「最終手段ですよね。『ああ、使ってしまったな』という感じでしょうか」
そう語るのは、都内に住む40代の男性・Aさんだ。彼はつい先日、退職代行サービスを利用し、約5年間勤めていた会社を辞めたという。
「正直、退職代行サービスが普及した数年前は、『若い人は甘いな』と思っていたし、どうして自分で『会社を辞めます』と言えないのか、不思議で仕方なかったです。でも、今はそれぞれに事情があるのだなと考えを改めました」
都内の中小企業で働いていたAさん。自社のオウンドメディアを制作する部署に所属し、肩書きは編集長。部下2名の環境で、自らプレーヤーとして働きながらマネジメントも行っていた。
「実は、1年前に自律神経失調症との診断を受け、抗不安薬を飲みながら仕事を続けていました。主治医からは『休職するなら診断書を書くよ』と言われていたのですが、当時、部署は自分とアルバイトのメンバーの2名体制で、休める状況ではなかったんです」
だが、約半年前にAさんは限界を迎えてしまう。
「ほぼ毎日、突然やってくるめまいや動悸は改善する気配はなく、一度休まないといつか本当にダメになると思いました。そこで、会社の人事部と部署の最終責任者である取締役の人間に『休職させてもらいたい』と告げました」
しかし、会社からの反応は「もう少し頑張ってほしい」というものだったそうだ。
「『今、君が抜けてしまうと君がやっている業務をできる人間がいなくなってしまう』とのことでした。会社もいろいろと検討をしてくれたようですが、他部署からの異動は人員的に難しかったらしく、約2ヵ月後に30代の中途社員が入社してきました。彼が一通りの業務を覚え次第、休んで良いということです」
とはいえ、Aさんの体調は芳しくないまま。中途入社の社員に仕事を教えながらも、「不安が付きまとっていた」と話す。
「仕事内容的は慣れてしまえば決して難しいものではないのですが、入稿作業などマニュアルが非常に多く、朝、昼、夕と決まった時間に必ずやらなければならない作業もある。おまけに、突発的な業務も週に一度はあったので、1人で完璧にこなせるようになるまでには半年くらいはかかると思っていました。
ですが、『もしその半年の間に彼が辞めてしまったらどうしよう……』と考えると、怖くて仕方がなかった。そうなった場合、また新しい人を採用して引継ぎをして、永遠に休むことができないのではないか……。最悪の事態を考えると、汗が止まらず夜も眠れなくなり、寝るための酒量も増えていきました」
そして今年のGWに入った段階で、Aさん曰く「最終手段」だった退職代行サービスと連絡を取ることになる。
「実は、後押ししてくれたのは妻でした。毎日疲れ切っている自分を見兼ねたのか『もう辞めちゃいなよ』と。『でも、簡単に辞められない。言ったところで休職すらできないんだから』と話したところ、退職代行サービスを勧められたのです。『休職したところで、戻ったらまた体調が悪くなるかもしれないよ』とも言ってもらえました。
正直、抵抗はありましたし、先ほど話したように『使ってしまった』という罪悪感はいまだにあります。ただ、最終的には自分の体を優先し、サービスを利用することにしました。GW明けの初日は体調不良で有給休暇を使用し、次の日に代行サービスから退職の意向を伝えてもらった形です」
実際に、Aさんのようないわゆる管理職が退職代行サービスを利用するケースが増えてきたと話すのは、退職代行サービス『モームリ』を運営する株式会社アルバトロスの代表取締役・谷本慎二氏だ。
「弊社では、20~30代のご依頼が7割と、依頼数全体でみると若い方が多いですが、残りの3割については40代以上の方のご依頼となり、管理職のご利用も増加してきております。最近は、メディアの影響で退職代行サービスの認知度が格段に広まったことにより、依頼者の母数が増え、管理職世代の利用者も増えている傾向にあります」
谷本氏は、管理職や中間管理職と呼ばれる仕事に就く人々が退職代行サービスを利用する背景に、今回のAさん同様「辞めたくても辞められない」という問題があると続ける。
「やはり、年齢が高くなるにつれて『辞めさせてもらえない』といった理由が多くなります。仕事に責任もあり、簡単に会社を辞めることができないから弊社を利用していただくというケースです。
ただし、弊社を利用する管理職世代の9割以上は、ご本人しか知らない重要なデータを会社のPCに入れておく、書面で送るなど、きちんと引継ぎをされています。責任感の強い方は、『特定の上司以外となら対面で会って引継ぎをします』とも話されます。
弊社としても、役職付きの方は仕事量なども多く引継ぎなどを求められるケースはあるため、ご本人しか知り得ない情報や進捗状況など最低限の引継ぎをすることを推奨しております」
前出のAさんもまた、直属の部下にだけは連絡を取ったと語る。
「すでに教えた仕事の復習、応用編といった資料を作成し、どうしても困った時の連絡先として自分の個人アドレスを書いてLINEで送りました」
Aさんは現在、休養を取りつつも、次のステップに進もうと前を向いている。
「詳しくは言えないのですが、有給消化があるため、少しの間は会社に籍がある状況です。今は休んで体を回復させながら、次は社員数の多い環境でゆとりをもって働きたいなという気持ちがあります。
あとは、退職代行サービスを利用しておいて言うことではないかもしれませんが、あまりにもあっさり辞められることができたため、『編集長の肩書きがあっても、自分の代わりなんていくらでもいるんだな』という現実を知りました。会社はもちろん、引継ぎでLINEをした部下からも連絡はありません。まあ、自分ができない人間だっただけかもしれませんが(苦笑)。
5年間働き、最後は無理をしながら頑張ってきたけど、今は『自分ができる仕事なんてこんなものか』という現実をプラスにとらえて、次の会社で働きたいと思っています」
・・・・・
【もっと読む】『「お前たちのせいで…ふざけるな!」管理職の利用も増加中…最短30分で会社を辞められる「退職代行サービス」の現場で起きていること』
「お前たちのせいで…ふざけるな!」管理職の利用も増加中…最短30分で会社を辞められる「退職代行サービス」の現場で起きていること