SNSが普及し、有名人もこぞってアカウントを作成し発信するようになり、ライブやイベントへ行かずとも直接、言葉を交わしてコミュニケーションをとれる存在になった。同時にトラブルも激増した。最近は、このトラブルがサービス業に就く人たちにも広がり、店員の名札に本名をフルネームで記載するのをやめる動きが広がっている。一方で、客と親密なコミュニケーションをとることが業務の一環となっている接客業では、予防策を講じるどころか危険が増している。ライターの宮添優氏が、被害が続いても問題が論じられない業界で働く女性たちの悩みをレポートする。
【写真】SNS営業が必須な派遣型店舗
* * *「この2~3年で、都内の風俗業で働く女性が被害者となる事件が相次いでいます。2021年には立川市で、2022年は台東区吉原で女性が殺害されました。つい先日も、台東区鶯谷のホテルに男が立てこもる事件が起きましたが、人質となった女性(のちに無事解放)は派遣型風俗店で働く女性でした」
大手紙社会部記者がこう振り返るように、風俗業で働く女性が殺害されたり、傷つけられる事件が都内に限らず頻発している。もっとも、こうした事件の場合、被害者女性の属性が報じられることの影響を警察やマスコミが考慮し、報道自体が抑制的になる傾向が根強い。一部SNS上などでは「被害者は××の店舗で働いている」などと真偽不明の情報が飛び交ったりもするが、結局のところ真相は曖昧になり、事件への関心や被害者への同情も薄くなる。立てこもり事件を取材した大手民放記者も次のように吐露する。
「鶯谷の事件でも、被害者女性の名前はおろか職業、被疑者との関係はほぼ伏せられました。”なんだ風俗関連の事件か”という空気が記者やカメラマンだけでなく、世論にも醸成され、無かったことのように闇に葬られてしまう。この数年、こうした傾向に拍車がかかっているような気すらします」(民放記者)
だからなのか、なぜこうした事件が相次ぐのかについて、表立って議論される機会は皆無に近い。ただ、どんな状況であっても、仕事を理由に「被害に遭っても仕方ない」と結論づけてよいわけがない。
それでも、界隈で事件が相次ぎ、さすがに実際に仕事で関わる関係者たちは防犯に努めているのかと思ったら、実情は真逆であるという。そう訴えるのは、埼玉県内で彼女たちが働く店舗を運営する会社の役員、森本大輔さん(仮名・40代)だ。
「表向きはタブーだとされている、客に恋愛感情を匂わせる”色恋営業”などを行い客から逆恨みされた挙句に女性が被害に遭う、という事例も確かにある。しかし、それだけが店で働く女性が狙われる事例が増えた原因ではないと思います。紹介サイトの隆盛や、SNSを通じて女性たちが客と直接連絡を取り合ったりすることで、女性と客の距離が極端に近づき過ぎてしまったことが最大の要因ではないでしょうか。働く女性たちは間違いなく、以前より危険な状況に遭遇する可能性が高まっています」(森本さん)
こういったサービス業とは無縁の人たちには理解しにくいかもしれないが、かつての商習慣では、女性と客が直接、連絡を取ることは基本的になかった。ごく一部”色恋営業”目当てに秘密裏に客と連絡を取り合う女性はいたが、そうした行為は店側が厳しく監視して禁じていた。疑似であっても恋愛感情を客に持たせることは、女性にとってさまざまな危険が及びかねないデメリットしかなかったからだ。しかし近年、紹介サイトが林立し、女性たちがそこに自撮りの写真や動画をあげたり、SNSを使って客に直接、メッセージを送るなどするようになった。これらの行為は、かつてなら禁じられていたはずだが、最近では経営側から「営業活動」とすら見做される向きがあるというのだ。
「前提として、ほとんどの女性が業界で働いていることを隠したいし、業務時間外で客と連絡を取り合いたいなどとは思いません。ですが、女性と客のコミュニケーションの形が、否が応にも変わってしまい、そうしないとお茶を引く(客が全くつかない)確率も増える。女性側のデメリットが増え続けているのは間違いありません」(森本さん)
千葉県内の店で働くコユキさん(30代)は、SNSを使って客と直接やりとりしなくてはならないシステムが嫌で、東京の店からやむなく移籍したという1人だ。その切実な事情を、次のように説明する。
「都内のお店は、どこも”SNS営業が必須”で、それが嫌なら採用されなかったり、保証給(接客数を問わずもらえる給料)が減額されるなどしました。東京の店より、千葉の店は給与も客数も少ないですが、紹介サイトにモザイク加工などをしない写真を投稿することや日記を書くことを強制されることがありません。SNSで客とやり取りをしなければならないのは苦痛でしかなく、実際に危ない目にも遭ったので、今の方が安心です」(コユキさん)
コユキさんは一体どんな危険なことに遭ったのか。被害の内容を聞くと、サイトを見た知人にバレたり、禁止されている写真や動画の保存をされ、それをネタにSNSで見知らぬ人物から強請られたりしたことがあるという。
「毎日のように変なメッセージを送ってくる客がいて、気持ち悪くて無視していたら、殺害予告まであった。実際、仕事終わりに店から自宅まで跡をつけられて警察沙汰になり、裁判所に接近禁止命令を出してもらったこともあります。ほんの5~6年前までは、こんなことはありませんでした」(コユキさん)
一年ほど前まで九州地方の店で働いていたキサキさん(20代)も、店側から強要される顔写真のサイト掲載や、毎日の日記書きなどが嫌で都心店から地方へ移籍した。だが、いつの間にか都心店のような「営業」を求められ、辞める直前にはサービス中に客が撮影することまで店から強要されたと嘆く。
「女性が顔写真や動画をネット上に出すことがかなり一般化しており、サービス内容も過激になる傾向が強いです。行為中の撮影なんか、いくらお金のためとはいえ、喜んでやる女性はいません。私は、客に撮影された動画がSNS上にばら撒かれたこともあり、SNS運営側に通報して投稿自体は消えたものの、投稿した客が逮捕されることはありませんでした。もう気持ちも体ももたなくなり、業界から身を引きました。仕事を続けられなかったという後悔はありますが、自分が働いていた業種の女性が被害者となる事件が増えているので、これで良かったと思うしかありません」(キサキさん)
ネットやSNSの台頭で、人々のコミュニケーションの形は様変わりした。そこにはメリットもあればデメリットもあるが、接客業、とくに客への親密なサービスを伴う仕事をする女性たちにとってこの変化は受け入れ難いほどマイナス面が大きい。もちろん、取材の中で「SNS営業」のおかげで客が増えた、収入が増えた、という女性にも話を聞いたが、増収に伴うデメリットを気にしないという人はいなかった。
客へのサービスが親密な形をとるぶん、ある程度は危険な仕事だと承知しているとはいえ、やはり現在の業界の傾向は歓迎できないというのが女性たちの本音ではないだろうか。そして、今のような営業推奨の方向が、大きな危険性を孕んでいることは誰にでも容易に想像ができたはずだ。しかし、利益至上主義や時代の流れに逆らえず、なし崩し的に変貌を遂げていった結果、実際に悲劇が相次いでいる。それでもまだ「あの業界のことだから」と白眼視するのを容認してよいのだろうか。社会の綻びは、弱いところから始まる。その危険は遠からず、あなたの問題になる可能性もあるのだと承知しておくべきだろう。