依頼者の女性が住むマンション(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
女性Aさんが一人で暮らしているマンションのキッチンには、何かが燃えた跡のような大きな黒い塊がある。聞くと数カ月前にボヤを起こしてしまい、散乱していたスポンジやゴミが焦げて固まってしまったのだという。
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)が、ゴミ屋敷となってしまったAさんの部屋を片付ける。なぜ、その「黒い塊」すら、捨てられなくなってしまったのだろうか。
動画:「以前もゴミ屋敷に。」1人暮らし女性のゴミ出し事情
ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」の社長である二見文直氏によれば、部屋の中でゴキブリなどの虫が湧いている物件はドアを開けなくてもわかるという。その部屋があるフロアに来ただけで、生ゴミが腐った臭いを感じるのだ。
ボヤを起こしてしまって固まったスポンジ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
Aさんが住む部屋もまた、生ゴミが中心に放置されたゴミ屋敷だった。リビングと洋室には弁当、持ち帰り用の牛丼、カップ麺、パックご飯などの空容器に、お菓子、冷凍食品などの空の袋といった生活ゴミが散乱している。袋にまとめられているゴミもあるが、剥き出しのまま散らばっているゴミもある。
ゴミが山積みになったキッチン(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ベッドの上だけは人が寝られるだけのスペースが確保されているが、ゴミ袋のほかにも段ボールやペットボトルもたまっていて床が見えない状態だ。枕元にはティッシュだけがこんもりと山になっている場所がある。室内で飼っているという犬の糞も無数に転がり、床に積み上がっているゴミの中をよく見ると、犬の尿で黄色くなった使用済みのペットシーツが埋もれていた。
キッチンにはレトルトのハンバーグなど、まだ液体が入ったままの空の袋が放置されている。コンロの上にはボヤで溶けた食器用洗剤のボトルが置かれたままだった。これだけのゴミがあってボヤで済んだのは、不幸中の幸いと言っていいだろう。
ボヤで溶けた食器用洗剤のボトル(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「引っ越してからは数年、きれいにやっていたんですけど、1年くらい前からゴミがたまり出しました」(Aさん)
足腰が悪いというAさん。ベッドの上に腰をかけながら、ゴミ屋敷になってしまった経緯を話してくれた。一般的な集合住宅と同じようにAさんの住むマンションにも共用のゴミ捨て場があったが、マナーの悪い住人が多くいたせいで閉鎖されてしまった。すぐに別の場所にゴミ捨て場が設けられたが、かなり不便になってしまったという。
「(以前と比べて)かなり遠くなっちゃったんですよ。最初のほうは捨てに行っていたんですけど、そこもやっぱりマナーの悪い方たちが捨てに行きますし、ほかの場所からも捨てに来る人がいるので(ゴミ捨て場が)キャパオーバーしていました」
そうなると黙っていないのが、ゴミ捨て場の近所に住んでいる人たちだ。見慣れないAさんの姿を見ると、近寄ってはこう言ってきたという。
「どこから捨てに来とるんや。ここまで捨てに来ることないやろ、どっかで捨てられるやろ」
その住人はゴミ収集車が回収に来るまで付近を見張り始めた。以来、Aさんはそのゴミ捨て場から足が遠のき、あれよあれよという間に部屋はゴミだらけになってしまった。液体が入った空容器や犬の糞といった臭いを発するゴミまで部屋に放置されたままだったのは、ゴミ捨てに一切行けなくなってしまったからだ。
しばらくすると元のゴミ捨て場は復活したものの、すでに部屋は自力では後戻りできない状況にまで荒れ果てていた。現場にスタッフとして入っていた文直氏の弟・二見信定氏も、Aさんのように近隣との摩擦が原因でゴミ屋敷化してしまうケースは珍しくないと話す。
「管理人さんに(ゴミ捨てを)厳しく見られるというのはよく聞くんですよ。集合住宅になると、(ゴミ捨てのルールに)厳しい方もいる。ちょっと言ってくる人がいて、それでゴミを出しにくくなって、たまってしまうという方はいます」
中には「クレーマー・嫌がらせ」と呼ぶにふさわしい事案もあるだろう。そうなってくると、もはや自分ではどうすることもできない。不可抗力でゴミが捨てられなくなってしまう可能性だってあるのだ。
(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
「もともとだらしない性格でもあるので、またお世話になるかもしれないなっていう不安もあります」と、片付け終了後にAさんは話したが、「生ゴミまで捨てずにためてしまう人は心に何か問題を抱えていることが多い」と文直氏は言う。
「生ゴミにしてもゴミ袋に入れて放置している人と、ゴミ袋にも入れない人がいますが、その差も大きいと思っています。何か問題を抱えていても、それを人に相談できない状況にある。そういった心の状態が部屋に表れることもあるんです」
Aさんの場合、その問題を自分の外に抱えていたが、自分の内に問題を抱えていることでゴミ屋敷化してしまうこともある。この連載でも過去にうつ病や発達障害を抱えたことでゴミ屋敷になってしまった住人たちを取り上げてきた。ほかにも、転職による生活の変化や人間関係のもつれ、親族の他界など、病気や障害とまではいかずとも、「心の悩み」が原因で部屋が荒れてしまった住人たちもいた。
だが、片付けや掃除は、そうやって不安定になってしまった心に安定をもたらす行動でもある。
「掃除ってやり出すまではしんどいですが、やり出すと楽しいんですよ。やっているときは無心になれる。仕事や生活に追われていろいろ後回しになっていたり、精神的にちょっと参っていたり、そういうときこそ自分の気持ちを整えるために掃除をするといい。ただ、一気にやるのは大変なので、まずは1カ所をきれいにする。そうすると、ほかの場所も自然ときれいにしたくなるはずです」(信定さん)
生ゴミでいっぱいの部屋とはいえ、間取りは1LDKと広くない。スタッフは4人、ハウスクリーニングも入れて作業はわずか4時間で終わる予定だ。生ゴミやドッグフードの周りにはゴキブリが湧いているが、わりかしきれいな段ボールを畳もうとすると、中には小さなゴキブリが何匹も隠れていた。
「段ボールって暖かいのでゴキブリの棲み家になりやすい。テープを剥がしたり、畳んだり面倒だとは思いますが、処理しておいたほうがいいです。私は職業柄、家の中に段ボールは置かないです。どれだけきれいにしていても、ゴキブリが入ってきてしまいます」(文直氏)
(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ゴミを搬出していくうちに床が見えてきた。すると、隠れる場所がなくなったゴキブリたちが壁をつたって次々と天井へ逃げていく。スタッフたちがすかさずゴキブリ駆除スプレーで撃退していく。
部屋のゴミはすべてなくなり、ハウスクリーニングのために移動した家具を元の場所に戻して作業は完了となった。
「言葉が出ないです。想像以上でびっくりしています。一番びっくりしたのはシンクですね。あんなピカピカに磨いてもらって。私、燃やしちゃったんで、だいぶ焦げもあったと思うんですけど、こんなにきれいにしてもらえて感謝しかないです。本当に助かりました」
(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ハウスクリーニングまで終え、生まれ変わった部屋を見てAさんは少しだけ泣いていた。
「こんなゴミだらけの部屋に住めるなんて“慣れ”って怖い」
掃除の行き届いた部屋に住む人はそう思うかもしれない。だが、実際きれいになると当たり前だが気持ちのいいものだ。慣れてしまっているようで、慣れていない。Aさんはずっと自分の部屋にストレスを抱えていた。
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(國友 公司 : ルポライター)