ついに福岡で「トンコツ系」が少数派に転落…業界を震撼させる「豚骨ラーメン離れ」の3つの理由

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豚骨ラーメンといえば、福岡県を代表する人気グルメのひとつ。なにしろ豚骨ラーメン発祥の地があり、「ラーメンといえば豚骨」と言っても過言ではない地域でもある。
そんな豚骨ラーメン文化の根強い福岡県で、ここ最近、非豚骨ラーメン店が増えているのをご存じだろうか。
西日本新聞によると、2022年の福岡県内のラーメン新規出店は豚骨が4割、非豚骨が6割で、17年から非豚骨系が増え、19年以降は豚骨を上回るようになったという(2023年1月26日配信記事)。
最近の情報として「ラーメンデータベース」に掲載されている、福岡県内のラーメン新規出店データ(取材着手当時に公開されていた2023年7月末~2024年2月17日で開業の62店舗)を調べてみたところ、若干ではあるが非豚骨(38店舗)が豚骨(24店舗)を上回る結果に。
また、「食べログ」に掲載されている福岡県内のラーメン新規出店数(2023年内に開業した115店舗)でも、非豚骨は69店舗で、豚骨専門店の46店舗を上回った。
「ラーメンといえば豚骨」のイメージが定着していた福岡で、非豚骨ラーメンが存在感を増しているのはなぜだろうか。
「新規出店者が豚骨ラーメンで勝負するのは相当難しくなっています」と語るのはフードジャーナリストで、福岡のラーメン事情にも通じている山路力也さんだ。大きく3つの背景があると、知見や考察を交えて分析してくれた。
1つ目はプレイヤーの多さである。豚骨ラーメン発祥の地である福岡では、多くのラーメン店が豚骨ラーメンを売りにしている。お客側の視点から考えても、豚骨文化の中で育ってきた福岡の人々には、すでに「自分の好きな豚骨ラーメン店」が存在する。
福岡で生まれ育ち、今も福岡で商売を営む女性(38歳)は「豚骨ラーメンを食べたいときは『ここに行く』と決めている店がある」と話す。同様に生粋の福岡人である男性(59歳)も「新規開拓はせず、決まった店に行く」と言う。
いずれも幼少期から慣れ親しんできた豚骨ラーメン店ではないが、大人になり味覚が形成されていくうちに出会った、自分好みの豚骨ラーメンを提供する店だという。他にも数人の福岡人に聞いたが、同様の答えが返ってきた。
新規出店者にとっては、ライバル店と競うのも、元々そこへ通う人々を自店へ引きつけるのも、難易度が高い。
2つ目は豚骨ラーメンの製造コストは一般的に非豚骨ラーメンよりも高い点である。
店によって使う豚骨の量は異なるが、たとえば鶏ガラで出汁をとる醤油ラーメンよりも、豚骨ラーメンの方が高コストになると山路さんは言う。
鶏ガラは弱火かつ短時間、少量の骨で出汁がとれるが、豚骨は強火かつ長時間(24時間炊き続ける店も存在する)大量の骨を煮立てないと出汁がとれない。光熱費(ガス代)や人件費、材料費、事業系ゴミ袋代などの処理費などをトータルで考えると、豚骨の方が、支出は大きいのだ。
コスト事情については、福岡市博多区に3店舗を展開する「博多一双」創業者で、EVORISE社長の山田晶仁さんに聞いた。
博多一双では24時間炊きっぱなしではないが、営業中は3つの寸胴鍋に入ったスープを強い火力で炊き続けている。国産の子豚の頭骨、背骨、げんこつを下処理し、高い火力で骨がホロホロになるまで3つの寸胴を使って長時間炊き上げ、「呼び戻し(※)」という技法でスープを作っている。
※創業当時から空にしない寸胴があり、毎日その寸胴に別の寸胴でとった新しいスープを少しずつ継ぎ足しながら作る「呼び戻し」という技法。その日必要な分量のスープを1から作る技法「取りきり」よりも高コスト
厨房(ちゅうぼう)のガス台に目をやると、近くの水道から水が流れ続け、鍋底に4~5cm程度の水が溜まっている。なぜずっと水を流して、鍋の底を冷やしているのかと尋ねると「鍋の変形を防ぐためです」と山田さん。
高い熱効率を維持する設備が備わった特殊なガス台で、鍋を高火力で熱し続けていると、鍋が簡単に変形してしまうのだ。そのため、鍋を火にかける間は水も流しっぱなしになる。先に挙げた光熱費だけでなく、水道代の額も大きくなる。豚骨は非豚骨と比べて原価率が高い傾向にある、と山田さんは話す。
3つ目は、価格を上げにくい点だ。
豚骨ラーメンは「500~600円」程度といった安価なイメージが定着しているため、価格を上げると「高い」と客離れにつながりやすい。
福岡の豚骨ラーメンでは一般的に、1杯につき100gの細麺が使われる。対して東京や大阪など発祥の非豚骨ラーメンは1杯につき麺は130~140gで、麺も細麺とは限らない。福岡の豚骨ラーメンよりも1食のボリュームが多い。
値段は、通常のラーメンで800円~900円程度。中には1杯1000円を超えるラーメン店も多い。
「福岡の豚骨ラーメンは“一食”としてカウントされているというより、飲みにいった後の〆に食べるもの、または小腹が空いたときの『おやつ』として認識されてきたからこそ、安く食べられるものといった印象が根づいているのでは」と博多一双の山田さんは話す。
1950年代、博多漁港に面するエリア・福岡市中央区長浜で生まれた長浜ラーメンが、魚市場で働く人たちから「安価に、さっと食べられて、小腹を満たせる」と支持され、豚骨ラーメン=安いとのイメージが定着したようだ。
ちなみに長浜ラーメンも、茹で時間の短い細麺が使われ、麺の量も100gとされ、替え玉をする人も多い。
ただでさえ光熱費がかかり、原材料費も高騰している。さらに、ラーメンの好みが多様化する中では、福岡で豚骨専門店を出しても利益がでにくい。それでも値段を上げることができない。
そんな状況では、新規で豚骨専門店を始めようとする気概がそがれるのも理解できる。
福岡で非豚骨が増えていった背景も述べておこう。
山路さんによれば、福岡で、非豚骨ラーメンとして登場して存在感を示していたのが、「一風堂」だ。世界的にも有名な、豚骨ラーメンのグローバルチェーンだが、1985年の創業時から醤油ラーメンを提供していた。
今でも1号店の「大名本店」では「博多しょうゆらぁめん」を提供しているほか、独自の醤油ラーメンを提供する支店も存在する。
さらに2012年に開業した「支那そば月や 本店」の影響も大きいだろう。「九州極上醤油ラーメン」のキャッチコピーを掲げ、福岡・店屋町にオープンした。福岡出身で、東京や海外に出て多様なラーメンに触れ、学んできたオーナーだからこそ、福岡では当時まだ珍しかった醤油ラーメンを展開し、注目を集めた。
山路さんによれば、福岡市内に非豚骨ラーメン店が増え始めたのはこの頃からだという。さらに、スマホやSNSの普及もあって、福岡の人々は県外にある非豚骨ラーメンの情報を得て、「非豚骨=ラーメンのいちカテゴリ」として、受け入れ始めたのではないかと話す。
気になるのは、これだけ多種多様な非豚骨ラーメンが増えている昨今、福岡の人々の間における「豚骨ラーメン離れ」である。
豚骨ラーメン店にとってはピンチの状況なのか。この問いに対する識者ふたりの答えはNOだ。
「豚骨ラーメンに慣れ親しんできた福岡の人々のベースには豚骨への愛、大事にしている“豚骨ラーメン体験”があります。それゆえ非豚骨は、今日はラーメンを食べようかと考えたとき、豚骨と並ぶ選択肢のひとつになっている印象です。非豚骨には華やかなものも多く、全くの同列というよりは少しハレの気があるかもしれませんが」(山路さん)
「福岡の人は良くも悪くも保守的なところがあります。また、総じて郷土愛や地元意識が強く、モツ鍋、明太子に並ぶ福岡の名物として、豚骨ラーメンがあることを誇りに思っている人が多い印象です。福岡で生まれ育った僕自身も、大好きな福岡を盛り上げるため、とんこつラーメンという一観光資源になり得る食べ物を、より美味しくアップデートしながら提供し続けていきたいです」(山田さん)
このふたりの話を受け、福岡に住む女性(36歳)に尋ねると、「基本は豚骨ラーメンが好きなので、ラーメンといえば豚骨を食べることが多いが、非豚骨を食べたい気分のときもある。非豚骨はひとつの食カテゴリという認識」と言う。
さまざまなカテゴリのラーメン店が存在する東京のような大都市と異なり、福岡のラーメンは豚骨がベースにあり、ラーメンといえば豚骨ラーメンという感性は人々の間で共通しているようだ。
さらに、豚骨ラーメンへの愛をたくさんの福岡県民から聞いた。「自分はどこどこの豚骨ラーメンが好きだ」と語れるくらいに。これは大きな都市ではありえない感覚だろう。
非豚骨ラーメン店は増えているが、豚骨ラーメン店も変わらず存在する。豚骨をベーシックなラーメンと捉える福岡の人々にとって、非豚骨はベーシックとは異なるラーメンのいちカテゴリである。非豚骨・豚骨は「共存」という形で、福岡の街にあり続けることだろう。
———-池田 園子(いけだ・そのこ)ライタープレスラボ社長。2009年楽天入社。2012年ライターとして独立。2016年から4年「DRESS」編集長を務める。2020年2月代表交代に伴い現職。著書に『はたらく人の結婚しない生き方』(クロスメディア・パブリッシング)がある。———-
(ライター 池田 園子)

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