役職者を含む22名の従業員が一斉退職。
いわゆる「引き抜き」を働きかけたのは、役員クラスにあったA氏・B氏の2名だった。
これを違法であると主張した会社がA氏・B氏を訴えた結果、裁判所は「社会通念上相当な範囲を逸脱した違法な引き抜き行為」と断じ、両名に約2900万円の損害賠償を命じた。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
引き抜きを行ったA氏・B氏は、コンテンツ事業等を行う会社の役員クラスに就任していた。
しかし、会社の人事評価制度や営業方針に不満を抱くようになったA氏。次第に「退職して自分の会社を設立したい」と考えるようになり、そのことをB氏に相談した。
それから約5か月後、A氏は行動に出る。A氏の所属していた部署には40名の従業員が所属していたが、そのうち22名と自身の退職届23通を、会社にまとめて提出した。そこには「月末で退職する」旨の内容が記載されていた。
退職を決めた従業員らとA氏は、退職届を提出してから退職日までの1か月間で勇み足をしてしまう。すなわち、私用のメールアドレスなどを用いて、会社の取引先にメールを送っていたのだ。おそらく、退職後に自己の取引先にしたいという意向があったのだろう。
その後、会社は特別委員会を設置し、退職届を提出した者から事情聴取しようとしたが、全員が応じなかった。業務資料や成果物の引き継ぎも十分に行われず、会社の業務に支障をきたした。
そして、A氏から相談を受けていたB氏も退職したが、退職後、会社の取締役に連絡をとり「現経営体制では限界がある。もし敵対するのであれば戦う」旨発言した。
会社は、「多数の従業員を退職させ、自分の設立した会社に移籍させようとした引き抜きは違法だ」と主張して、A氏とB氏を相手に損害賠償請求訴訟を提起した。
会社の勝訴である。裁判所は「A氏とB氏は連帯して会社に対して約2900万円を支払え」と命じた。以下、詳細について解説する。
■ 引き抜き行為についてA氏およびB氏は「私たちには動機がなく、共謀や計画性はない」として引き抜き行為を否定した。
しかし、これに対して、裁判所は次のように判断した。
「A氏およびB氏は、一斉退職の退職届の提出前から、A氏が在職中であるにもかかわらず、A氏および退職従業員らが、A氏が設立しようとしている新会社において、事業を行うことを計画していたと認められ、本件一斉退職は、少なくともA氏による退職従業員らに対する直接または間接の働きかけ等によってなされたと推認するのが相当であるから、A氏およびB氏は、共謀の上、本件一斉退職によって、退職従業員らを被告会社(※A氏が設立しようとしている新会社)に引き抜く行為を行ったと認めるのが相当である」
■ 違法性について裁判所は、本件引き抜き行為を「違法」と結論付けた。具体的には、次のように述べている。
「A氏およびB氏が、事前に計画の上、A氏が本部長の地位にありながら、相当多額の売上を上げていた●事業を担当する●部の22名もの従業員に直接または間接に働きかけをし、本件一斉退職をしたもので、本件引き抜き行為は、会社の経営に重大な打撃を与えるものであったことに加え、A氏およびB氏が、在職中から●の担当者に対して、自分たちが設立しようとしている会社が●事業を行うことにつき会社の了承を得ているなどとウソの説明をし、在職中から、退職従業員らのうち複数名に新会社のメールアドレスを割り当てて送信させるなど、不当な方法を用いたことからすれば、本件引き抜き行為は、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものである」
■ 損害賠償額認められた約2900万円におよぶ損害賠償額の内訳は次のとおり。
本件は、役員クラスにあった2名が計画を立て、役職者を含む多数の社員を同日に一斉退職させ、在職中から新会社での業務を準備していたことが認定されたケースである。
裁判所は、本件の引き抜き行為について「社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものである」と判断した。
従業員には当然、転職の自由があるため、外部から働きかけて転職を促すスカウト行為すべてが違法になるわけではない。しかし本件では、特に、役職者を含む多数の社員に働きかけたこと、そして新会社のメールアドレスを使用してメール送信をしたことなどが、信義に反する行為と判断されたのであろう。
近年、プロジェクト単位で人材が動く業界もあり、「集団退職=違法」とは一概にいえないが、在職中から競合先での業務継続を計画した場合は、会社に対する不法行為に発展しうる。参考になれば幸いだ。