切り出した。「いや、もう買ってきてあります。いえね、番組の制作現場にいた時の癖で、自分が人数分用意しないといけないと思って……」
こうして、彼が手ずからテーブルに並べたよく冷えたコーヒーをすすりながら、インタビューは始まった。
◆なぜ三浦瑠麗氏を訴えたのか?
いま、先頃出版された一冊の手記がにわかに注目を集めている。『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎)という本だ。テレビ朝日の社員が、国際政治学者・三浦瑠麗氏との裁判闘争に完勝した顛末を記した手記だ。
その著者が、西脇亨輔氏。元アナウンサーで現在は同社法務部に所属する一社員である。「元アナウンサー」とはいえ、会社員でしかない男が会社の看板番組である『朝まで生テレビ!』のレギュラー出演者であり、巨大な発言力を持つ人物を訴えた顛末。それは、意図してか否か、SNSとメディアが生み出した虚像の正体を露わにしている。
いったい、西脇氏はなぜ三浦氏を訴えたのか。始まりは2019年4月の『週刊ポスト』のスクープだ。当時『朝まで生テレビ!』のMCを務めていた、同局の元アナウンサー村上祐子氏(当時は報道局政治部)が、夫と別居しNHKの男性記者と同棲していることを報じるものだった。その夫というのが西脇氏である。
◆衝撃を受けた「三浦氏のツイート」
当時、結婚10年目にして村上氏から離婚を切り出されて訴訟中だった西脇氏。しかし、妻が既に別の男性と関係を持っているというのは、まったく知らないことだった。
大きなショックを受け酒量も増えた西脇氏。だが、本当の衝撃はその後だった。それが、2019年4月23日の三浦氏のツイートだ。
「そもそも何年も別居し離婚調停後、離婚訴訟係争中の人を不倫疑惑とする方が間違い。新しいパートナーと再スタートを切り子供を作ることさえ、離婚しにくい日本では難しい。これは本来多くの人が抱える問題のはずなのに。村上祐子さんを朝まで生テレビからおろすべきではない。」
◆17万人以上のフォロワーに自身の秘密が…
報道を受けて、テレ朝では村上氏の出演を当面見合わせると発表していた。三浦氏のツイートはこれを批判するものだった。これに続く形で4月25日は、こうもツイートしている。
「週刊ポストは村上さんの相手が破綻事由ではないことも、離婚訴訟中であることも知って敢えてかくして不貞行為のように書いたでしょ。」
『週刊ポスト』の記事でも離婚を巡って係争中であることは触れられていなかった。しかし、三浦氏は村上氏を擁護する形を取りながら、その事実を暴露したのである。
当時の三浦氏のフォロワー数は17万人以上。誰にも秘密にしていたことが社内でも瞬く間に知れわたり、SNSでは西脇氏を罵るツイートも次々と投稿された。
◆絶望のなか、一人で戦うことを決意
誰にも話していない、週刊誌すらも一線を引いた部分を晒した三浦氏と戦わなくてはならない。「そうでなくては、自分が自分でなくなってしまう」そう決意して西脇氏は同年7月、プライバシー侵害と名誉毀損で三浦氏を訴えた。
看板番組の顔ともいえるタレント学者を、社員が訴えるという特殊な関係性ゆえの障害。さらに、自身も弁護士資格を持っているとはいえ代理人を立てずに、自分一人で訴状も反論も書き続けた。

◆この裁判で追求したかったのは…
むしろ、西脇氏がこの裁判で追求したかったのは三浦氏が何者かという問いだったのではないか。そう訊ねると、西脇氏はこういった。
「ジャーナリズムというほど高尚なものではありませんが、どうして三浦氏がああいうツイートをして、何をしたかったのか明らかにしたいという思いはありました」
そして、いまその「なぜ」については、こう考えているという。
「彼女自身が、村上氏を擁護することによって自分には影響力があることを周囲の人に誇示したかったのではないでしょうか」
◆「何を言わんとしているのかよく分からない」
しかし、三浦氏の主張を知ることは容易ではなかった。西脇氏の訴状に対して、三浦氏から答弁書が届いた。先方の弁護士の欄には、「弁護士法人 橋下綜合法律事務所」。いうまでもなく大阪府知事などを務めた橋下徹氏の事務所である。厳しい戦いになることを覚悟した西脇氏だったが、答弁書には首を傾げた。
本書では、三浦氏の答弁書の一部を引用した後に、こう綴っている。
何を言わんとしているのかよく分からないという方もいらっしゃるのではないかと思う。私もその一人だ。
取材を前に私も三浦氏の答弁書を何度も読んでみたのだが、本当に意味がわからない。そのことを告げると西脇氏は、こう語った。
「テレビのコメンテーターは、その場の雰囲気に応じて、瞬間的に感じたままを発言することが多いものです。だから、後から文字にしてみると、まったく無内容な発言になっていることも、しばしばあります。そんなコメントが、そのまま答弁書の文章になっているようでした」
◆有名人も「同意見」という主張だが…
その空虚さが如実に現れたのは三浦氏が提出した陳述書である。本書では、裁判の原因となったツイートをした理由についての部分が引用されている。そこで、三浦氏は津田大介氏、古市憲寿氏、池上彰氏、田原総一郎氏らの名前を挙げて、彼らも自分と同意見だったということを長々と記している。
通例、裁判の陳述書だと存在する、原告の主張に対して論理的に、反論するような文章はほとんど見られない。単に、有名人の名前を並べ立てて、自分の味方の多さを見せつけようとする欲望のみが見え隠れしている。これに重ねて、控訴審で三浦氏は憲法学者の木村草太氏の意見書まで提出しツイートを「表現の自由」だと主張しようと試みている。
◆僅か十日で1冊の本を書き上げた
結局、今年3月に最高裁、西脇氏の勝訴が確定するまで、膨大な書面によるやりとりは続いている。しかし、西脇氏の苦悩はわかっても三浦氏が、ツイートによってなにを獲得したかったのかは、最後まで明らかにならない。
本書では、その過程での心情を吐露する西脇氏だが、一方でこの闘いが彼自身が生きる原動力となったのは間違いない。というのも、この1冊の本を西脇氏は僅か十日足らずで書き上げたというのだ。
「編集者から本にしないかと連絡を頂いて、10日ほど後に会うことになりました。その日に打ち合わせという予定だったんですが、てっきりその日までに原稿が必要なのだと勘違いしてたんです。しかし書き始めてみると自分の内側から次々と思いが溢れてきて、10日間脇目も振らずに書き続けました」
◆裁判に勝った先に待っていたのは…
慰謝料30万円に利息が5万9219円。一日で割れば267円。金額に換算すれば、まったく利のある勝利ではない。しかし、この裁判を戦い抜いたことで西脇氏は確かな自分自身の存在理由を得ている。
かたや、今やスキャンダルにまみれた三浦氏はどうだろう。彼女が自分と同意見の仲間だと並べたてた有名人の一人も彼女を守ろうとはしていない。それも、そうだろう。きっと彼女はコーヒーの一つも買ってこないだろうから。
<取材・文/昼間たかし>