「テレビを見ないで逃げて!」 NHKアナに聞いた救命への思い

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「東日本大震災を思い出してください!」「今すぐ逃げること!」。能登半島地震が発生した1月1日、大津波警報が発令されると、テレビ画面からは、強い口調で避難を呼びかけるNHKのアナウンサーの声が響いた。そこには「感情に訴えて、結果として命が助かれば」との狙いがあった。この異例ともいえるアナウンスの背景には、東日本大震災の教訓があった。
津波警報に「今すぐ避難!」 NHKアナは元金沢放送局
緊急地震速報が出た1月1日午後4時6分。NHKはサッカー男子日本代表の試合の中継を中断し、地震や津波の情報を伝える報道に切り替えた。そして先述の呼びかけである。大津波警報が出されると、スタジオの山内泉アナウンサーの語気は一段と強くなった。
SNS上では地震の情報とともに「NHKのアナウンサー」がトレンド入り。NHKによると、この断定調や感情に訴える呼びかけは、2011年の東日本大震災がきっかけだった。「NHKニュース7」のキャスターを務める瀧川剛史アナウンサー(42)は当時を振り返り、「避難を呼びかけても(現地の人に)なかなか届かず、みんなつらい思いをしました」と話す。
NHKでは震災直後から、全国のアナウンサーが意見を出し合い、11年秋に、現在につながる呼びかけの原形を作成した。その際、大きな課題として浮上したのが、「自分は大丈夫だろう」と災害時に多くの人が思う「正常性バイアス」だ。当時も「安全な高台に逃げてください」「海に近づかないでください」などの言葉を繰り返してはいたが、「強いトーンではなく、冷静な呼びかけだった」。
今回の対応について、瀧川さんは「断定調は大津波警報が出た際に発する文言で、局面の変化を感じていただくためのもの。普段冷静沈着なアナウンサーが、見たこともないような表情や声色で伝えていること自体が、ニュース性を理解いただくきっかけになると思う」と説明した。
この呼びかけが実行されたのは初めて。NHKには「危機感を持てた」「避難するきっかけになった」と評価する声が寄せられた一方で、「もう少し落ち着いた声で呼びかけるべきではないか」といった意見があったという。報道アナウンサーグループ統括の徳永圭一アナウンサー(45)は「怖い思いをした方もいるでしょうが、命が助かってほしいという思いを優先していることを知ってほしい」と理解を求める。
若手からベテラン、地方局も訓練
しかし、呼びかけを強めただけで、効果が出るわけではない。NHKニュースセンターでは、ニュースのない時間は昼夜問わず、定期的に訓練を実施している。カメラマン、記者、ニュースの制作に携わる編集などと共同で、本番さながらのシチュエーションを再現。大津波警報の想定であれば、今回のように絶叫するほどの大きな声を出す練習もしてきたという。
瀧川さんは「避難を呼びかける局面になった時、原稿にある基本的な文言だけでは足りないので、アドリブ対応も必要になる。訓練で本番に近い状況を経験していないと、なかなか言葉は出てこない」と強調する。今回発せられた「テレビを見ないで逃げてください」という文言も、訓練で生まれた言い回しだという。
訓練は若手からベテランまで、また地方局でも頻繁に繰り返している。今回の初動を振り返り、徳永さんは「被害が徐々に明らかになっている段階なので軽々しく評価はできないが、(山内アナウンサーらは)私たちが長く積み上げてきたものを全力で果たしてくれた」と手応えを口にした。
また、18年度から3年間かけて、アナウンサーがフィールドワークを実施して地域版の呼びかけを作成した。さらに、震災発生から数年たった地域をアナウンサーが歩いて、被災者に当時どのような言葉がきっかけで逃げたのか、また逃げなかったのか聞き取りをするなどして、改善を続けている。
徳永さんは、東日本大震災や、16年の熊本地震の際には現地でリポートを担当。岡山放送局に赴任中だった18年には西日本豪雨に直面した。「『水害はない』とみんなが思い込んでいた町で、多くの方が命を落としたので、あれでよかったのかとみんなが自問自答した。もう二度とそういう思いをしたくないという使命感から、今回の呼びかけのような言葉が出てくると思う」と話した。
今後、能登半島地震の対応についても検証する予定だ。瀧川さんは「まだ災害のさなかなので、今は生活情報や再建に向けた必要な情報を丁寧に伝えていくことが必要」とした上で、「これで終わりではなく、今後も新しい取り組みを続けていきたい」と語った。【諸隈美紗稀】

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