「僕がメディアに出ることに批判も当然ある」妻子4人を能登半島地震で亡くした父親が語った、辛くとも取材に応じた理由

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石川県警の警察官である大間圭介さん(42)は、珠洲市の帰省先で能登半島地震に被災。妻のはる香さん(38)と長女の優香ちゃん(11)、長男の泰介くん(9)、次男の湊介くん(3)を失った。一人生き残った彼が、メディアの取材に応じるのはなぜなのか。現在の切実な心境を明かしてくれた。【前後編の後編。前編から読む】
【写真】うさぎの耳飾りをする優香ちゃん、野球のユニフォームを着る泰介くん。12人の親族が集まった家は裏山の崖崩れで倒壊した
* * * 大間さんが妻のはる香さんと出会ったのは、彼女がまだ小学生の頃のこと。3歳年下の妹がはる香さんと同じバスケットボールのチームでプレーしており、応援に行った試合で見かけていたのだ。二人は社会人になってから市町村の体育大会で再会し、穏やかな愛を育むようになった。大間さんが29歳のときに結婚して、3人の子宝に恵まれた。
大間さんは、子どもたちを「宝物だった」と語る。
「お姉ちゃんの優香は、韓国アイドルが大好きでした。歌と踊りが好きで快活だけど負けず嫌いで、なんでも頑張ってやっていました。将来はアナウンサーかお医者さんになりたいと言っていて、可愛い子でした。
長男の泰介は、優しかったですね。本当に優しすぎるくらい優しくて、自分の小遣いですよ、せっかくもらったお小遣いで、僕のために服を買うんですよ……(涙で声を震わせる)。物を作るのが好きで、将来は建築士になるかポケモンの会社に入りたいって言っていました。
僕は単身赴任してるから、たまに金沢の自宅に帰ると、すぐ玄関に泰介と湊介とが来て抱っこをせがむんです。僕は高い高いしたり、ギューって抱きしめたり……。迎えに来てくれるのが嬉しくて……。
次男の湊介は、お兄ちゃんが野球しているのを真似してバットを振ったり、最近は仮面ライダーのベルトをもらって、『変身』って嬉しそうに繰り返したり。明るい良い子でした。本当にずっと宝物だったし、みんな今も宝物なんです」
上記のインタビューは1月8日、珠洲市の避難所で行ったものだ。大間さんは翌9日、家族の遺体と一緒に金沢の自宅へと帰った。そして1月13日に通夜、14日に葬儀がしめやかに執り行われた。NEWSポストセブン取材班が17日に改めて大間さんに電話で取材し、家族の思い出が詰まった自宅で過ごす現在の心境をたずねた。
「ひとつひとつの家具に思い出があるので、『もういないんだな』という思いと、楽しかった思い出がよみがえって、やっぱり悲しくて辛いです。生活ができるように掃除はしたんですけど、子供が使ってた遊び道具とかは片付ける気になれません。おそらくずっとこのままなんだろうなと思ってます。うん……。みんなが生きていたときの思い出をそのままの形で、たぶん僕が生きてる限りは残しておくんじゃないかなと思います」
辛い状況の中で、大間さんはなぜメディアの取材に応じるのか。その背景にあるのは、失った家族への切実な愛情だ。
「気を紛らわせるために忙しい状態でいたいという気持ちはありましたけど、初めて現地に取材に来ていただいたときは、正直あまり話したいとは思っていませんでした。家族について話すのは良いことなのかという葛藤もあり、ご協力しきれずにいました。
でも自分が何も語らなければ、“ある家族4名が命を落とした”という事実しか伝わらないわけじゃないですか。だけど、すみません……(涙に声を詰まらせる)。妻と子どもたちは間違いなく生きていたんだという証をどうしても残してやりたいなと思って……。僕がメディアに出ることに対して、批判みたいなものも当然あると思います。
だけど、僕は誰がなんと言おうと構いません。今は少しでも多くの人に、妻と子どもたちの生きた証というものを知ってほしい。『こうやって生きていたんだよ』っていうことを知ってほしいと思っています」
石川県は1月17日、災害関連死14人を含め、能登半島地震による死者が232人になったことを発表した。自治体別の死者数では珠洲市が99人、輪島市が98人となっている。これらの数字ひとつひとつに、それぞれの尊い人生があった。ご冥福をお祈りします。
(了。前編から読む)

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