【渋井 哲也】「亡くなる人が多すぎて、何も思わない」…21歳女性が明かす「トー横」の悲しい現実

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新宿・歌舞伎町の「シネシティ広場」、通称「トー横」地区。行き場のない子ども・若者たちがどこからともなく集まって来るようになり、今や全国的に有名なエリアとなった。学校でのいじめ、父親からの壮絶な虐待を逃れ、トー横に流れ着いた21歳のミユ(仮名)。彼女が苦しさから逃れるために手を出したのは、市販薬の大量摂取だった。
『父親の乱暴から逃れるために、気づかれないよう「そっと自分の部屋へ」…21歳女性の「深刻すぎる告白」』より続けてジャーナリストの渋井哲也氏がレポートする。
著者が「トー横」で出会ったミユ(仮名・21歳)。彼女は幼少期から父親の暴力にさらされながら育ち、小中学校でもいじめに遭っていた。
大阪府出身の彼女は各地の“界隈”と呼ばれる、学校や家庭に居場所のない若者たちが集まる場所に出入りしていた。推しアーテイストのライブで上京したのをきっかけに、そのまま東京に残り、トー横界隈にも顔を出すようになった。
トー横には警備員の姿もあるが……(渋井氏提供)
上京したとはいえ、生活費はどのようにして稼いでいるのか。界隈の女性たちの中には「案件」と呼ばれる、パパ活や売春の斡旋により生活費を稼いでいるケースもあるというが、ミユはそのどれも断っている。
「アルバイトです。今はコンカフェ(コンセプトカフェ)ですね。その範囲で暮らしています。都内に住まいも見つけ、家賃も払っています、でも、界隈の人には言っていません。みんなには不思議がられていますからね」(ミユ、以下「」も)
とはいえ、彼女も精神的に不安定な状況で生活している。そのため、ときどき市販薬の過剰摂取(オーバードーズ、以下「OD」)を繰り返すのだ。
「グリ下(大阪・難波)にいた頃、市販薬をシートごと持っていた知らない男性がいました。その人にもらって飲んだことがあります。ふらふらになってハッピーになりたいときはしていました」
市販薬のODは「界隈」のみならず、若者たちの間で問題になっている。
さらにミユは「ODパーティー」をしたことがあることも明かした。ODパーティーとは数名で集まり、一緒に市販薬の過剰摂取をすることをいう。
「その日は親が留守だという友達の家に6~7人で泊まる、という日でした。そしたら、ある子が市販薬を大量に持ってきていました」
何十シートもあり、どうしてそんなに手に入るのかわからないほどの量。それを集まったメンバーはただひたすらに、酒と一緒に呑み続けた。
その時の様子をミユはこう語る。
「マジでひどかった。カオスだった」
気分が高揚している人もいれば、呂律も回らずふらついている状態になる人、トランス状態に陥り何を話しているのかわからない人など、それはもう、惨憺たる有様。
「私は、気持ちが悪く、ずっとトイレに入り、便器に抱きついていました。だからみんながどうなったのか覚えていないんです。一応、誰一人、救急車で運ばれることはなかったけど」
不幸中の幸い、としか言えない状態。誰が搬送されてもおかしくないほどに危険な状態だったのだ。
「界隈」の広場では、市販薬のODをして、倒れている若者は珍しくない。だが、そうした光景を見たところで集う人々は119番を通報することはほとんどない。
「歌舞伎(歌舞伎町)の人は基本的に誰も呼ばないよ。でもさすがに『こいつやばい』と思ったら、呼ぶかもしれない。『パキっている(ODしている)』んで、みんなおかしいけどね。普通の人が見ればおかしいと思うので、たまたま通りかかった人が見て119番するくらい」
筆者がミユと出会う直前、ODをしていた友人が亡くなったという訃報を耳にしたという。
「トー横で知り合った子です。ODをした後に亡くなったってSNSのDMで情報が入ってきました」
亡くなったのは10代後半の女性、ミユと同じように家庭環境に問題があり、トー横界隈に出入りしていたという。
トー横ではODをして路上で倒れている若者も珍しくはない(渋井氏提供)
「“表面上は”仲良くしていた」とミユは話す。人間不信の彼女は、自分を慕ってくれる相手のことも誰も信じることができないからだ。
「その子は薬を飲みすぎたのに誰も助けてくれなかったようです。路上で寝ていたところを通行人が見つけて、救急車を呼んでくれたそうなんですが、亡くなってしまった。でも、(界隈では)亡くなった人が多すぎて、そうした情報を聞いてももう何も思わないですね」
それほどにまで、日常的に死が身近にある環境に身を置いている。
淡々と語るミユ自身もODで搬送されたこともある。過剰摂取だけではなく、その勢いで高い建物から飛び降り、大けがを負ったことがあったことも明かした。
父親から受けた虐待、そして誰も助けてくれなかった孤独――。そうした過去のトラウマと戦いながら生きるためにも、苦しい現実をほんの一時でも忘れられる手段としてODを繰り替えすのだ。
こうした事態を「大人たち」は重くとらえている。
小倉將信前少子化担当大臣や東京都の小池百合子知事らが視察に訪れたり、都の青少年問題協議会は相談窓口の設置を盛り込んだ対策などにも乗り出している。さらにこども家庭庁では、一時的でも宿泊できる場を提供できるかどうかの検討も始めている。若者をシェルターで保護しているNPOや公益社団法人に補助や委託する仕組みを想定しつつ、団体と若者を対象に実態調査をしている。
「トー横いれば、食事はなんとかなる。一番困っているのは宿。相談窓口を作るくらういなら、宿泊できる場所を作って欲しいですね」
危機感を抱く社会の動きに対して、ミユはそう要望を訴る。
いくら支援が充実したとして、ミユやトー横など界隈に集まる子どもや若者たちが抱えている家庭や学校での問題は解消しようがない。ならば、せめて、トー横などにきたときに、安心して過ごせる場の提供があると、少しでも救われるかもしれない。
トー横で無邪気に笑う笑顔の裏には幾重にもなった悲しみや苦しみが隠されているのだ。
取材・文/渋井哲也(ジャーナリスト)
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さらに関連記事『孫が4人もいるのに…!新宿・大久保公園に通い続ける70代「トー横じいさん」のヤバすぎる「正体」』では、いまトー横で起きている“もうひとつの現実”について、詳しく報じています。

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