「早く終わってくれ」相手は7人を殺害した死刑囚…“秋葉原通り魔事件・加藤智大の理髪係”が感じた「異常なプレッシャー」

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「よりによって、一発目が加藤かよ……」
【写真を見る】円形脱毛のせいで髪が薄くなった“平成最悪の通り魔”
かつて東京拘置所で理髪係をしていたガリ氏。そんな彼が初めて髪を切ることになった死刑囚は、死亡者7人…‥2008年に秋葉原の歩行者天国で無差別殺人を犯した加藤智大だった。加藤智大と対面したときの思い出を、ガリ氏による初の著書『死刑囚の理髪係』(彩図社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
秋葉原無差別殺傷事件の現場 時事通信社
◆◆◆
――よりによって、一発目が加藤かよ……。
連行されてきた加藤を見て途方にくれる私に、中刈りがそっと耳打ちをしてきた。
「加藤はちょっと厄介なガラだけど……まぁ、この人さえ攻略できればあとは怖いものなしですから」
そんな簡単に言われましても――と言い返したくなったが、ギリギリで思い留まった。中刈り(理髪係の先輩)の言う通りだ。今は落ち着いて、いつも通り仕事をこなすべきである。
頑張れよ、と同情を滲ませる中刈りの苦笑いに、私はこくりと頷いて見せた。
「こちらへどうぞ」
意を決して、鏡の前に設置された席を指し示す。
「お願いします」
身をよじるようにして頭を下げ、加藤は理髪用の椅子に腰を落ち着けた。
改めてその姿を確認すると、テレビの報道で目にしていたよりもずいぶん痩せ細って見えた。頬は痩け、目は落ちくぼんでいる。顔全体に落ちた深い影が、この男の神経質な内面を際立たせていた。
死刑の執行は、当日の数時間前に告知される。以前はもう少し前もって知らされていたらしいが、現在は囚人の心理的なストレスを考慮してギリギリの告知としているようだ。
しかし逆に言えば、死刑囚は常に「いつ執行されるかわからない」という恐怖と隣り合わせで暮らしているということでもある。彼らにとってどちらが望ましい方法なのか。その心情を推しはかる術を、私は持ち合わせていない。
すべてを諦め、ただ死刑執行のその時を無気力に待っている男――初めてしっかり面と向き合った加藤死刑囚からは、そんな印象を受けた。
メガネくんから聞いていたような凶暴な男には見えないし、ましてやこの男があの凶悪事件の犯人だとは到底思えない。誤解を恐れずに言えば、どこにでもいる真面目そうな青年といったところである。
椅子に座った加藤と、鏡越しに目が合う。
――大丈夫だ、落ち着け。
自分に言い聞かせ「どうしますか?」とオーダーを聞くと、「前五部で」という返事が返ってきた。これは刑務所用語でスポーツ刈りを意味する言葉だ。
スポーツ刈りなんて、いつも通りやれば何も難しい注文ではない。ものの数分で終わる仕事だ。
さらに私はこの時に備え、入念なイメージトレーニングも積んでいた。メガネくん(受刑者仲間の一人)に話を聞いて以降、加藤の動向を意識的に目で追うようにしていたのだ。この男は何に喜び、どんなことに腹を立てるのか。中刈りが加藤を担当する日は横でサポートをしつつ、加藤と、そして中刈りの一挙手一投足を入念に観察した。
中刈りは元々優秀な人間なので、加藤からクレームが入ることはなかった。バリカンの電動音からすきバサミの開閉音まで細かく気を配り、スムーズかつ迅速に作業をこなした。そして私はそんな中刈りの動きを、徹底的に頭に叩き込んだ。
「承知しました」
私は小刻みに震える手で、バリカンに手を伸ばした。
加藤の頭に、刃を入れていく。
ジョリジョリという心地良い振動が、バリカンを通して右手に伝わってきた。しかし今は、その感触を味わっている場合ではない。素早く、そして丁寧に、私は忙しなく手を動かし続けた。
半分ほど作業が進んだあたりで、ある違和感に気がついた。さっきまであれほど落ち着きなく身体を動かしていた加藤が、微動だにしていないのだ。
鏡越しに、ちらりと様子を窺う。
真っ黒な、ガラス玉のような目が、こちらを凝視していた。
――なんだ? 何かミスっちまったか?
全身の毛穴が開き、冷や汗が吹き出す。
しかし何かを訴えかけてくる様子はない。私は平静を装い、黙々と作業を続けた。
加藤はまるで練習用のマネキンのように、身じろぎひとつしなかった。ガラス玉のような目は相変わらずこちらを見つめ続け、まばたきもない。醸し出す雰囲気も表情も、部屋に入ってきたときとは明らかに別人だった。
おまけに後ろには、刈り長先生と中刈りの監視の目が光っている。理髪室には、異常なほどの緊張感が漂っていた。
酸素が上手く取り込めず、頭がぼーっとしていた。正直言ってこのときのことは、今になってもあまり思い出すことができない。極度の緊張と集中で、記憶が曖昧なのだ。とにかく早く終わってくれ、と思いながら、ジリジリとした時間の中私は手を動かし続けた。

「以上です。お疲れ様でした」
やっとの思いで作業を終え、吐き出すように加藤に告げた。
「あっ、どうも……」
おどおどと立ち上がる加藤の目にはいつの間にか光が戻り、部屋に入ってきたときと同じく、神経質で弱々しい雰囲気の男がそこにはいた。
「帰るぞ」
刈り長先生が加藤を連れて、部屋を出ていく。
「カンペキでした。お疲れ様です」
小声で労ってくれる中刈りの声を遠くで聞きながら、私は呆然と立ち尽くしていた。
――やっと終わった……。
汗で身体に張り付く舎房着が煩わしい。
冷えた汗で体温が奪われたのか、あるいは緊張の名残りだろうか。体の震えは、作業が終わってからもしばらく取れなかった。
〈「髪が薄くなっていませんか?」数箇所しかなかった円形脱毛が10箇所に…死刑執行が近づいた“平成最悪の通り魔・加藤智大”に起きた異変〉へ続く
(ガリ/Webオリジナル(外部転載))

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