サントリー新浪社長、過去に女性秘書とのトラブルが 「ローソン社長になるために利用された」と吐露

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「パワハラ」「中国ベッタリ」「ハワイ豪華コンドミニアム私物化疑惑」。本誌(「週刊新潮」)はこれまで、サントリーの新浪剛史社長(64)の裏の顔を明らかにしてきたが、今回は「女性トラブル」。“本当にひどい人”“利用された”と吐露していたその女性との間に何があったのか――。
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【写真を見る】約2億円! ワイキキビーチにほど近い高級コンドミニアム 新浪社長時代にローソンが購入している 本誌はこれまで延べ5回にわたって新浪氏の「書かれざる履歴書」をひもとき、さまざまな角度から分析してきた。そろそろ結論を出すべきタイミングだろう。果たして彼は、財界リーダーにふさわしいのか。

1981年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、三菱商事に入社した新浪氏。彼の「サラリーマン人生」の大きな転機が、2002年にローソンの社長に就任したことであるのは間違いない。結局、14年まで社長を務め、そこで実績を上げたからこそ、サントリー社長の椅子が転がり込んできた、ともいえるだろう。そして今年からは経済同友会の代表幹事を務め、「物言う財界リーダー」として存在感を示し続けている。新浪剛史氏 一介の商社マンに過ぎなかった新浪氏が、ローソンとの関わりを持つことになったそもそものきっかけは、ダイエー創業者・中内功氏の勉強会に参加していたことだった。後に新浪氏がメディアのインタビューで語ったところによれば、その縁により、ダイエーの子会社だった「ローソンの株を持たないか」との話を持ちかけられたという。99年のことだ。それを受け、社内に「ローソン買収」の勉強会を立ち上げたのは、三菱商事の副社長を経て社長、会長を務めた小島順彦氏(82)。無論、勉強会には新浪氏も参加している。表の顔と裏の顔 00年、三菱商事はローソン株の2割を取得し、01年には筆頭株主に。そして02年、当時の佐々木幹夫・三菱商事社長と小島副社長は新浪氏をローソン社長に抜てきする人事を発表した。「まさか新浪自身が社長になるとまでは思っていなかったので大変驚きました。社内だけではなく、世間を騒がせる人事でした。当時、新浪は43歳。関連会社の社長になるにはまだまだ若い上、誰もが知る会社の社長になったわけですから、皆が驚きました」(新浪氏の元同僚) 新浪氏が社長に就任するにあたり、小島副社長は“地ならし”として、「新浪さんより年上の三菱商事出身のローソン幹部を次々に呼び、新浪さんを支援するよう説得。それに対して色よい返事をしなかった幹部はローソンでのポストを外されました」(三菱商事関係者) ここまでの経緯のほとんどは、新浪氏のことを取り上げた本や雑誌、新聞記事などですでに触れられたことがある、いわば“表”の記録だ。では、その“裏”では何があったのか。異例の人事 新浪氏がローソンの社長に就任する前後、三菱商事社内では、ある人事が波紋を呼んでいた。それは、90年に入社した女性社員、A子さんを巡るものだった。「A子さんは当時、小島副社長の秘書を務めていたのですが、突然、当時ニューヨークにあった子会社『フラーレン・インターナショナル・コーポレーション』に異動になったのです」 そう振り返るのは、三菱商事の元社員である。「当時、ウチの女性社員は事務職掌と一般職掌に分かれていて、事務職掌が今でいう一般職、一般職掌が総合職。彼女は事務職掌だったので、海外、それもニューヨークに転勤なんて、前例のない人事でした。商社ではない一般企業でも、事務で入った社員のニューヨーク転勤は異例でしょうが、ウチでも同じ。なぜこんな人事が、と社内で話題になりました」交際しているといううわさ この元社員が“あれってどういうこと?”と同僚の一人に聞いたところ、「新浪さんとの関係を口止めするような形で海外異動になったらしい、との解説をしていました。確かにあの人事が発表される前、新浪さんとA子さんはそういう関係らしい、といううわさが流れていたので、なるほど、と思いましたね」 別の三菱商事元社員もこう語る。「元々新浪さんとA子さんが交際しているといううわさがあり、あの人事によって、社内では“やっぱりうわさは本当だったんだ”という受け止め方をされていました。新浪さんがローソンの社長になるにあたって、彼女を海外に行かせればマスコミがかぎつけてもたどり着けないだろう、との判断だったと聞きました」 もちろん、当時社内に流れていたのはあくまでうわさに過ぎない。そのうわさは根も葉もないものだったのか、それとも――。「熱海の別荘」にも…「私はA子さんから直接、新浪さんに対する恨み節を聞いたことがあります。彼女は新浪さんについて“本当にひどい人だった”と言っていました」 そう明かすのは、三菱商事元幹部である。「何でも、新浪さんが小島副社長に近づくために彼女を利用して、ローソンの社長になったら用済みとばかりに捨てられた、という話でした。A子さんと新浪さんには肉体関係もあり、A子さんとしては恋人だと思っていたけれど、新浪さんはそうは思っていなかった。ローソン社長になるために利用する目的で自分に近づいてきた、といった話をしていました」 新浪氏は29歳の時に社内留学制度を使って米ハーバード大に留学。2年でMBA(経営学修士)を取って帰国した後、熱海のリゾートマンションを買ったことを、後に雑誌の取材で明かしている。「新浪さんは当時、その熱海の物件を別荘として利用していたらしく、A子さんはそこを度々訪れた、と話していました。新浪さんがそこでローソン社長になるためのプレゼン資料を作っているのも見たことがある、と。もちろん私は二人の肉体関係を裏付けるような場面を目撃したわけではありませんが、とにかく彼女がしきりに新浪さんへの恨み節を漏らしていたのは事実です」(同)“被り”があった? 新浪氏に「4回の結婚歴」があることは以前、お伝えした。「新浪氏が1人目と結婚・離婚したのは米国留学の前で、帰国後に2人目と結婚しているはずです。2人目の相手は大手航空会社のCAです。彼が30代の時ですね」(新浪氏の知人) 3人目は九州にある巨大学校法人グループのご令嬢。4人目はローソン社長時代の秘書である。 新浪氏はローソン社長に就任する1カ月前の02年4月、毎日新聞のインタビューに対して、〈妻は「あなたがやりたいならやりなさい」と言っていました〉 と答えている。 ここに出てくる〈妻〉は2人目の妻だと考えられるが、A子さんとの関係が事実だとすると、彼女との交際期間と、2人目の妻との交際・婚姻期間に“被り”がなかったのかどうか、気になるところである。ちなみに、3人目の「妻」の親族によると、「確か00年か01年ごろ、ホテルで親族が集まるパーティーがあり、交際中だった新浪さんを紹介された」 親族の記憶が正しければ、こちらも交際期間に“被り”が出る可能性があるが、どういうことなのか。サントリー、三菱商事からの回答 サントリーを通じて新浪氏に取材を申し込むと、「ご質問にあるような事実はございません。プライベートな質問につきましては、回答を控えさせていただきます。貴社の度重なる誹謗中傷は新浪の名誉を棄損する違法な行為であり、ここに厳重に抗議いたします」 との回答が寄せられた。 新浪氏とA子さんの関係や異例の人事について、三菱商事の広報部は、「個人のプライバシーや個別人事に関するご質問にはお答えしていません」 と言うのみ。A子さん本人にも取材したが、新浪氏との交際について、「ありません」 と繰り返すのだった。 三菱商事の元幹部(前出)が言う。「A子さんは03年ごろに『フラーレン』を離れ、日本に戻って監査部の配属になりました。監査部はワケアリの人が配属されることが多い部署です。彼女と新浪さんのトラブルは、“二人の間で話がついている”と聞いたことがあります」数々のパワハラ疑惑 本誌はローソン社長時代の新浪氏のパワハラについて報じたが、ローソン元役員によると、「新浪さんに関しては、三菱商事時代にパワハラをしていた、という話は聞かないので、ローソンの社長に就いて天下を取った気になり、他の役員を罵倒するといったパワハラをするようになったのでしょう。後に新浪さんの後継社長になった玉塚元一さんは“お前なんかジェネラルマネージャーですら失格だ!”と怒鳴られていました」 会議の際、幹部に携帯電話を投げつけて「よけるな!」と言い放ったり、運営本部の幹部を連日叱責して排泄障害になるまで追いつめるなど、パワハラの実例は枚挙にいとまがない。さらに、社長に就任した5年後からは、ハワイ・ワイキキの高級コンドミニアムを物色。会社の金で次々と購入していった。しかもそれをIR情報などで公表せず、ほとんどの社員が存在すら知らなかったというのだからまさにやりたい放題。サントリーというタブー こうした新浪氏の「裏の顔」がこれまで一切報じられなかったのは不可解と言う他ない。「それは、新浪さんがずっと“報じられない体制”を持った企業を渡り歩いてきたことと無関係ではないでしょう」 財界関係者はそう話す。「三菱商事は日本最大の商社として隠然とした力を持っていますし、ローソンは雑誌や新聞などを店舗で取り扱っているため、悪口を書かれることは少なかった。そしてサントリーはメディアに莫大な広告費を支払っている他、文化事業にも熱心。そのため、多くのメディアにとってサントリーという会社や社長の悪い面を報じることは、長らくタブーとなっています」“聖域”に守られ、素顔を隠してきた新浪氏は、財界リーダーにふさわしいのか否か。その結論は、もはや言う必要もなかろう。「週刊新潮」2023年11月16日号 掲載
本誌はこれまで延べ5回にわたって新浪氏の「書かれざる履歴書」をひもとき、さまざまな角度から分析してきた。そろそろ結論を出すべきタイミングだろう。果たして彼は、財界リーダーにふさわしいのか。
1981年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、三菱商事に入社した新浪氏。彼の「サラリーマン人生」の大きな転機が、2002年にローソンの社長に就任したことであるのは間違いない。結局、14年まで社長を務め、そこで実績を上げたからこそ、サントリー社長の椅子が転がり込んできた、ともいえるだろう。そして今年からは経済同友会の代表幹事を務め、「物言う財界リーダー」として存在感を示し続けている。
一介の商社マンに過ぎなかった新浪氏が、ローソンとの関わりを持つことになったそもそものきっかけは、ダイエー創業者・中内功氏の勉強会に参加していたことだった。後に新浪氏がメディアのインタビューで語ったところによれば、その縁により、ダイエーの子会社だった「ローソンの株を持たないか」との話を持ちかけられたという。99年のことだ。それを受け、社内に「ローソン買収」の勉強会を立ち上げたのは、三菱商事の副社長を経て社長、会長を務めた小島順彦氏(82)。無論、勉強会には新浪氏も参加している。
00年、三菱商事はローソン株の2割を取得し、01年には筆頭株主に。そして02年、当時の佐々木幹夫・三菱商事社長と小島副社長は新浪氏をローソン社長に抜てきする人事を発表した。
「まさか新浪自身が社長になるとまでは思っていなかったので大変驚きました。社内だけではなく、世間を騒がせる人事でした。当時、新浪は43歳。関連会社の社長になるにはまだまだ若い上、誰もが知る会社の社長になったわけですから、皆が驚きました」(新浪氏の元同僚)
新浪氏が社長に就任するにあたり、小島副社長は“地ならし”として、
「新浪さんより年上の三菱商事出身のローソン幹部を次々に呼び、新浪さんを支援するよう説得。それに対して色よい返事をしなかった幹部はローソンでのポストを外されました」(三菱商事関係者)
ここまでの経緯のほとんどは、新浪氏のことを取り上げた本や雑誌、新聞記事などですでに触れられたことがある、いわば“表”の記録だ。では、その“裏”では何があったのか。
新浪氏がローソンの社長に就任する前後、三菱商事社内では、ある人事が波紋を呼んでいた。それは、90年に入社した女性社員、A子さんを巡るものだった。
「A子さんは当時、小島副社長の秘書を務めていたのですが、突然、当時ニューヨークにあった子会社『フラーレン・インターナショナル・コーポレーション』に異動になったのです」
そう振り返るのは、三菱商事の元社員である。
「当時、ウチの女性社員は事務職掌と一般職掌に分かれていて、事務職掌が今でいう一般職、一般職掌が総合職。彼女は事務職掌だったので、海外、それもニューヨークに転勤なんて、前例のない人事でした。商社ではない一般企業でも、事務で入った社員のニューヨーク転勤は異例でしょうが、ウチでも同じ。なぜこんな人事が、と社内で話題になりました」
この元社員が“あれってどういうこと?”と同僚の一人に聞いたところ、
「新浪さんとの関係を口止めするような形で海外異動になったらしい、との解説をしていました。確かにあの人事が発表される前、新浪さんとA子さんはそういう関係らしい、といううわさが流れていたので、なるほど、と思いましたね」
別の三菱商事元社員もこう語る。
「元々新浪さんとA子さんが交際しているといううわさがあり、あの人事によって、社内では“やっぱりうわさは本当だったんだ”という受け止め方をされていました。新浪さんがローソンの社長になるにあたって、彼女を海外に行かせればマスコミがかぎつけてもたどり着けないだろう、との判断だったと聞きました」
もちろん、当時社内に流れていたのはあくまでうわさに過ぎない。そのうわさは根も葉もないものだったのか、それとも――。
「私はA子さんから直接、新浪さんに対する恨み節を聞いたことがあります。彼女は新浪さんについて“本当にひどい人だった”と言っていました」
そう明かすのは、三菱商事元幹部である。
「何でも、新浪さんが小島副社長に近づくために彼女を利用して、ローソンの社長になったら用済みとばかりに捨てられた、という話でした。A子さんと新浪さんには肉体関係もあり、A子さんとしては恋人だと思っていたけれど、新浪さんはそうは思っていなかった。ローソン社長になるために利用する目的で自分に近づいてきた、といった話をしていました」
新浪氏は29歳の時に社内留学制度を使って米ハーバード大に留学。2年でMBA(経営学修士)を取って帰国した後、熱海のリゾートマンションを買ったことを、後に雑誌の取材で明かしている。
「新浪さんは当時、その熱海の物件を別荘として利用していたらしく、A子さんはそこを度々訪れた、と話していました。新浪さんがそこでローソン社長になるためのプレゼン資料を作っているのも見たことがある、と。もちろん私は二人の肉体関係を裏付けるような場面を目撃したわけではありませんが、とにかく彼女がしきりに新浪さんへの恨み節を漏らしていたのは事実です」(同)
新浪氏に「4回の結婚歴」があることは以前、お伝えした。
「新浪氏が1人目と結婚・離婚したのは米国留学の前で、帰国後に2人目と結婚しているはずです。2人目の相手は大手航空会社のCAです。彼が30代の時ですね」(新浪氏の知人)
3人目は九州にある巨大学校法人グループのご令嬢。4人目はローソン社長時代の秘書である。
新浪氏はローソン社長に就任する1カ月前の02年4月、毎日新聞のインタビューに対して、
〈妻は「あなたがやりたいならやりなさい」と言っていました〉
と答えている。
ここに出てくる〈妻〉は2人目の妻だと考えられるが、A子さんとの関係が事実だとすると、彼女との交際期間と、2人目の妻との交際・婚姻期間に“被り”がなかったのかどうか、気になるところである。ちなみに、3人目の「妻」の親族によると、
「確か00年か01年ごろ、ホテルで親族が集まるパーティーがあり、交際中だった新浪さんを紹介された」
親族の記憶が正しければ、こちらも交際期間に“被り”が出る可能性があるが、どういうことなのか。
サントリーを通じて新浪氏に取材を申し込むと、
「ご質問にあるような事実はございません。プライベートな質問につきましては、回答を控えさせていただきます。貴社の度重なる誹謗中傷は新浪の名誉を棄損する違法な行為であり、ここに厳重に抗議いたします」
との回答が寄せられた。
新浪氏とA子さんの関係や異例の人事について、三菱商事の広報部は、
「個人のプライバシーや個別人事に関するご質問にはお答えしていません」
と言うのみ。A子さん本人にも取材したが、新浪氏との交際について、
「ありません」
と繰り返すのだった。
三菱商事の元幹部(前出)が言う。
「A子さんは03年ごろに『フラーレン』を離れ、日本に戻って監査部の配属になりました。監査部はワケアリの人が配属されることが多い部署です。彼女と新浪さんのトラブルは、“二人の間で話がついている”と聞いたことがあります」
本誌はローソン社長時代の新浪氏のパワハラについて報じたが、ローソン元役員によると、
「新浪さんに関しては、三菱商事時代にパワハラをしていた、という話は聞かないので、ローソンの社長に就いて天下を取った気になり、他の役員を罵倒するといったパワハラをするようになったのでしょう。後に新浪さんの後継社長になった玉塚元一さんは“お前なんかジェネラルマネージャーですら失格だ!”と怒鳴られていました」
会議の際、幹部に携帯電話を投げつけて「よけるな!」と言い放ったり、運営本部の幹部を連日叱責して排泄障害になるまで追いつめるなど、パワハラの実例は枚挙にいとまがない。さらに、社長に就任した5年後からは、ハワイ・ワイキキの高級コンドミニアムを物色。会社の金で次々と購入していった。しかもそれをIR情報などで公表せず、ほとんどの社員が存在すら知らなかったというのだからまさにやりたい放題。
こうした新浪氏の「裏の顔」がこれまで一切報じられなかったのは不可解と言う他ない。
「それは、新浪さんがずっと“報じられない体制”を持った企業を渡り歩いてきたことと無関係ではないでしょう」
財界関係者はそう話す。
「三菱商事は日本最大の商社として隠然とした力を持っていますし、ローソンは雑誌や新聞などを店舗で取り扱っているため、悪口を書かれることは少なかった。そしてサントリーはメディアに莫大な広告費を支払っている他、文化事業にも熱心。そのため、多くのメディアにとってサントリーという会社や社長の悪い面を報じることは、長らくタブーとなっています」
“聖域”に守られ、素顔を隠してきた新浪氏は、財界リーダーにふさわしいのか否か。その結論は、もはや言う必要もなかろう。
「週刊新潮」2023年11月16日号 掲載

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